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撤退するアメリカと「無秩序」の世紀ーーーそして世界の警察はいなくなった by ブレット・スティーブンズ

撤退するアメリカと「無秩序」の世紀ーーそして世界の警察はいなくなった

撤退するアメリカと「無秩序」の世紀ーーそして世界の警察はいなくなった

著者の立場があらかじめゴリゴリに決まってしまっている本なので読者はそこからある程度距離をとらねばならないが、現状の国際政治を考えるに至って重要な一冊だろう。構成自体はシンプルなもので、まず「アメリカは世界の警察ではない」と考えるアメリカ人が増え、オバマ政権自体もそうした傾向にあることを明らかにする。その後アメリカが世界の警察であることをやめたらどうなるのかを論じていくが、その結論は最初から明示されている。

 本書は明確な立場に立っている。どんな大国も、スポーツ観戦のように外交をやっていたら、大国でいることはできない。世界の指導的な自由民主主義国が世界の警察官の役割を拒否すれば、独裁体制が競い合い、(あるいは互いに手を組んで)その空白を埋めるだろう。アメリカが善悪の判断もせずに、孤立主義というエデンの園に引きこもろうとすれば、早晩そこはエデンの園どころか、銃弾が飛び交う戦場になるだろう。それは経済の混乱と戦争による疲弊、自信を失った西ヨーロッパ、内向きのアメリカ、そして野心的な独裁体制の台頭があいまって、世界が第二次世界大戦へと突き進んだ一九三〇年代とよく似ている。

僕自身はこういう意見に個別に頷くところはあれ、現実味がないなあと考えている。世界が銃弾が飛び交う戦場になるか? そんなことはわからないとしかいいようがないし、少なくともアメリカの国民感情が世界警察としてのアメリカからの撤退を求めているのは間違いない。実質世界はもうアメリカが撤退することを前提に動いているだろう。中国もロシアもイランも行動はどんどん横柄になって軍事費は上がり続けているし、近年の日本が同盟関係の多角化に加え軍事力への傾倒をみせるのは(もちろん是非の検討はあれど)、これまでとは違う秩序を立てなければならないというそもそもの危機感が元になっている。

「われわれは世界の警察官であるべきではない」とオバマが2013年9月の演説で語ったように、アメリカは明確に軍事費を削減し、自分たちとは直接的に関係のない外のいざこざから手を引き始めている。これは大統領個人の考えではなく国民感情からいってもそうで、2013年秋に行われた世論調査によるとアメリカ人の52%がよその国のことに口出しをするべきではないと考えている。割合的には2002年には30%だったが10年で20%以上上昇していることになる。アメリカン・スナイパーのような映画がヒットすることからもそれは明らかだろう。

もちろん無からこういう上昇が起こったわけではなく、イラクとアフガニスタンで苦い経験をした事が大きく関係しているのだろう。莫大な支出を出して成果として得られたのはいったいなんなんだ? 現代の戦争では実質的な勝利とは何かすらわからない。アルカイダを粉砕したのは勝ちが成立したといえるのかもしれないが、ISILのようなまったく別の形態に成り代わって新たな火種を生み出しているだけだ。それに生活水準は年々上がっていき、人命はそれに呼応するように高くなっていく。介入すれば間違いなく人が死に、精神に傷を負った大量の帰還兵が発生するというのに、いったいどのような利益があってそれをするのか──とアメリカの国民が考えるのに何一つ不思議はない。

こうした状況に対して著者がいうのは、「だからといってアメリカが手を引いていい理由はない」ということだ。アメリカが世界から手を引こうとしても、国際政治はアメリカを放さない。アメリカの撤退は不安定で予測不可能な国際環境を生み出して、結果的に大きな政府への回帰をもたらすだろうと。この根拠として軍事費と世界情勢への関与を大きく減らしている民主主義国が比較的大きな福祉国家であることを例にあげて、アメリカが軍事支出を減らしても、歳出全体を減らすことはできない=オバマケアの穴埋めに使われるだけだからという。僕はこれについては「え、オバマケアの穴埋めに使われることの何が問題なんだ」と思う。

最初の引用部のように、「アメリカがやらなかったら、誰がやるのだ。どこも対抗手段が生み出せないのであれば、世界は混沌としてしまうだろう」ともいう。それ自体はまあ、そうだろう。何しろ動き自体はもう各所で起こってるんだから。中国は南シナ海を自らの領海にしてしまい、プーチンは旧ソ連諸国への影響力を強め、イラン・イスラエル間では核施設を巡って戦争が起こるかもしれず、エジプトやシリアでは民主主義国家としての成立はなされずに無法状態が続く、少なくともそれを意図して動く可能性はある。世界は混沌へ向かっている。

一方そうした状態に対して幾つもの対抗案も考えられるが(勢力均衡、自由主義による平和、理想主義的な集団安全保障)、それらはいずれも戦争を止められない、なぜなら過去に全部失敗しているからだ、とする短い論考が述べられているが、この部分については僕はまったく説得力を感じなかった。というより、真剣に論じるとしたらそれだけで一冊費やさなければならないようなことをたかだか数ページで述べているんだから「判断不能」という感じだ。実際新たな同盟関係や日本の自立に向かう動きなど各所で「巨大な米国なき世界秩序」構築の為の動きは今も起こり続けているわけでそうした現況の分析も行わずに「無理無理」というのはちょっとな。

最初に書いたように僕はアメリカが世界の警察として復帰するプランは現実味がないと思う。たとえば、アメリカの国民が世界の警察としての立場を「不毛だ」と考える国民感情が反転することがありえるだろうか。戦争の形が変わってしまったこと、国際政治がより複雑化していること=武力介入の成果が見えづらく、限界が露呈してきていること、命と保障の値段が上がり続けていること、などなど。撤退を後押しする事象はいくらでもあれ、復帰させるに足る論拠は日々失われているのが現状じゃあなかろうか。国内でのテロが頻発し、その時のリーダーが本書のような意図を持っていた場合はまた一転する可能性はあるけど。

じゃあ、どうするのか──という部分について、僕は特に意見はないんだけど。状況が動き続けていて読みようがない、というのが正直なところ。ともあれ本書が現状の、そしてこれからの国際政治を考えるにあたって参考になる一冊であることは確かだろう。ちなみに著者はウォール・ストリート・ジャーナル紙外交問題コラムニスト及び論説欄副編集長のジャーナリスト。意見の偏りが明確なのは当然利点でもあるが、読むときには一つの視点に引きずられないように注意されたし。