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女子刑務所の日常──『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック 女子刑務所での13ヵ月』

オレンジ・イズ・ニュー・ブラック    女子刑務所での13ヵ月

オレンジ・イズ・ニュー・ブラック 女子刑務所での13ヵ月

有名大学を出たインテリ女性が麻薬密輸に関わった罪で起訴・投獄され、女子刑務所での生活を綴ったNetflixでも大人気のドラマ・シリーズ、『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』の原作が本書である。まるでドラマを観てきたかのように語っているが、僕はまったく観ていない。ただなんとなく「女子刑務所ってどんな感じなんだろうな……」と気になって買って読んでみたのだが、これがめちゃくちゃおもしろい!

今のところ今年読んだ中ではベスト・ノンフィクションというぐらいの傑作で、男性も女性も分け隔てなく楽しめるはずだ。当初の目的通りに女子刑務所が実際問題どのような場所なのか? が明らかになっていくのもおもしろかったが、本書のおもしろさのコアはとても頭が良く、女性コミュニティの中にあって尚、圧倒的に”コミュ力が高い”というか、立ち回りがうまい著者であるパイパー・カーマンの魅力にある。

刑務所日常物にして、サバイバル物

当たり前だが刑務所なので、そこは決して愉快な場所ではない。だが、パイパー・カーマンは刑務所内で的確に友人を作り、必要な物を入手し、刑務官を懐柔し、人の助けになり、別れを精一杯祝いながらも惜しみ、刑務所内で確固たる立場を築き上げていく。刑務所日常物ではあるが、いかにしてこのままならない状況で日々を楽しく、有利に過ごすのかを試行錯誤する、”サバイバル物”であるともいえるだろう。

たとえば、誕生日を祝い、ハロウィーンを祝い、ヨガを習い、ランニングをして、出所後の相談に乗ってやり、刑務所内で出来た友人の出所には盛大にお祝いをする──彼女が収監されたコネチカット州ダンブリーの刑務所が、他所と比較してもいい環境であり、警備はゆるめで、囚人の大半は重罪を犯したもの達ではなく暖かな人々が多いことも関係しているが、彼女が刑務所に入ってからの日常は時折とても幸福で、思わず「この女子刑務所に入りてぇ……」と思ってしまうこともあるぐらいだ。

別に感動して泣けるというような本ではないのだけれども、こんな世界とこんな人達がいるんだなあ……とじんわり心が暖かくなってくるような一冊なのである。

ざっと紹介する。

そもそもパイパー・カーマンはなぜ収容されたのかといえば、若かりし頃に当時付き合っていた同性愛者の彼女から麻薬取引への関与を求められ、うっかりそれに乗ってしまったばっかりにお縄となってしまったのだ。とはいえ起訴は麻薬取引に関与していた頃から10年後であり、34-35歳の期間を彼女は刑務所内で過ごすことになる。

そうした経緯が簡単に語られ、あとはずっと刑務所内の話だが、最初に驚いたのは意外なほどにそこでは助け合いが行われていることだ。男子刑務所の話や手記は幾つか読んだことがあったが、仲良くつるむとか、助け合いの描写が(あるにはあるけど)重いわけではないのだけれども、本書の場合濃密な人間関係が紡がれていく。

 新しい収容者が現れると、同じグループの人間──白人、黒人、スパニッシュ系、あるいはそれらに属さない「その他」──が即座に状況を把握し、落ち着かせ、到着後の指示を出すのだ。「その他」のカテゴリーに入る場合──ネイティブ・アメリカン、アジア人、中東──は各グループ内で最も優しくて、最も思いやりのある女性で構成される歓迎委員会からの助けを得ることになる。

構成としては、囚人たちの母と娘(囚人の子供の話や、囚人の母親との関わり)との関係を綴ったChapter9「母と娘」や、良い刑務官と悪い刑務官についての話であるChapter11「良い刑務官、悪い刑務官」、電気設備関連の仕事を割り振られた日々なChapter6「高電圧」など、大きなテーマがチャプターごとに定まりつつもおおむね時系列順に沿ってお話は進行していく。なんというのかな、どのエピソードもおもしろいものばかりなのだけど、ぐっとくるのはちょっとした人間関係の話だ。

ぐっとくる人間関係の話

たとえば刑務所での生活にも慣れ始め、外から入金してもらったパイパーが、ここにきたばかりの時に助けてくれた人たちに、石けんや歯磨き粉などを送り返した時の心温まるやりとり(『入所直後の数週間で、私にいろいろなものを貸してくれたアネットは「いいんだよ、そんなこと!」と言った。「あんたはあたしの娘みたいなものなんだ! ねえ、新しい本は受け取った?」』)。刑務所内で出産がはじまった女性に対して、収容施設の住人がぱっと身構え、彼女を助けようと協力し始める光景。

性転換手術を受けた元男がやってきて、次第に自分のヴァギナを刑務所内で誰もがみえるようにちらつかせはじめる裸事件。5ドルでマッサージ&ペディキュアを塗ってくれるローズとの丹念な描写(『ローズが私の足に施してくれる最新のペディキュアは、彼女の会心の作と言っても良かった。淡いピンクのフレンチネイルを基調に、両足の親指にはマゼンタと白で桜の花を描いてくれた。自分のつま先を眺めながら、私は足をバタつかせて喜んだ。綿あめみたいに繊細な傑作だった。』)。

”子どもの日”と呼ばれる、囚人の子ども達を呼んでの一大イベント。35歳を迎えたパンパーに対して送られる、刑務所内での友人からのたくさんの心温まるメッセージ(『まさかあんたみたいな女とここで出会って、友だちになれるなんて思わなかったよ』)など、文章が異常に豊かなことにも影響されて、ああ、本当に良い関係を築いているんだなあ……と無限に心が暖かくなってしまう。中でもぐっときたのは、電気設備作業所でパイパーと共に働いていた、ジョイスの出所前のエピソードだ。

二人はあまり親しくはなかったが、釈放の一週間前に、パイパーはジョイスから、髪を染めてくれないかとお願いを受ける。『そんな親しげなリクエストに私は、驚きを隠せなかったに違いない。「あんたくらいしかまともにできそうもないだろ」と、彼女はぶっきらぼうで事務的に付け加えた。』とか、やりとりの一つ一つがもう最高。

私はジョイスのストレートで美しい髪を分け、箱に書かれた説明書きを注意深く読んだ。私に頼んでくれたことがうれしく、そして自分のガールフレンドの身支度を調えることで得られる、ふつうの女の子の感覚がよみがえった。私がノズルの扱いをまちがえて、そこら中に水を吹き付けてしまった時、驚くことにそこにいた誰もが私を責めることなく、大笑いしたのだ。たぶん、ほんの少しずつだけれど、私はここに受け入れられたのかもしれない。

この辺とか、もう地の文の破壊力が高すぎ&関係性が尊すぎて「う、うわああ〜〜〜〜〜」と転げ回りそうになるぐらいだったもん。もちろん刑務官のセクハラ、自由にならない毎日、結婚を約束した婚約者と会えない日々、母親にかけているストレスなど、つらいこともしっかりと描写されていく。でもだからこそ──こうした日常の中にあるちょっとしたエピソードが、ぐわっと引き立つんだよなあ!

おわりに

私が大学の時に考えていたより、過食は少なく、けんかはずっと多かったが、女性特有の精神がそこにはあった。親密な仲間意識と楽しい日の下品なジョーク。そして芝居がかったドラマと、おせっかいと、悪い日の意地悪なゴシップだ。

ドラマとはどうやら筋がけっこう違うようなので、ドラマを観た人にも是非読んでもらいたいなあ。僕は僕でドラマを今から観始めることにする。女子刑務所の世界という、僕にとっては恐らく生涯縁のない世界のことを、本書は克明に描き出してくれた。ほんとうに面白い一冊なので、興味の沸いた方はぜひどうぞ。