- 作者: パトリック・キングズレー,藤原朝子
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 2016/11/26
- メディア: 単行本
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そこで、本書は3大陸17カ国でのインタビューや実際に難民が用いるルートを、ガーディアン紙の移民専門のジャーナリストである著者自ら辿ることで実体験をレポートする、難民の実態に迫る一冊である。"なぜ彼らはヨーロッパを目指すのか"への答えはもちろん、難民は密航を業者に手配することも多いがそのビジネスはどのように成り立っているのか、難民たちのSNS活用術など具体的に難民が直面する事態/現実をレポートしてくれるので、ありありとその状況が伝わってくる。
難民とEUをめぐる概略
2014年から2015年に船で地中海を超えた人は約120万人おり、2016〜2018年には合計300万人を超えるという。激しい内線が続くシリア難民が多いが、アラブの春後に法秩序が崩壊したリビアやエジプトからの難民も増え、その窓口となったギリシャは財政危機でてんてこまい、イタリアもウチではムリですーとEU加盟国に一定数の難民引取を求めるが口では威勢の良いことをいうが実態としてはたいして進んでいない。ドイツなど一部の国は積極的に受け入れているが、加盟国の連帯というEUの基本理念は失われたと言ってもいいような状況だろう(だいたい、一国抜けるしな)。
その背景には、パリ同時多発テロが起こったことによって、難民流入がヨーロッパを危険にさらすという考えが広まっていることもある。ただそうした考えは、理にかなっていないと著者はいう。欧米の基本理念が崩壊した証拠ととしてISISの勧誘に利用され、さらには仮に"難民受け入れたくないです"といくら言い張っても難民は来てしまうのだから、何らかの対応をせざるを得ないのだ──と。
なぜヨーロッパを目指すのか
基本理念の崩壊がどんだけ問題かはともかくとして、嫌だ嫌だといってもきてしまうんだからなんとかしないといかんというのはその通りだろう。トルコの西岸からヨーロッパの東端までは8キロしかないのだ。
そもそもなぜ難民がこれだけ大量に発生しているのかといえば、たとえばシリアでは激しい内戦が続き、このさき何年も政情が安定する気配がみえない=国から出なければどうしようもない状況がある。リビアも同様に内戦が続き、まともな状態ではない。総人口に対する難民発生率で一位のエリトリアで、市民は"全体主義国家で、多くの市民がいつ逮捕されるかと恐怖に怯えながら暮らしている"という。
SNSの活用
さらには匿名管理人により運営されるFacebookで、国境移動の効率的なルート選定から切符の買い方など幅広い/効率的な情報が共有された結果『2015年、シリア人はヨーロッパに行くのにリビアを経由する必要はないこと、そしてごく一部を除き、密輸業者に頼る必要はないことに気がついた。自力でやれる。それも、今すぐに。』と気づき難民化のハードルが下がった影響も著者によれば大きいという。
SNSは難民だけでなく、ヨーロッパへと難民を届ける密航業者も活用している。たとえば"大型の高速ヨットで来週イタリアに行こう"とFacebookで宣伝するなど一応密航のはずなのに堂々とマーケティングしていてちょっと笑ってしまう。既定の定員をはるかに超えてすし詰め状態にした船やボートで送り込むために沈没して数百人が死亡などの悲惨な事件が頻発しているので笑い事じゃあないのだが。
うまく(難民を敷き詰めれば)一回あたり10万ドル以上が密航業者に入り込んでくるなど、業務の実態も明らかにしていてこの辺は丹念な実地調査の強みだなと思う。
おわりに
著者の主張は基本的には、難民は不可避的に発生しておりボートの到来をとめることはできないのだから、締め出し戦略は不可能であり、大規模な移住システムを構築するしかないとしているが、まあ国民感情からいっても(自国で貧しい人がいるのに他所の難民を救っている暇があるのかとか)いろいろな意味で厳しいわな。
日本にいると受け入れろという圧力もそんなに高くないし、実態を知ったからといってできることも多くないのだが、同じ世界の中で起こっていることではあるし、他人事とはいえないだろう。いつ我々が受け入れの可否を検討する必要が出てくるかわからないし、そもそも我々が難民にならないとも限らないのだから。
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