- 作者: 柞刈湯葉,焦茶
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2017/02/16
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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huyukiitoichi.hatenadiary.jp
読者としては、デビュー作がおもしろければおもしろいほどに2作目にドキドキしてしまうものだ。一発だけなら誤射かもしれない。全てを詰め込んだのが第1作で、後はその抜け殻かもしれない。そんな心配がある中、本書はまた前作とは随分違う方向性で同じぐらい楽しませてくれたので、安堵しながら賞賛した。これは本物だ。
さて、そんなわけで『重力アルケミック』である。前作のあとがきなどにより、地球が膨張してとにかく地面が余っている世界の話だとは知っていたので、最初こそ前作同様何らかの理由をつけて、そんな土地をだらだら旅をするおんなじような構造の話になるのかと思いきや、これがなんと大学生小説である。ぐうたらで金はなく、バイトをしたり女の子とどうやったら出会えるのかをぐだぐだ考える理系男子の話だ。
世界観とか
とはいえ、舞台は普通の地球ではないわけだから当然ただの大学生小説ではない。
会津若松市生まれの主人公である湯川くんが東京の大学に行こうとする場面から物語は始まるが、何しろ東京↔大阪間が5000キロもあるから気軽にいってきまーすかえりまーすという距離では全然ない。バスで何日もかかる。東京内部も膨張によって区画が分かれ、区と区の間にはなにもない荒野が広がっているらしい。きっと満員電車もないだろうから都市労働者のストレスはかなり軽減されていることだろう。
また、地球が膨張を続け距離が広がっている以外にいくつも我々の知る地球との相違点がある。まずこの重力アルケミック世界には重素*1と呼ばれる重力に関係する物質があり、航空機などは基本的にこれを使って飛んでいる。それゆえ、揚力を使って飛ぶ飛行機は可能性を確認されてはいるものの、実用可能な物は存在しないという段階である。そりゃ重素を用いれば確実に飛べるし、ずっと浮かばせられもするのだからそのほうがいいし、他の可能性が発展しなかったのもわかる。
また頻繁に膨張するためリレー波で情報を受け渡さなければならない。結果として東京から会津若松まで20分とかの通信時間がかかり、コンピュータこそ存在するもののパーソナルコンピュータはほぼ存在していないようだ。そのため作中のほんわかとした恋愛チックなやりとりはどこか昭和のような雰囲気で、これはこれで愉快な設定のひとつである(送った恥ずかしいメールが相手に届くまで30分かかるからその時間メールよ頼む消えてくれと悶え苦しんだりする)。
あらすじとか
とまあそんな世界で湯川くんは東京に行きたい一心で勉強をし、東京の大学──学科は重素工学科へと無事入学。入学した先でメガネ女子である宮原さん(学科に4人しか女子がいないから貴重な女子である)、ハーフ風の顔立ちでイケメン、後の親友篠崎らと出会い、割の良いバイトを探したり、音楽サークルの皮をかぶった政治系サークルに入ってみたり、夏休みには自転車で浜松まで行ってみようと冒険に出たりする。
東京で浜松ならそんな冒険でもないだろと思うかもしれないが何しろ膨張しているので彼らがいる豊島区からだと約3000キロもある。自転車でいくのはかなり無茶なような気がするが実際無茶なのでチャレンジして滅茶苦茶な目にあったりする。重素専門の学生でもあるから、この世界における重素の役割、その化学的な性質の描写なども合間合間に入り込み、この架空科学/化学、またその設定の導入によって世界の風景が一変してしまっている描写はSF好きとしてたまらないものだ。
東京スカイツリーは、反重盤を使って上空1634メートルに浮遊している巨大な浮遊アンテナだ。2012年に打ち上げられて以来、都内の通信事情が劇的に改善されたらしい。通信衛星よりも地上に近いぶん通信料が大きく、何よりも地上と有線で接続されているというのが強い。近い将来にはネットでの映像配信さえも予定されているという。これでますます地方との情報格差が進むというわけだ。
国家間の行き来はもちろん都市間の行き来もどんどん減っており、パーソナルなコンピュータがないことも関係しているかもしれないが社会はひどく牧歌的だ。ただでさえ牧歌的な大学生活とあいまって(理系はそうでもないだろうが、重素工学科は比較的暇な部類である)、なんだかここで描かれていく日々はとても心地よくうつる。
ものづくり小説
そんなこの世界ならではの大学生活を書き連ねていくのかと思いきや、後半部で湯川くんは、親友の大出世、ほのかな恋、かつて構想された幻の理論書『飛行機理論』との出会いなどなどがきっかけとなって、この世界には未だ存在しない、エンジンで飛ぶ"飛行機"をつくろうと決意する。非効率は非効率。無謀も無謀。しかし"飛行機にはロマンがある"──その上、この世界においては実用性も大いにありえるのである。
流体シュミレータを駆使し、自分たちが入手可能な材料は何なのかを考え、エンジンを調達し、開発を進めていく中で細長いほどよい揚力を受けられると気がつき──と、泥臭く地道な実験の日々。しかしその泥臭さこそが研究といえるのだ。それまで誰も創ったことがない、ひょっとしたら世間をあっといわせられるかもしれない物がまさに今目の前で出来上がってくる感覚が、後半部では実によく表現されている。
おわりに
彼らが一生懸命つくっているものが、我々からすれば非常に原始的な飛行機なことにもおかしみを覚えるが、また独特な手触り(レトロなのに未知)に繋がっていて良い。理系男子の生態が現役生物学研究者の手によって描かれる大学生小説として、ものづくり(飛行機)小説として、また架空の現象によって変化した地球の描き込みっぷりはSF小説として素晴らしいので、琴線に触れる部分がある人にはオススメしたい。
*1:ちなみに第二次世界大戦中の重素の過剰摂取で地球の膨張ははじまったらしい。