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スター・ウォーズには全世界が含まれる──『スター・ウォーズによると世界は』

スター・ウォーズによると世界は

スター・ウォーズによると世界は

けっこう変な本である。『実践 行動経済学』などの著作があり、オバマ政権ではホワイトハウスで情報規制問題局長をつとめたキャス・R・サンスティーンの著作なのだから、スターウォーズをダシにして行動経済学やら憲法学やらの話を展開するのかと思いきや──ほとんどはスター・ウォーズ評論であったり、スター・ウォーズ裏話であったり、いかに彼がスター・ウォーズを好きかという話で占められている。

大好きなものを好きなように語っているんだなということはよく伝わってくる内容で、同人誌のようだというのが最初の感想だけれども、キャス・R・サンスティーンともなると同人誌も当然のように商業出版し翻訳もされるのだろう。僕はむしろスター・ウォーズ何がおもしろいんだかさっぱりわかんね側の人間なのだけど、それはそれとして裏話やサンスティーンのこじつけめいた話はおもしろく、楽しく読めた。

 実はスター・ウォーズなんかあまり好きじゃなくて、アクバーとフィンとウィンドゥのちがいもわからなくても、それがなぜこれほどの文化現象になったかには興味があるだろうし、なぜそれがこれほどの共感を呼び、なぜその魅力が色あせず、それが子供時代や、善と悪の複雑な関係、反乱、政治的変化、憲法にどんな光を当ててくれるかは知りたいだろう。
 高熱にうかされて書いた「無垢の予兆」で、ウィリアム・ブレイクは「砂の一粒の中の世界」を見たと書いている。スター・ウォーズは砂の一粒だ。そこには全世界が含まれる。

ここで語られていく内容については、ひょっとしたらスター・ウォーズの歴戦のファンからすれば「そんなの知っているよ」と思う内容ばかりなのかもしれないが、何しろ僕はあまりスター・ウォーズについてよく知らないのだ。ハン・ソロ役のハリソン・フォードは、もとから決まっていたわけではなく、たまたまスタジオで大工作業をしていた大工兼役者だった彼にルーカスが目をつけたとか、第一作目が公開した時関係者は誰もヒットするとは思っていなかったとか──「へー」と思うことが多い。

本書では、ルーカスの脚本がどのように二転三転し「私がお前の父親だ」に結びついたのか、ルーカスは何を考え・参照して映画を創っていったのかという裏話と同時に、スター・ウォーズはなぜこれほどまでに大規模なヒットをし、魅力を持ったのか? そこから何が学べるのか? 文化、心理、自由、歴史、経済、反乱、行動、法律、人間の心について、時に真っ当に、時に強引にこじつけて語り尽くしていく。

そんなのいやだし、そんなの信じないね。

それ以上でもそれ以下でもないのでもう紹介を終えてもいいのだけれども、個人的におもしろかったのが「エピソードⅠ:私がお前の父親だ」の章の話を最後に紹介しよう。ルーカスが最初は明らかにベイダーをルークの父親として設定していなかった話など、脚本・企画の成立過程の話が興味深いのだが、脚本家の一人カスダンと、誰か主要人物を殺そうという意見について対立している際のやりとりが素晴らしい。

カスダン: 私が言いたいのは、愛する人のだれかが途中で失われたほうが、映画にもっと感情的な重みが出るってことなんだ。旅にもっとインパクトが出る。
ルーカス: そんなのいやだし、そんなの信じないね。
カスダン: まあ、そりゃ結構だが。
ルーカス: 映画で、話が進んで主要キャラクターのだれかが殺されるってのが昔から大嫌いでね。これはおとぎ話なんだよ。みんなが末永く幸せに暮らしてほしいんだ。だれにもひどいことが起きないでほしいんだ。(中略)映画の肝心なポイント、この映画の終わりで私が到達しようと思っているいちばんの感情は、本当に感情的にも精神的にも高揚して、人生について圧倒的にいい気分になってほしいんだ。それこそが、私たちにできる中で、とにかく最高のことなんだ。

「そんなのいやだし、そんなの信じないね」とはまたケッサクだ。著者もこの部分は相当気に入ったようで、これがいかに貴重なのかをわりと文字数を割いて解説していくし(「いやだ」というのが「信じない」より先にきて、それを説明する一助となっているとして心理学者のいう「動機のある理由づけ」の解説につなげたりしている)、その後もたびたび引き合いに出されることになる。まあ、結局主要人物はけっこう死ぬんだけどね。ぜんぜん死なないスター・ウォーズも観てみたいとは思う。

あと、スター・ウォーズ成功の秘訣を、ネットワーク効果や評判カスケードの話をしながら話のオチとしては、「素晴らしいからヒットするというわけではなくて、クォリティが伴った上で、初期の助けと(評判が評判を生む、超有名人が褒める、超有名人がつくる)時代の文化と特別なつながりがあること」が重要だという「そんなん当たり前やがな」としか言いようがないところに落ち着くのとかもおもしろかった。

いや、本当に当たり前なんだけど、それ以外の「タイミングが完璧だった」とかの説明は、ランダム化対照試行のできないケースではほとんど無意味だよねという話をキチンとしてくれているので、わりとためになるのだよね。

おわりに

ま、基本的にはスター・ウォーズファンによる楽しげな語りを愉しめばいいだろう。見る順番は何が良いのか問題について語ったり、スター・ウォーズ映画の客観的で絶対的なランキングなどといって7作を勝手にランキングにしていたり、神をも恐れぬ所業をやっていたりするけれども、それもまた微笑ましいものだ。著者の専門である法や行動経済学についての知見も解釈に盛り込まれていくけれども、別に本格的なものでもないので、それ目当てに読んでもしょうがないだろう。