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神話に基づく変奏──『サイバネティクス全史――人類は思考するマシンに何を夢見たのか』

サイバネティクス全史――人類は思考するマシンに何を夢見たのか

サイバネティクス全史――人類は思考するマシンに何を夢見たのか

「サイバー」という言葉には人を惹き付ける魅力がある。サイバースペース、サイバーパンク、サイバーウォー、サイバーカルチャー、サイバーセキュリティー……。何を意味しているのか明確なこともあれば、いまいちカッコイイだけで何を言っているんだかよくわからないこともあるこの「サイバー」なるものはどこからきたのか。

もちろんサイバースペース創始者はウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』なわけだが、そもそもその着想は何にあったのか。それを根本から解き明かし、歴史を辿り直すよう試みたのが本書『サイバネティクス全史――人類は思考するマシンに何を夢見たのか』である。『それでもこの世界でも有数の刺激的で、高価で、脅威となるアイデアの真相は、いまだに謎のままだ。たとえば、「サイバー」はどこに由来するのか。この思想の歴史はどういうものか。サイバーとは実は何を意味するのか』

その端緒となるのはノーバート・ウィナーという名の一人の数学者だ。未来のマシンとその潜在能力について大胆に述べられた『サイバネティックス』の著者である。彼のこの本によってフィードバックループや自己安定化するシステム、自律的に行動を調節する、自己複製し生命のように増殖するマシンなど無数の概念が提唱された。

1940年代後期から60年代にかけて、SF作家に多くのネタを、ヒッピーたちに深い繋がりを、軍事面での着想/研究分野をもたらしたこのサイバネティクスだが、80年代に向かうにつれサイバースペースの概念に接続されることになる。話題は軍事技術、SF作品との相互作用に加え、シンギュラリティ、仮想現実、サイボーグに暗号化技術など、まるで一つのことについて語っているとは思えないほど多岐に渡るが、その根にあるものこそがサイバネティクス──の”神話”なのだと著者は語る。

 サイバネティクスの神話は未来を予測できるという強力な錯覚を生む。私を信じなさいと神話は言う。未来はこうなるのですと。それは虚構や予測ではない。まだ起きていない事実なのだ。したがって、技術の神話を未来への効果的で持続可能な道筋として維持するには、つねにそれを使って反復する必要がある。神話の約束を何度も繰り返し述べて、それが福音となり、そうであり続けるようにしなければならない。ドイツの哲学者、ハンス・ブルーメンベルクが著書の『神話に基づく変奏』で鋭く見て取った、「神話に基づく変奏」が必要なのだ。

と、煽りたてるような熱のある文章で、少しずつ変化しながら繰り返されるマシンの上昇と下降を中心テーマとして、サイバネティクス史が描き出されていく。

サイバネティクス史・はじめのほう

サイバネティクスは戦争からはじまる。第二次世界大戦時、MITに勤めていたウィーナーは、「対空砲火があるところでのパイロットの行動予測」は人間の心理的ストレスや飛行機の物理的制約を考慮することで可能になると考えていた。彼はそれをモデル化した上で報告書を提出したが、もともとの資金がついていた「対空砲の射撃改善」についての話はほとんどなく評価もされなかった。が、このときの研究の中ですでにヒトとマシンでひとつのシステムであるという世界観が生まれていたのである。

サイバネティクスの核となる概念は3つある。一つは制御(コントロール)、一つはフィードバック(行動による結果を受け取って、確認/評価する)、一つはヒトとマシンの緊密な関係である。爆撃機の操縦士は事実上爆撃機と一体化し、義肢を持つものはマシンと人体が相互作用して機能している。『たとえば、木製の脚をもった人は、「機械的な部分と人間の部分の両方でできた系」である』将来的には、存在しない機能を人体にとりつけ、新たなフィードバック/制御も可能になるだろうと考えた。

ウィーナーが『サイバネティックス』を出して以後、この波は大きく広がっていくことになる。ジョン・フォン・ノイマン、ウォーレン・マカロックなど傑出した学者らが感化され、ロス・アシュビー、グレゴリー・ベイトソンなど無数の人物がサイバネティクスをより発展させた。1959年当時すでに、ウィーナーはマシンはどんどん効率的になり、最終的にはマシンによる支配という破局が近づくと述べている。

SF、ヒッピー、ゲームとサイバネティクス

無数のジャンル・文化にわたってサイバネティクスが関連していくのでここでそのすべてを取り上げるのは不可能なのだが、その一部を紹介しよう。たとえば、SFだ。

『一九五五年の頃には、SFは台頭する文学ジャンルになっていた。作家はアイデアに飢えていて、サイバネティクスに触発された。一九五五年のある小説は「サイバーとホームズ刑事」という題だった』コンピュータ・ネットワークへの脱出を描いたヴァーナー・ヴィンジ『マイクロチップの魔術師』はマシン上の空間概念を広く伝える役目を担い、ギブスンはサイバースペースを『ニューロマンサー』で名付けた。

 それはまさしくSF作家が望むことだった。ぴりっとするが意味のない概念。ギブスンはそれに意味を与え、その舞台の規則を定めることができた。それはサイバネティクスに由来していた─ギブスンにとっては、やはり刺激的で、スピリチュアルで、コンピュータにつながり、深淵で、危険な言葉だった。

サイバネティクスはSFだけではなくカウンターカルチャーでも豊かに育った。その一大要因としてあげられるのが、伝説的雑誌『ホールアース・カタログ』の創刊者であるスチュアート・ブランドによって熱心にサイバネティクスは紹介されたこと。『カタログ』は読者からの反応を集め、遠く離れたヒッピーを結びつける装置であり、『カタログ』そのものがフィードバックを経て育っていく学習機構だった。

代替現実、仮想現実の概念/言葉が生まれ、原始的なものではあるけれども実際へのサイバースペースへの入植もはじまる(家庭用コンピュータゲーム『ハビタット』のこと。このゲームから、「アバター(分身)」という言葉が生まれた)。いよいよ本格的にサイバースペースが整備され、暗号方式が確立されはじめると、サイバーウォーを始めとする新たな戦争がはじまる。『サイバネティクスは戦争で始まり、結局、戦争に戻ってきた。マシンは、有望な見込みに始まり、上昇し、最後には下降した』

おわりに

サイバネティクスを取り巻く環境は、最初は神話に魅入られたエンジニア、科学者、起業家、学者、芸術家、SF作家たちが行動を起こしすことで、技術が繰り返し神話を上回ってきた。たとえば、かつて夢みた内容がそうと気づかないうちに普通に運用されていたりする。コンピュータ制御されたペースメーカー、自動運転車に、ほぼほぼ運航が自動化された旅客機などなど……。その後にまた新たな神話が変奏される。

サイバネティクスをめぐる歴史は、多くの人間が有望な見込みを語り、同時にディストピア的な不安(全てがハッキング可能になり、サイバーウォーがはじまった)を呼び起こす上昇と下降のパターンを繰り返す。その運動を正当に見極め、評価するためには、大きく退いて全体像を捉えなければならない。現実の実用的展開が技術の神話的展望に追いつくと必ず、神話に基づく変奏の進行が止まってしまい、いずれ後退する。そのため、『技術の神話を未来への効果的で持続可能な道筋として維持するには、つねにそれを使って反復する必要がある。』 本書は、そのための一冊である。