基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

経済成長に頼らない形での繁栄を目指して──『ドーナツ経済学が世界を救う』

ドーナツ経済学が世界を救う: 人類と地球のためのパラダイムシフト

ドーナツ経済学が世界を救う: 人類と地球のためのパラダイムシフト

今の社会は基本的に経済成長する、経済成長し続けることが前提となっている。

とはいえ、日本を筆頭に先進国も経済成長は鈍化しているし、経済成長を加速させてきた石油などのエネルギィ源も尽きようとしているし、そもそも世界的に人口減少の流れがもはや避けられないとなった時に、現実的に考えて”経済成長し続ける”ことなんて無理なんじゃね? と考えるのは、何も間違っちゃいないだろう。

それ以前の問題として、なんでこの社会は経済成長しないといけないんだっけ? 他の道はないの? というあたりを終着点としつつ、本書はこれまでの経済の考え方、常識を見直して「経済成長に頼らずに繁栄する、循環的な経済をつくるにはどうすればいいのか」という観点から、新たなドーナツ経済学構想を語っていくことになる。

その転換のためには現状の資本主義の根幹部分を大きく作り変え、考えをあらためる必要があり、簡単にいきそうなものではない。述べられていく具体的な施策の数々も、「こんなことも考えられるよね」ぐらいのもので、現実性があるかないかといえば厳しいところだ。とはいえ、今のままの経済体制ではとてもたちいかぬことが明らかである以上、何か新しい道を模索しなければならないこともまた明らかであり、本書はそのための思想、考え方を提供する優れた一冊であるように思う。

ドーナツ経済学とは何なのか

ドーナツ経済学のドーナツとは何なのかと言えば、新たな経済システムにおけるイメージのことだ。気候変動、海洋酸性化、大気汚染などの人間の生産活動による環境への不可に上限を定めそれを一番外側の円線とし、内側の線の中(ドーナツで言う空洞の部分)は社会的な土台(水、食料、健康、エネルギィなど)の不足を表している。

つまり我々は「環境的な上限」の内側で、「社会的な資源が不足」しないドーナツの可食部分で暮らそう、というのがドーナツ経済学の骨子となる。『ドーナツ──21世紀のコンパス。人類の幸福の社会的な土台と地球の環境的な上限のあいだが、人類にとってもっとも安全で公正な範囲となる。』『この安全で公正な範囲にすべての人を入れるという前代未聞の事業を成し遂げることが、二十一世紀の課題になる。』

言うのは簡単だが実施は実に困難だ。環境に負荷をかけずに、水も食料も健康も教育も所得と仕事も平和と正義も社会的・男女間の平等も、住居もネットワークもすべてが一定以上満たされた状態に全人類を保とうというのだから。環境に負荷をかけまくっている今でさえそんなことは夢物語で、1日3ドル未満で暮らす人々は世界に20億人いて、9人に1人は十分な食べ物を食べることさえできていないというのに。

ドーナツ経済学を支える7つの思考法

とはいえ、どうすればいいんだろう? と考えるのは自由である。

本書ではドーナツ経済学の核となる考えとして7つ挙げている。ざっと紹介すると、1つは「目標を変える」。国内総生産をの増大に固執するのをやめ、経済的な不平等や格差の解消、惑星の資源を枯渇させない範囲で、すべての人が人間的な生活を営めるように目標を変えていくこと。2つ目は「全体を見る」として、これまで環境のことをそのフローの中に含めてこなかった経済でよく使われる循環図を破棄し、太陽を含めた環境資源を含めた新たな経済の全体像を描く必要があるということ。

第3は「人間性を育む」。経済学で前提とされてきた完全無欠な合理的経済人などどこにもいなかったよね、ということが行動経済学によって明らかになったが、それだけではなく新たな環境保護観点を取り入れ、経済成長を目標としない人間性と価値観を育む必要がある。第4も抽象的な話だが「システムに精通する」。ようは複雑な経済を単純なシステムに落とし込むのではなく、経済を複雑で変わり続ける動的なシステムだと捉えて、それを前提として管理するべきだ、ということになる。

第5は「分配を設計する」で、新たな、そしてより根本的な分配製作について。第6は「環境再生を創造する」、できるかぎり自然エネルギィに頼り、一度使った資源を再利用する形での循環経済の在り方を志すべきだ。最後の思考法が「成長にこだわらない」で、経済成長を前提としたこの資本主義でいかにすればそれが可能なのか、成長にこだわらない繁栄は可能なのか、といったことを本書では論じていく。

成長にこだわらない

「人間性を育む」とか、「システムに精通する」とか、ざっくりしているところはざっくりだが、絶えざる成長を前提と目標にするなんてバカげている、人間の生活そのものを豊かにすることを重点におくべきだとする考えは非常に真っ当だし、それが実現できるのならばこしたことはないだろう。環境破壊も著しく、生物多様性が激減し温暖化が進む現状、環境面だけでもなんとかならないのかと思うばかりである。

そうはいっても、成長の軛から逃れるのは難しい。『これまで経済成長せずに国民の窮乏に終止符を打った国はこれまでに一国もない。』株主利益や、投機売買や、有利子ローンのような成長を前提とした金の動きがなくなってしまう。継続的にGDPが成長すれば、ゼロサムではなく全体の利益を築けるし、経済のパイが大きくなれば増税せずに税収も多くなり、より多くのパイを分配に振り分けることができる。成長が続く限りそれは希望にもなるだろう。それは”成長が続けば”の話ではあるが。

本書では「成長にこだわらないかわりにどうすればいいのか」についてたった1つの冴えたやり方を提供するわけではないが、幾つかの考え方、すでに発表されている既存のアイディアを紹介してくれる。たとえば環境を優先し利潤を後回しにする環境再生的な企業が、たえず成長を求める株主のプレッシャーにどう対処するのか? については、安定した利益を出す企業から安定したリターンを提供する、エヴァーグリーン・ダイレクト・インヴェスティングと呼ばれる「利益にもとづいた配当ではなく、収益の一部を永続的に出資者に支払う」タイプの資金調達法が提唱されている。

より根本的な「考え方とシステムの転換」としては、100年以上前に発表された「デマレージ」という考え方がある。これはお金を持ち続けることに課される少額の利用料のことで、お金を持っていると減ってしまうので「お金を持ち続けると、お金が増える」という常識が逆になる。お金を持ち続けると劣化するわけだから、どんどん交換のために使わなければならない。考え方としてはマイナス金利と近いものであり、人々は利潤を増やすことから価値を保つことに熱心になるだろう(としている)。

おわりに

「成長にこだわらない」部分をメインで紹介したが、省略してしまったばっかりに「抽象的で現実感がなくて雑な考えだ」と思われてしまいそうな他の部分もそれなりに説得力のある形での理論や事例が紹介されており、読み応えのある一冊だ。何よりまだまだ細部をつめ、全体を見据えて考えていかない分野でもある。気になった人には、この記事だけで判断せずにきちんと読んでもらいたいところである。