基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

あのひととここだけのおしゃべり―よしながふみ対談集 (白泉社文庫) by よしながふみ

漫画家・よしながふみさんが女性漫画家・小説家(やまだないと、福田里香、三浦しをん、こだか和麻、羽海野チカ、志村貴子、萩尾望都)と少女マンガについて語ったりフェミニズムについて語ったりボーイズラブについて語ったり表現について語ったりする対談集。前回西尾維新対談集 本題 - 基本読書 について書いた時にコメントでオススメしてもらって読んだのだけど、これがもうたいへん面白かった。西尾維新対談集では大雑把にまとめてしまえば「やはりクリエイター同士の対談は視点が面白いなあ」という話で、この対談集ももちろんそうした面白さはある。あるのだけどそれよりも女性クリエイター同士ならではの話、ボーイズラブについて語り合ったり、「絶対男どもにはわかってないよねー」という話で盛り上がったりする、そうしたあまり僕の目には入ってこない部分が本当に楽しかったなー。

欠けている女性視点評論

なんだろう、僕的にかなり目からウロコであって、新鮮だったのはやっぱりこういう女性側視点の評論っぽい文章ってあんまり見かけないんですよね(もちろん本書は評論対談では断じてないのだが)。アナと雪の女王みたいな映画が出たってものすごいおっさん達の男性目線評論がわさわさ出てきて「うげー、まじでいってるんですか」みたいなのばっかりで。やっぱり性差からくる視点の違いはどうしたってあるわけで、たとえばあんまり男は少女漫画読まないしBLマンガも読まないし、そうすると必然取り上げられない。だからそういう、女性の側からすれば極々当たり前の視点や作品みたいなのは、女性評論家が少ない評論的な分野から完全に抜け落ちてるよなと思っていて。

女性ってだけでお前らにロボや怪獣がわかるのか、と恋愛ものしかわからないような扱いを受けることもあれば一般的に男の趣味とされているものに手を出せば「男の影響だろう」とかいわれて、しかもそれが特に意識なく言葉に出せてしまうという状況にあるわけで、なんかまー無意識的に排除されている現状がある。今はネットがあるからそうした発言の問題性も明らかになってきているけれども、依然として「そうだ、よく言ってくれた」と思っている人も多いと思う。

性差別について厳しい国(アメリカとか)だと、たとえばジャンル評論集を出すときでも必ず女性視点が入っているわけですよ。「フェミニズムの観点からみた○○〜」みたいな感じで。「ファンタジーには年頃の女の子が感情移入できる女性主人公が少ないんじゃないの??」みたいな問題提起をしたりね。それは最初から方針として「女性視点をたくさん取り込む」と明示してやっているわけであって、もっとそうした「視点の提供」が行われてほしいと思っていた。

本書は完全に抜け落ちているそうした視点を明確に埋めていてくれて「これだよこれー」と思うところが多かった。文庫版が出たのは昨年だけど単行本は7年前なのに、その当時から今に至るまで対して状況が変わってないんだなーと思うといや〜な気分になるけど。まあいいや、で、それを語っている人達がまだとんでもなく楽しそうなので読んでいるこちらも嬉しくなってくる。ただ内容はほとんどが少女漫画やBLの話なので、そうした方面に適正があるか、あるいはそれなりに読み込んでいてここでマシンガンのように挙げられる作品を読んでいなくともどういう文脈や文法が少女漫画やBLにあるのかぐらいは理解していないと話がよくわからないかもしれない。

僕はブログには特に書いていないけどBLマンガはわりと読んでいる。読み始めたのは読んでいる人達がみんな楽しそう、熱狂的に楽しんでいるのがよく見えるからで、なにくそそんなに楽しいなら僕だって楽しんでやると。最初はどうも「男☓男じゃなきゃいけない理由、男☓女でも女☓女じゃダメな理由ってなんなんだ」とか考えながら読むんだけど、なんかまあ結局種類が多くてすぐによくわからなくなってくる。結局今でもわかっていないが、とにかく関係性やシチュエーション、スーツで犯されたりガテン系だったりプライドが高い男がプライドを折られてガクガクになったりとプロットの世界というよりも仲の深まっていく描写や過程、フェティッシュな部分の丁寧さを楽しむ世界なんだよね。

完全に僕個人の主観(特に感情移入したり、特別な関係性やシチュエーションフェティッシュ的な要素へのこだわりを持たない)でみると男☓男というのはまあシンプルではあるよなと思う。ようは関係性のみが抽出できる、あいつがいて、自分がいて、さらにはそこに社会的な障壁(まあ男同士だから)が入ってくる場合もあったりなかったりして、と面倒事抜きに好きだ嫌いだうまくいかないぞうえーんみたいなやりとりが(いやこれ自体が面倒事ではあるんだけど)できるという意味で、実にすっきりとした関係性ジレンマストーリーの美しさがあるなあと思いながら読んでいる。

明らかに僕は本当の意味で、感情移入したりようは男同士の関係性にそこまで燃えるものを感じて楽しんでいるわけではない。それでも良いものは良いと思えるし、読んでいて楽しい。で、この対談集はこうしたBL談義などを赤裸々に話していくので、この人達が本当のところ何を楽しんで読んでいるのかわかるかな? と思ってわくわくしながら読んでいたんだけど、これが赤裸々に語ってて「なるほど、そうだったのか!」と目からウロコ。 いや、まあ「これこれこうです」なんて簡単に表明できるほど単純な話ではないことはわかっているんだけどね。そしてこの対話がもう魂の深いところをはっちゃけている感じで、読んでいて非常に、非常に楽しい。

よしなが BLの楽しみの一つって、少女マンガでは味わえない、男の人に対して自分がタチになれるっていう楽しさ。
三浦 ということは、好みのタイプは<受>なんですか。
よしなが そうそう。自分は<攻>に乗り移る方なんです。もともと本格的に同人誌を始めたきっかけは「犯したい、木暮。なんてかわいいんだー」って思って。
三浦 それはもう魔性のゲイみたいな発想になっているんですけど(笑)。

この魔性のゲイという言葉の破壊力。初出は西洋骨董洋菓子店かな。そして一般的に女性は受に感情移入すると思われているけどそんなことないよねーという話が続いていく。へー、そもそもこの話は「そこまで(攻にしろ受にしろ)乗り移って読んでいるのか!!」というのが衝撃的であんまり考えたこともなかったな。ただ三浦しをんさんは感情移入せず客観的に見るタイプなのだそうで、まあ当然ながら読む人によって様々なんでしょう。しかし「犯したい」という発想が出てくるんだとしたら、それは確かに女性という性別を超えてBLという表現でしかできないかとも思って非常に腑に落ちましたね。BL談義からフェミニズムの話に発展させていくと、他にはこんなのとかも。

よしなが どうして女の子が男の子同士のものが好きなのかっていうとね、ひとつは、男の子は女の子に憧れないけれど、女の子は男の子に憧れるからだと思う。
こだか あー、そうかも。
よしなが 同人誌やっている女の人で、真剣に生まれ変わったら男になりたいと思っている人はたくさんいるけど、逆に、同人誌やっている男の人から、女はラクでいいよなあという話は聞いても「切実に」生まれ変わったら女になりたいっていう話はめったに聞かないもん。それは、どれだけ女の人のほうがこの世で生き難いか、やはりみんな知っているってことでもあると思う。女の人がいかにもゲイの人らしいゲイが苦手なのは、憧れないからだと思うのね。

ここはちょっとむずかしい話だなと思った。同人誌をやっている人というくくりの中でいえばそうなのかもしれない。一方で男でも女に生まれ変わりたいと思っている人はいるよなあと思う。でも僕が知っている限りでは生まれ変わりたい理由は「かわいい服装がしたい」とかそういう系統の物が多くて、確かに「切実に」生まれ変わりたいと思っているかといえばそれは自分のことでもないしわからないとしか言い様がないな。逆に女性が男性に生まれ変わりたい、それは女性が育つ環境の中で大変な抑圧を受けているからだというのは、本当にそう思っているのかどうかは知らないが、抑圧環境下にあることは全くだと思うので理解できる。

女性が受けている抑圧は半端ないもので、以前として多くの人(女性自身も)が偏見にとらわれているままなんだよなあ。たとえば子どもの授業参観にいったら、お父さんは仕事にいっています。お母さんは仕事に行ってわたしのことをなんにも見てくれません、と子どもが学校で言ったなんて話もあるぐらいで(これはサンドバーグの『Lean in』の話で日本じゃないけど)、性差別にひどくうるさいアメリカですらまだまだ偏見は根強い。子どもが産まれた時に男性にたいしては「おめでとう!」と言葉が投げかけられるだけだが、その時女性は「おめでとう! で、仕事はどうするの?」と問いかけられる。そういう抑圧が人生のあらゆる場面で発生する。

男より年収が高かったり、頭が良かったりするとそれだけで男側のプライドを刺激するのか攻撃対象になったりして、問題なのはそうしたことが「差別だ」と受け取られずに「まあそういうもんだよね」とある種受け入れられてしまっている状況だと思う。こうしたことを指摘するとすぐに「いやでも男だって抑圧されているんだぞ!」と言い出す人間がいるけど、抑圧されている数、レベルが全然違うんですよ、って話で。まあ確かに「男は仕事をして家庭を守るもの」的な価値観がひどく現代においてはしんどいものであることはあるけどね。

家族を守るといって家のローン組んだりそれを払うために死ぬほど働いてうつ病になったりして潰れていった人を何人も見てきているし、一概に「抑圧のレベルが違う」ということもできないところがまた難しい話でもある。僕は正直言ってこのよしながふみさんの仮説がどの程度正しいのかはさっぱりわからない(既に男に生まれているわけであって、男に生まれ変わりたいという欲求が皆無だから)が、抑圧の件と含めて「切実に男に生まれ変わりたいと願う人がいる」というのはひどく納得の行く話だった。

主に取り上げやすいフェミニズムの話やBL談義の部分だけ取り上げてしまったけど、やまだないとさん、福田里香さんとの三人懇談では怒涛のごとく提出される少女漫画談義が女性視点からの見方でどれも面白かったし、羽海野チカさんとよしながふみさんの対談は本当に気の合う、それでいてお互いに刺激をしあう信頼しあったクリエイター同士なんだなということがわかる親しさと創作への本気度がわかる対談でのめりこんで読んだし、萩尾望都対談は僕が単純に萩尾望都ファンであることからして、創作へのアプローチの話などが非常に楽しかった。

こういう女性クリエイター同士の対談がもっと増えたらいいなあと思いつつ、最初はぱらぱら適当に読むだけでいいかなと思っていたのにがっつり読み込んでしまった。いやあ、これは特に抵抗がなければまったく楽しく素晴らしい本だと思います。文庫版が出ていることに気付かずに単行本を買ってしまったけれど、文庫版にはよしながふみさんの大奥ドラマに出演していた堺雅人さんとの対談がついているようなので今から買うなら確実にこっちでしょう。

あのひととここだけのおしゃべり―よしながふみ対談集 (白泉社文庫)

あのひととここだけのおしゃべり―よしながふみ対談集 (白泉社文庫)