冲方丁の対談集だが、何が凄いってまずそのメンツが凄い。かわぐちかいじ、富野由悠季、井上雄彦、養老孟司、夢枕獏、伊坂幸太郎、天野喜孝、鈴木一義、中野美奈子、滝田洋二郎、山本淳子……。かわぐちかいじとはその創作論がおもしろく、富野由悠季は政治を語りまくり、夢枕獏とはいかにして書くか、書き続けるか、そして自由を得るかの話をし、伊坂幸太郎とは普通の同年代の友だちのような気楽な会話が読める。
やはりというかなんというか、なにしろ富野由悠季やかわぐちかいじと対峙しようというのだから、対談のていをなしていない、ほとんどインタビューのようになっている対談もある。が、それはそれで、冲方丁さんの作品の読み込みがすごく、むしろそんじゃそこらのインタビューアよりよほどしっかりとした聞き込みを行なっていて、その意味でも安心して読める。
創作論という意味で言えば、最初のかわぐちかいじと富野由悠季対談がとっても素晴らしい内容だ。沈黙の艦隊についてかたっているところで、「やまと」が撃沈されると連載が終わってしまうから、かわぐちかいじも必死だったし、編集も必死になって「やまと」を守ろうとしていたという話など涙ぐましい。
そうやって必死に取り組んでいるうちに、「もし世界連邦ができれば、”国”が”地域”になり、国家という不自由なシステムから人間が独立できるんじゃないか」と、この物語が持つテーマに僕らも気が付いていく。最初から気付いているわけじゃないんですよ。ただ、そうした細かいアイディアは、「潜水艦が独立する」という漠然とした最初のアイディアの中に、既に内蔵されているものなんです。
この「既に内蔵されているものなんです」という一言がすごくないですか?(笑) 本書に出てくる作家側の人たちは、富野由悠季もかわぐちかいじも伊坂幸太郎も夢枕獏も井上雄彦も「書きながらアイディアを出していく派」なんですけど、そうした作品群にも「アイディアの生まれる土壌」が必要なんだなあって。
ようは最初にがっしり取り組むシステムというか、枠組みがどれだけ根本的か、どれぐらい大きさがあるのかによって、あとから取り込めるアイディア、発生しうるアイディアがまったく変わってきちゃうんだろうなと。その意味で言えば後からアイディアを思いつき、うまくつながっていくにはは決して「後から頑張った」が重要なわけではなく、最初のアイディアがどれだけの強固さを持った種なのかってことが重要なんですよね。
ちなみに冲方丁さんは基本的に最後の一文までプロットで決めてから書くタイプということで、それであんだけ熱のこもった文章や、あの歪な構造(マルドゥック・スクランブルでいえば明らかにラストバトルよりその手前のカジノシーンの方が分量も多いし熱量もある。)が生まれるよなあとそれはそれで不思議なんですが。
他にはかわぐちかいじさんと富野由悠季さんの話で共通点があるところがおもしろかった。日本にはいま「実感」が欠けている、といったような話。日本のドラマは軽いというかわぐちかいじさんと、リアリズムがかけているという富野由悠季さん。富野さんの方は、秋葉に票をとりにいった麻生太郎氏にたいして「現実逃避で秋葉にきている人間を票田にできると考えているのは、物事をリアルに考えているとはいえないでしょう」という。
なるほどたしかに。まあ、それはいえているかもしれない。問題はリアリズム、現実的にどんな手を打って、問題を解決するかといった「現実」を相手にしなければいけないはずの政治家がリアリズムで物を考えるのをやめたら現実が変わるはずがないというような話で、異論はいくらでも出せるが筋としておもしろい。
富野☓冲方対談は分量が最も多くて、読み応えもあるのでたいへんオススメ。その他のも伊坂幸太郎との友だちみたいな会話は読んでいてなごむ。パソコンが壊れてデータが消えた話を延々としている中で、冲方丁が夫婦喧嘩でパソコンを叩き割ったというエピソードが恐ろしい。
冲方 いや、よくある話で「家庭生活と仕事、どっちを選ぶの?」っていう話になって。僕からすると、仕事をするからやっと今の生活が成り立っているわけじゃないですか。頭に来て「じゃあ、いっぺん仕事がなくなるっていうことを経験してみやがれっ」バーンって。
お、おそろしすぎるし気が短すぎる……。あの温和なイケメンからは想像もつかないが、マルドゥック・ヴェロシティの血を吐くようなあとがきを読んだときに感じた印象とはそれほど離れておらぬ。この対談集でも終始ひどく穏やかで、なんてよくできた人なんだ!! という印象しかないのだが、家ではパソコンを叩き割っているのだ……。
と、なんだかいろいろ得るものの多い(読んでいて楽しい)対談集である。ファンは読むといいことがある。
- 作者: 冲方丁
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2013/02/01
- メディア: 単行本
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