新☆ハヤカワ・SF・シリーズの☆ってなんだよと思いつつもイーガン白熱光に続き第二回配本を迎えたのがこの『レッドスーツ』。タイトルだけで意味がわからないし、驚くほどのセンスのなさだがアメリカのスラングでありちゃんと意味のある言葉だ。そして表紙はなんだかなつかしいような、わけのわからない宇宙飛行船に向かってこれまた凄まじくダサいレッドスーツを着てこれまたダサい光線銃を持った男2人が疾走していく絵。
「げっまじかよ」と思うような本で手に取るか一瞬躊躇するようなレベルだったがこの恐るべき時代錯誤感が読み終えた今となっては、内容と相まって心地いい。読めばわかる、このタイトルから表紙までのダサさの良さ。意味の分からない☆も許せそうになってくるというものだ。つまるところ『レッドスーツ』はぼんくらSF読みというか、また宇宙にいってどんぱちしたりするのに心躍らせたりしてしまうような、宇宙冒険活劇ファンの心の琴線に実に響く作品だ。
それらはぼんくら性(ご都合主義的なギミック、回をますごとに追加されていく矛盾、ドラマを盛り上げるために導入される設定、要員の数々──それでも夢見てそこに取り込まれてしまう)を指摘しながらも決して否定せず、「そういう世界で生きるってこと」を実感させてくれる。一言で書けば、「愛のある」作品なのだ。それはもう、とんでもなく。
周辺情報
ネタバレをしないで語るのがなかなか困難な作品なので、周辺情報から埋めていこうか。この『レッドスーツ』はヒューゴー賞とローカス賞(SF系の世界的な賞だと思えばいい)受賞作であり日本では『アンドロイドの夢の羊』や『老人と宇宙』シリーズで作品が出ているジョン・スコルジーの作品。老人と宇宙はハインライン作品へのオマージュだというし、アンドロイドの〜は言うまでもない。『レッドスーツ』も出発点は先に書いた宇宙冒険活劇物のオマージュだが、元を完全に消化した上でまったく別の形に昇華してみせる手腕はさすがの一言だ。
あらすじ
物語は一人の少尉が新しい宇宙艦隊に配属されるところから始まる。冒険、探査、研究と様々な分野おいて一級、最前線にある憧れの部隊に配属され、同期とも仲が深まり、順風満帆かと思いきやその艦隊がどこかしら──というか、どこからどこまでもおかしなことに気が付いていく。クルーの死亡率は高いわ、なんでも出てくるが絶対に締め切りのぎりぎりまでは何も吐き出さない謎のボックスや、船に存在する謎の規則の数々……。シリアス一辺倒ではなく、ドタバタコメディ的なノリで軽妙なやりとりを含みつつ状況に翻弄されていくのだが──。
何も知らない状態で読むのが最善なので、少しでも読む気があればすぐに読んだほうが良い。やけに理屈が難しくなり複雑化していた『白熱光』や『ブラインドサイト』、作りこまれた世界観が愉しい一方で、楽しさへ到達するまで負担が大きいミエヴィル、それにラファティといった外国SFに疲れ果てた僕にとってはこの『レッドスーツ』は気分を一新させてくれる清涼剤のように感じられたよ。
多少ネタバレに踏み込む
此処から先は多少ネタバレに踏み込む。作品名である「レッドスーツ」はスター・トレックの脇役としてガスガス死んでいくやつらが赤服をきていたから、SFファンから揶揄として「Redshirts」と呼ばれるようになったとから。つまりこれは「ドラマを盛り上げるためにガスガス殺されていく、脇役の物語」であり、そんなヒーローの引き立て役としての「脇役性」を自覚してしまったやつらがなんとかして自分を「生き残らせ、脚本家から自分の人生を取り戻そう」とする物語である。
脇役の物語
宇宙冒険活劇なので、主役級はどんどん危ない目にあって、毎度毎度死にかけるがほぼ確実に生還する。そのかわり周りの脇役はガスガス死ぬ。宇宙の物理法則も主役がいるときに限ってはネジ曲がり、解決策は絶対的にピンチになってから、突如として閃いたり生み出されたりする。脇役たちは主役級の傍にいれば縦にされる可能性があり、ドラマ的に最善な時間まであたふたと問題解決にあたりCMの前ではむごたらしく殺される。
そんな状況で「脇役」として部隊に配置されたら絶望必死。無理ゲー必死だ。でもそのことに気がつけた瞬間から、「脚本から逃れようとする物語の主人公」として一瞬にして生まれ変わることが出来る。起こっている事象を別視点から捉え直すことをメタフィクションの一面だとすれば、メタ性を備えた物語は物語の脇役にスポットライトを当てることができる形式だといえるのではなかろうか。
たとえば一人の主役がいる物語、その物語内ではたとえ何の役割を持っていないように見える人物でも、また別の視点では主役になりえるのだから。一段上から世界を見渡してみると、主役の影で戦っている脇役の姿が目に入ってくるのだ。本書が持っているのはそうした脇役への愛のある視点であり、単なる描写レベルでなく、構造的にそれがいくらでも続いていく可能性を示している点で、気持ちがいい。
本作は脇役へと寄り添う。宇宙冒険活劇物を別側面から捉え直し、その世界の脇役にも様々な人生があってね……と視野、裾野を広げてくれる作品で、最初の方で『一言で書けば、「愛のある」作品なのだ。それはもう、とんでもなく。』とはまさにこのことをさして書いたのだ。最後、他に特記することをあげれば……非常に丁寧な作品なのですよ。
台詞超がコメディ・ドラマ的なユーモアに溢れているものから、状況が変わるにつれて語りが変化していったりするところとかね。あまり意識しないような部分まで作りこまれている。この丁寧さというのはあまり評価軸にのぼらないけれど、スコルジーほど「描写したいこと」を隅から隅まで徹底してくれる作家はすぐには思いつかない。
余談
ちなみに検索してて見つけたのだが、このRedshirts著者のScalziに対しての一問一答をしているところがあった。⇒Ask John Scalzi anything you want about Redshirts「脇役たちが一歩間違えば死ぬことから慎重になる描写が欠けてるんじゃないの。平坦なキャラクタ描写についての指摘はあなたの小説に対する正当な批評だと感じますか?」といったような穴をついてくるような質問から「あなた自身は脇役を殺し時にどう思ってんの」といった突っ込んだ質問まで幅広く飛び交っている。返答もなかなかふるっていて、著者と直接長文でやりとりができるこういう場があるのはいいな、と思った。ハリウッドスターとかもしょっちゅう降臨してるしなあ。

- 作者: ジョンスコルジー,内田昌之
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2014/02/07
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