タイトルに入っているとおりに(マイナーズ)、かなりマイナな漫画作品である。あんまり売れない、というよりかは異星人とのコンタクトでもなく、派手な戦争があるわけでもなく、地味〜に小惑星で資源を掘ったり生活をしている人たちの鬱屈を短編形式で書いたという意味で(それだけじゃないんだけど)。誰がそんなもの読むんだよ的なマイナさだが、小惑星で暮らす人々の資源不足からくる、鬱屈した状況がハードSF的に描かれているところが面白く、ハードな描写はそれ故リアリティを帯びているので未来を感じさせる。
小惑星で人間が暮らすなんてのは大変なことである。リアルに描いたら悲惨な状況でしかない。水も服も食べ物も小惑星じゃ生産できねーもんだから、物資はすべて地球から打ち上げなくちゃいけない。が、その為のエネルギーは莫大でもーどうせーっちゅうねんといったレベル。それに距離が遠い。宇宙スケールの距離や時間の話は人間の感覚的にはなかなか掴みにくところがある。一回の情報をやりとりするのに二十時間かかりました、とそういう途方もなさを表現してわかってもらうのはなかなか難しいはずだ。実際、何億年、何十億年といったスパンで考えなければいけないことも多い(星の生成、環境が整うまでの時間とか)が人間はある一定のところを超えると比較対象がなくなってよくわからなくなってしまう。
たとえば小惑星から地球へ移動するにも周期の問題がある。火星と地球はいつも一定の距離をくるくると仲良く太陽の周りを回っているわけではなく、ばらばらに回っている為だ。だから再接近時が2年に1度などという「すげえ田舎のバスの停留所だな」みたいな自体が簡単に起こりえるのだ。月で水を採掘しようと思えば(水は月表面にとどまらず、水蒸気は太陽光によってあっという間に拡散してしまうが永久に影になっている部分には水が存在する)、地球との環境の差を考えないわけにはいかない。月の1日は地球の約27日。その間中緯度にいれば、太陽浴びまくりだがその後は何週間も光のまったく届かない極寒のなかにいなければならない。
かように宇宙空間で人間の生活基盤を築こうとすると地球での常識などはあっという間に消し飛んでしまう。これはどの短編でも実感させられることではあるが、人類は、宇宙では、基本的に、生存できないのだ。地球のようになにもしなくても、水さえ飲んでいれば7日間は生きていけるなんて悠長な環境ではない。
空気が漏れたらそれだけで死ぬ。何か環境上のリカバリ不能なミスが起こったら死ぬという過酷な環境の話なのだ。そうした困難さを描いたハードSF小惑星物として本作は他に類をみないのオリジナリティを持っているし、だからこそ刺さる人には強烈に刺さる。僕はそのディティールに完全に引き寄せられてしまう類の人間である。
漫画ではそうした説明をいれこむのは何かと困難であっただろう。説明を多くしすぎれば「ノンフィクションでやれば?」で終わってしまう。あくまでもフィクションとして発表する以上、そこには絵の芸、話の芸が必要だ。ところがあさりよしとお氏はやっぱりプロであるからして、そのあたりの水準はきちんと超えてくる。小惑星に慢性的に発生するリソース不足、困窮の問題を物語的困難に落とし込めて、そこからの開放といった手順を踏んでしっかりと物語に落としこんでくる。
使いたくない表現ではあるけれども、人を選ぶ作品であることは確かだ。だれが小惑星で鬱屈して暮らし人たちの物理学的にリアルな描写が読みたいと思うだろうか。でもそうした状況、描写が面白いと感じる人にとっては、他に類書の存在しない稀有な漫画作品である。短編形式で現状二巻でまとまっているのも嬉しい。ここで完、というわけでもないようだが*1だからといって価値の減じる作品でないことは確かだ。 ちなみに下記の本を読んだのが本作品を知るきっかけだったので、ロケット打ち上げに興味がある人間はこちらについてもオススメ。⇒大人の遊びの本気『宇宙へ行きたくて液体燃料ロケットをDIYしてみた: 実録なつのロケット団』 by あさりよしとお - 基本読書
たしかに本作は、鬱屈したりずいぶんと大変で過酷な環境をそのままに描いているえらく立派なハードSFマイナ漫画ではある。だかろといって人類が宇宙へいけないとか、夢みてんじゃねえぞ、といった後ろ向きな作品でないことは最後に書いておかなければいけないだろう。本作はハードに過酷さを描写しているが、また同時に未来を描いている。人類が小惑星帯や月を自身の探査領域としている日常を、単なる理想論としてではなく科学的背景をもった実現可能なマニフェストとして。
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