ジャック・グラス伝: 宇宙的殺人者 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
- 作者: アダム・ロバーツ,内田昌之
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2017/08/24
- メディア: 単行本
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で、実際の作品の出来なんだけど────これがめちゃくちゃおもしろい! 読者への挑戦状からはじまり、語り手が「フェアに勝負を仕掛けるつもりです」と宣言する、古き良きミステリをド真ん中で貫きながら、作中を流れるロジックや状況の全てにSF的ギミックやアイテム───たとえば"faster than light(超光速航法)"が関係してきて、無茶苦茶な出来事、状況をドストレートに描き出していく。
後ほど詳しく紹介するが、一篇目からして「太陽系最強の密室」という状況からはじまって唖然とし、二篇目「超光速殺人」、三篇目の「ありえない銃」まで読むと「おいそんなんありかよ!」とゴロゴロ転げ回るはめになるだろう。作中の会話もやけにおもしろく、読み始めたら止まらないおもしろさがある(実は前に原書で一度読んでいるんだけど、それでもあらためて読み始めたら面白くて寝不足になった)。
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それでは、以下簡単に、読者への挑戦状から簡単に各話を紹介してみよう。
読者への挑戦状!
物語があくまでもフェアに徹して仕掛けられる読者への挑戦状から幕を開けるのは先に述べたが、その中心となるのは書名にもあるように、ジャック・グラスと呼ばれる宇宙的殺人者だ。悪名高きこの男、並外れた人数(数十、数百万人)を殺したとも言われ、端的にいって「宇宙の中でもヤバいやつ」として怖れられている男である。
ミステリのひとつは監獄の物語です。ひとつは通常の犯人探し。ひとつは密室ミステリ。必ずしもこの順番でならんでいると約束はできませんが、どれがどれかを突き止めて、しかるべく整理するのは難しくないはずです。もっとも、それぞれが三つすべてに該当することが判明した場合、わたしにみなさんの手助けができるかどうかはわかりません。
と、性質まで最初に明らかにされているわけだけれども、重要なのは、ここから述べられていく三篇の殺人ミステリィにおいて殺人者は全て同一人物──つまりジャック・グラスであることが明かされている点にある。つまり、読者にとって問題となってくるのは各種の事件がジャック・グラスによって、「どのようにしてそれがなされたのか」また「なぜそれがなされたのか」という、動機と手段にまつわる謎である。
箱の中
一篇目「箱の中」は三篇の中では雰囲気が特異な、「監獄の物語」そしてある意味「密室ミステリ」にあたる作品だ。物語は七名の囚人がわずか直径二百メートルの小惑星に放り出され、十一年間掘削することを強制される状況からはじまる。彼らをそこへ放り出した公司(充分な規模を有する商業組織、企業)は十一年後にまた訪れ、資源と、囚人がまだ生きていれば囚人も回収することになるわけだが……。
何しろ水も食糧も満足には与えられていないから、至急小惑星のどこかしら掘って水を掘り出さないといけないし、食物を育てなければいけない。荒くれ者共の集まりだからどんどん仲も悪くなっていくし、上下関係を決める諍いも激しい上に、暖房設備などもないから、環境のすべてがあまりに過酷すぎてむしろ滑稽なほどだ。
七人の中でも次第にグループが出来、その不和も大きくなっていく中、ある殺人事件が発生する。果たしてジャック・グラスは"何のために"殺したのか? またこの絶対に脱出不可能と言われる"太陽系最強の密室"から脱出することができるのか?
超光速殺人
二篇目はタイトルの時点でトンデモだが、より本書の世界観に深く迫る内容になっている。まず、この世界で人類は太陽系に広がっているが、現在太陽系全域はウラノフ一族によって支配されている。ウラノフ一族の下には5つのMOHファミリーがあり、物語の中心となるダイアナはその内の一つ、アージェント家の跡取り令嬢だ。
MOHファミリーは遺伝子操作技術によって能力を人為的に構築されており、家ごとに特性が存在し(たとえばアージェント家なら問題解決能力、アパラシード家は軍事行動)、ダイアナと姉のエヴァは高度な情報処理能力を有している(この設定だけで超絶漲ってくるんだよなあ)。それぞれの個性もあって、エヴァは高度な宇宙物理学の問題に邁進し、ダイアナは「ミステリ」の魅力に取りつかれている。
そんなダイアナの一六歳の誕生日に向けて、地球で過ごすことになったアージェント家一行だが、滞在地で召使の一人が殺されてしまう。凶器は人間が持てないほどの重さの巨大なハンマー。事件が起こった時に記録されていた、屋内の召使一九人のうちの誰かが"犯人"だ。ダイアナはとうとう自分が本物の殺人事件を解決する時がきたと大はしゃぎする。ま、犯人はジャック・グラスなわけだが、その名は最初隠されおり"そもそも誰がジャック・グラスなのか"を推理しながら読むことになる。
この話、ダイアナが、夢中になって捜査をするのがめちゃくちゃ可愛い。警察に家柄によって言うことを聞かせるのではなく、自分のミステリ解決能力を評価して「捜査に協力してもらいたい」と言ってもらいたくてやきもきするところとか最高。
ありえない銃
最終話「ありえない銃」は一見したところ「密室殺人」枠の物語になる。ここでもまたダイアナ(とジャック・グラス)が登場する。この世界では「バブル」と呼ばれる太陽軌道にあわせて移動する居住空間が存在するが(当然密室である)、何者かの攻撃によって、突然一人の男が霧状に蒸発させられてしまうのだ!
攻撃はバブルに一つの穴を開け、死体をひとつ生み出した。最初は外からの攻撃かと思われたが、その場合これほどまでに強力な攻撃ではバブルに穴が一つしかできないことは考えられない(出口にも穴が空くはず。)。仮に外側から内部に放たれてそこで止まったのだとしても、肝心の銃弾はどこにもない。つまりこれは内部からの攻撃(そして死んだ男を通って外に突き抜けた)のはずだが、高解像度のカメラを持って衝撃の瞬間をみても、誰も攻撃している姿はうつっていない(ジャック・グラスも)。
世界観も最高
どのような手段で、密室状況下で、男を一瞬で蒸発させてみせたのか? 正直言ってこの結末はヤバイというか思いついた時著者はゲラゲラ笑ってただろうなと思うような話である。また、二話と三話については、謎解きが「世界が戦争状態に陥る危機」と繋がっていて、その構成も見事。たとえば"超光速航行"の技術は物理的に不可能とされているが、何者かがその技術を発見したという噂だけが流れている。
本当にそんな技術は存在するのか?するとして、誰が持っているのか?といった情報戦のプロットと、その情報を誰が握り"この世界の覇権を握るのか?(その技術を得たら、ウラノフの支配を覆す可能性があるので)"という問いかけが謎解きと同時に展開するのである。と、ミステリとしての出来はもちろん、SF作品としての出来も(世界観の作り込み、壮大さ、物理法則面での描写も良い)超一級品の作品なのだ。
徹夜必至の作品なので、読み始める時は充分に時間を用意することをおすすめする。