基本読書

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早川書房の2700作品が50%割引の大型電子書籍セールがきたので、SF・ノンフィクションの新作を中心にオススメを紹介する

早川書房の2700作品が最大50%割引という電子書籍セールが来たので、僕が読了済みのものからオススメを紹介しよう。早川書房は定期的にこの規模のセールをやることで知られているが、そのたびにラインナップが異なる。特に、前回のセール時には対象ではなかった最新の作品なども今回は多数セールに入っているので、今回は主に2022年10月〜23年4月頃に刊行された新作を中心にオススメを紹介していこう。

今回はざっと見ていたがセール対象の作品数も多いし、23年4月のまだ新刊ほやほやといえる作品までセールラインナップだしで充実した内容になっている。そのため、いつもより文字数&作品数増量で紹介しよう。下記はリスト。
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まずはSFから

まずSFの目玉といえるのが劉慈欣の伝説的な中国SF三部作《三体》の前日譚長篇である『三体0 球状閃電』。前日譚とはいっても世界観や登場人物に一部繋がりがある程度で、これを読んでないと駄目だ! とかこれを読まねば《三体》はわからない! 

とかいった類のものではなく完全に独立した長篇であるが、とはいえ、そのおもしろさは三体本篇に引けをとらない。球電という現実にも存在する不可思議な事象の解明のプロセスを経るうちに、宇宙の物理法則の新たな理解へと繋がり、SFだからこその壮大なスケールへと発展していく。SFならではの醍醐味に満ち溢れた、《三体》三部作や劉慈欣の短篇が好きな人ならば、必ず気にいるであろう長篇だ。

もう一冊目玉としておすすめしておきたいのが、現日本在住の中国作家陸秋槎の初のSF短篇集『ガーンズバック変換』。もともと『文学少女対数学少女』や『元年春之祭』といったいわゆるミステリーの名手として知られてきた作家だが、その論理の冴えが未来と技術にあてられSFに発展させたのがこの短篇集である。ソシャゲやアニメを中心に据えた日本サブカルにどっぷりな短篇も、歌/詩人をテーマにした短篇もあり、偽史/架空伝記の質も高く、新世代の作家(1988年生)の実力が堪能できる。現時点で今年ナンバーワンSF短篇と言ってもいいレベルなので、この機会にぜひどうぞ。SFというよりファンタジィだが強くオススメしておきたいのがオリヴィー・ブレイクの『アトラス6』。世界中の貴重な蔵書を守護する秘密の組織〈アレクサンドリアン協会〉、そこでは10年に1度、6人の在野の魔法使いらが選出され、うち5人だけが入会を果たし、富や名声、協会しか持っていない資料へのアクセスが許される。

この6人の選抜の過程がメインで描かれていくわけだけど、1人を排除する仕組みなので協力もあればラブロマンス&ブロマンス的な要素が入ってくるのがまず魅力的。それに加えて物理的事象に干渉できる物理術師に他者の思考を読み取るテレパスなど、特殊能力者持ちによる能力バトル的なおもしろさもあるが、「魔法」とは何なのか? を深掘りしてSF的なおもしろさに繋がっていく部分もあって、様々な軸から楽しませてくれる作品だ。3月刊行の作品なので、セールに入っていると思わなかった。

ファンタジーついでに紹介しておきたいのが、シャーロック・ホームズとクトゥルフ神話のマッシュアップであるジェイムズ・ラヴグローヴ『シャーロック・ホームズとシャドウェルの影』。ロジックとバリツで問題を解決してきたホームズが、そのどちらも通用しない化け物と出会った時、どうするのか? いってみればそれだけの話ともいえるのだが、各作品の小ネタの拾い方がうまく安定したおもしろさの長篇だ。2月刊行の新刊で紹介しておきたいのが、フランケンシュタインやジキル博士の”特殊な能力を持った”娘たちがヴィクトリア朝時代を舞台にかけめぐる『メアリ・ジキルと怪物淑女たちの欧州旅行』。三部作の第二部にあたる作品だが、今作ではヴァン・ヘルシングの娘から救出を依頼する手紙が届き、”怪物たちの娘”が動き出す。ホームズやらフロイトやら、フィクション・キャラクターと歴史上の人物が渾然一体となっていくごった煮感が魅力的なシリーズだ。読んだことがない方は第一作『メアリ・ジキルとマッド・サイエンティストの娘たち』からどうぞ。アーカディ・マーティンによる、ヒューゴー賞長篇部門を連続受賞した二部作『帝国という名の記憶』、『平和という名の廃墟』(後者は22年10月刊で僕が文庫解説を担当している)もセール中。宇宙をまたにかける銀河帝国と、その宮廷で繰り広げられる権力闘争・外交が中心テーマになった長篇作品である。

第一部では丁寧にこの世界の背景が説明され、第二部ではそれを前提に、究極の外交問題ともいえるファーストコンタクトがテーマになっていく。知性があるのか、言語を使うのかすらも不明な異星生物相手に交渉を仕掛け戦争に至る前に阻止できるのか? という綱渡りの外交が展開していて、言語SF的にもめちゃくちゃおもしろい。

本邦での刊行当時ろくに話題になってなかったけどおもしろかったのがインド生まれのアメリカ作家S・B・ディヴィヤの第一長篇である『マシンフッド宣言』。人工知能とロボットに人間の労働の大半が代替され、人間が仕事をするには身体能力を向上させる薬物を摂取しないとやっていけないという過酷な未来を描き出していく長篇SF。アメリカはオピオイドをはじめとした薬物依存の問題が依然として深刻で、未来の話ではあるが現在のアメリカの恐怖感・不安を見事にすくい取った作品だ。近年韓国SFが盛り上がっているが、数ある韓国SF短篇集の中でも特に薦めたいのがチャン・ガンミョンによる『極めて私的な超能力』。宇宙ものから超能力もの、ポリティカルな作品まで幅広く揃えられた熟練の技が感じられる短篇集で、物によっては10pにも満たないのだが、その発想や描写、演出の仕方はどれも独特でひねりがきいている。昨年刊行のSF短篇の中ではベスト級の一冊なので、ぜひどうぞ。気候変動は世界的な問題となって久しいが、それに伴って気候変動テーマのSFも増えてきている。中でも昨年特に印象に残ったのが、ダイアン・クックによる『静寂の荒野』。自然が失われた近未来を舞台に、5歳になる娘を都市の環境汚染から守るため、人間の手が入っていない森の中で生活をする実験に母娘が志願する。

研究・実験と言っても手厚いサポートも何もなく、誰も助けてくれないので、次々と実験参加メンバーは死んでいく。そんな最中、都会で過ごしてきた母親と、幼少期を森で暮らし、そこに順応した娘の軋轢が目立ってきて──と、自然環境下での母娘の愛憎や、人間のたくましさ、価値観の変遷とズレが描かれていくことになる。

セール対象として驚きなのがヴィルヌーヴ監督の『DUNE』映画化に合わせて新訳が刊行されている『デューン 砂漠の救世主』(砂の惑星に続くシリーズの第二部)も23年4月刊行なのに半額セール対象になっている。作品の評価自体は伝説的ですでに定まっているが、酒井昭伸による新訳がこれまた素晴らしい仕上がり。海外の話題作が多かったので日本作家の新作にも触れておくと、電撃小説大賞出身の作家周藤蓮による『バイオスフィア不動産』は珍しい不動産・住宅SFで、食事も空調も完全に循環し多機能分子プリンターなどで必要なものは何でも出力できる完結型住居”バイオスフィアⅢ型建築”で暮らす人々を描き出していく連作短篇集。閉じた空間で暮らす人間はどのような価値観や思想に至るのか? 独特な作品だ。新作ではないが、『幼女戦記』のカルロ・ゼンによるミリタリーSF『ヤキトリ』の二冊もセール中。この作品、今年の5月にNetflixでアニメが公開されたのだけど、続刊でないのかな(最後に新刊が出たのは2018年)。使い捨ての軌道降下兵というシンプルな設定に経済や法律、政治の諸問題が関わってきて、ジュブナイル寄りの国内ミリタリーSFとしては非常にレベルの高い作品なのだけど。

ノンフィクション

ノンフィクションも今回のセール対象は豊作。まずオススメしたいのは、ダニエル・E・リーバーマンの『運動の神話』。人類はもともと運動をするために進化したわけではなく、むしろできるだけ省エネでいきていくのが人類のこれまでの路線だった。だから、健康のために運動するのは苦しくて当たり前だ──と、運動の神話を次々と再検証していく。昨年でもっとも僕の生活に影響を与えた一冊(たとえば、週に150分有酸素運動をすることで健康リスクが大きく下がるのかとか)である。もう一つ、「野球のボールを光速で投げたらどうなるの?」など数々の馬鹿げた質問を物理学的に真剣に検討&コミック化して人気となったランドール・マンロー『ホワット・イフ』の続篇『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』もセール中(23年2月刊)。恐竜に必要なカロリーを計算したり、1人の人間が生涯に読めないほど多くの本が存在するようになったのは人類史のどの時点かなど、ついつい気になってしまう問いかけが多数載っている。また、話題になっているのがロバート・コルカー『統合失調症の一族 遺伝か、環境か』。1940年代から60年代という統合失調症のことがほとんどわかっていなかった時代に、12人の子供のうち6人が統合失調症になり、悲惨な幼少期を過ごしてきた子供たちの人生を追った一冊だ。精神疾患への理解がない時代、一家と兄妹は多大な苦労に見舞われるが、それでも彼らを研究することで統合失調症の治療、予防、遺伝子がどれだけ関与しているのかといった理解が少しずつ進展していく。家族の物語であると同時に、未知の病を究明していく、極上の科学ノンフィクションでもある。VisionProやPS5、良い結婚相手など誰しも何かを欲しがりながら生きているものだがルーク・バージス『欲望の見つけ方 お金・恋愛・キャリア』は、我々がいつも何かを欲しがるのはなぜなのかについて追求していく一冊だ。中心となっていくのはルネ・ジラールの「模倣の欲望理論」で、それによると欲望は一人の中に独立しているのではなく、両者のあいだの空間にこそ存在するのだという。『人間は──真似ることを通して──ほかの人が欲しがるものと同じものを欲しがることを学ぶ(p15)』これを読むと、自分は何を欲望すべきなのかについて、考え直さざるを得ない。ノーラ・エレン・グロース『みんなが手話で話した島』は文庫化(22年10月刊)だが同じく障害テーマでおもしろかったので紹介したい。遺伝性の聴覚障害のある人が多く暮らす、アメリカ・ボストンの南に位置する島で暮らす人々を扱った一冊だ。聴覚障害者が多いことからここでは誰もが手話を使えて、集まって話す時もみな手話で話していたという。そうした社会では、聴覚障害者であってもそのことを自分も周りも特に意識することなく、普通に育ち、社交し、結婚し、政治に参加していた。障害とは何なのかを考え直すきっかけを与えてくれる、不朽のノンフィクションだ。声優&ライター、最近は日本SF作家クラブの会長などもやっていたスーパーマルチタレントの池澤春菜さんのエッセイ集(の第二弾)『SFのSは、ステキのS+』も前作とあわせてセール中。日本SF作家クラブの会長に就任してからの記述が多く、初の訳書への挑戦、「読む人から書く人へ」の転換に苦しんだりと、とにかくチャレンジングな日々が綴られていく。軽く読めていろいろ考えさせられる、良いエッセイだ。昨年はジェニファー・ダウドナを主人公に遺伝子編集技術の誕生と発展を追ったアイザックソンの『コード・ブレーカー』が出たが、それと同時期に出た遺伝子編集技術を扱った大著が『ゲノム編集の世紀 「クリスパー革命」は人類をどこまで変えるのか』。もちろん遺伝子編集技術は治療に使える素晴らしい技術だが、一方でそれがどのような変革をもたらすのか、その倫理的な検討は十分とはいえない。

動物や植物のDNAの改良はどこまで許されるべきか。より優れたデザイナーベイビーを作る流れが加速したら、金持ちの子供は知能的にも肉体的にも特権を維持し、貧乏人の子供は能力的にも劣ったまま階層が固定化してしまうのではないか。クリスパー誕生の過程だけでなく、こうした倫理的課題についても深く議論している一冊だ。

その他話題作

先日亡くなったばかりのコーマック・マッカーシー。彼の代表作にして終末SFを代表する作品である『ザ・ロード』、コーエン兄弟が監督した映画『ノーカントリー』の原作『ノー・カントリー・フォー・オールド・メン』、どちらもセール中(『悪の法則』など他ハヤカワ作品もたぶん全部セール中)。僕も今回のセールで買って少し読み返してみたが、やはりコーマック・マッカーシーの文章、叙情性は唯一無二だ。いつでもいいから、人生で一度は読んでおきたい作品である。