- 作者: マットヘイグ,那波かおり
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2018/04/18
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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そもそもどのようにうつへと落ちていったのか。発症前はどう過ごしていたのか。なぜうつは理解されにくいのか。どのように回復していき、何が支えになったのか。うつヌケした先から説教臭く語るような本ではなく、希望が見えなかった”かつての自分”に対して、今は希望がまったく見えないかもしれない、だが──その先には”希望”があると信じるのだと、共感と共に語りかけてくるような一冊である。
恐怖と不安が巧みに描写されていく。
著者も断りを入れているが、人によって症状の大小も異なれば、症状の現れ方が少しずつ違うのもうつを理解することの難しさに拍車をかけている。しかしそんな中で、著者はあくまでも主観的な実体験として、うつ持ち以外には伝わりづらい、うつとはどういう状態なのかを小説家らしい描写力で綴っていくのが第一の読みどころだ。
うつ病の身体的症状としてずっしりと体にのしかかる重さがある。ただし僕の場合、重さよりもさらにぴったりなたとえがある。低気圧だ。(……)僕は低気圧にすっぽりはまっていた。外側から見れば、つまり周囲の目に、それから数ヶ月間の間の僕は普通より動きが少し緩慢で、少し元気のない人に見えたことだろう。でも、僕の頭のなかでは、あらゆることがつねに激しく容赦なく、飛ぶように動いていた。
彼が陥っていたうつ病と不安神経症の症状は読んでいるだけでゾッとする。うつに加えてパニック障害が併存していた時期には、自分の影におびえる。不眠、空気が薄くて息苦しいような感覚が続く。自分が死ぬ、もしくは気が狂う兆しを探し続ける、最終的には幸福でいることすらも強い不安を覚えるようになる。不安や恐怖は頭の中で生じているだけなのだが、当時は全てが肉体的に感じられるようだったという『つまり、頭のなかで起こることさえ、すべて僕を襲う衝撃として知覚されるのだ。』
合間合間に取り混ぜられていくユーモア
そうしたうつの体験記の合間合間にユーモアが配置されており、そこまで重くなく読んで楽しめるところもいい。たとえば『”うつ”という言葉から僕が思い浮かべるのは、パンクしてぺちゃんこになって動かなくなったタイヤだ』など、的確な表現で笑わせてくるし、「うつは命をおびやかす病」の章では、うつ病のあまりの過酷さゆえに自ら死を選ぼうとする人々や、統計をあげて自殺者の数が胃がん、肝硬変、大腸がんの患者とくらべても多いことを述べ、うつが持つ深刻性を描写してみせる。
その直後に続く、「うつ持ちには言うが、ほかの理由で命が危ない人にはぜったい言わないひと言」の章では、『「へえ、結核にかかった? でも、よかったよ。結核では死なないからね」』『「きみ、どうして胃がんになったと思う?」』『「わかるわよ。大腸がんはきつい。でも、立場が逆なら、この病気の人と暮らしてみたいと思う? ほらね、悪夢よ」』といったように、別の病気になぞらえた「うつ持ちにたいして何気なく発せられる言葉」が列挙されていく。たしかに、きみ、どうして胃がんになったと思う? なんて言われたらキレてしまいそうだと納得しつつ、あまりにひどい物言いなので笑ってしまった。
同時に、うつ持ち、あるいは不安神経症をかかえる人との過ごし方などの章を読みながら、これまでそんなひどいことを言ったりやったりしたつもりもないのだが、周囲には大勢いたうつ持ちの友人・同僚たち、これから出会うだろう人々に大して再度気をつけるきっかけにもなった。何しろ、五人に一人がうつを経験するという時代である。明日、自分がそうなってもおかしくはないのだ。
たとえ人生のどん底にいても、未来が見えないわけじゃない
マット・ヘイグ(1975年生まれ)がうつと不安神経症にかかったのは24歳の頃。今の彼はそこから抜け出し(何度も再発するものだが)平穏な生活を送っているようだ。
本書は、そうやって「生き延びた」彼から、希望をなくし、死を思っていた「かつての彼」、今まさに現在進行中でうつで苦しんでいるすべての人々へのメッセージというか、対話的な本でもある。対話の果てに辿り着く、最終章「もう何も楽しめないと思ったあのとき以来、僕が楽しんだこと」には、思わずぐっときてしまった。僕は自分がもしうつ病っぽくなったらこれを読んでガンバロウと決意している「うつ本リスト」を作っているのだが、当然ながら本書はその中の一冊に加わることになった。
ちなみに、本書のタイトルであるハッシュタグの #生きていく理由 は著者が自身のツイッタで、うつの経験を持つ人達に向かって「あなたの生きていく理由を教えてください」と呼びかけ、大きな反響を読んだ #reasonstostayalive というタグの日本語版。僕はうつ経験がないので特に投稿するような内容がないのだが(ただ楽しいから以外に答えようがない)、日本語版タグにも無数の理由が語られている。
帯文を寄せている田中圭一さんの『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』も幾人ものウツ経験者との対話を通してうつヌケの方法、うつ期の堪え方について、うつ持ちの人々に寄り添った温かな視点で描かれていく漫画で、合わせてオススメしたい。これも僕の「うつ本リスト」のうちの一冊だ。
- 作者: 田中圭一
- 出版社/メーカー: KADOKAWA
- 発売日: 2017/01/19
- メディア: 単行本
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