「フューチャー・アジェンダ」と呼ばれる、グローバルな未来予測プログラムがある。何をしているのかといえば、未来の医療から未来の通貨までのあらゆるテーマについて各分野の専門家に考えを執筆してもらい、それを土台にして1500を超える組織がワークショップに参加し、議論を重ねていく集まりのことだ。2010年に第一回フューチャー・アジェンダが、15年にフューチャー・アジェンダ2.0が開催された。本書はそこで行われた内容を元に、著者二人がどう思うかを述べたものになる。
2015年から10年後のことを考えているので、その兆候はすでに我々の生活の中に埋まっており、突飛な予想はでてこない。人口が爆発的に増加する、アジアの世紀になる、AIの浸透によて仕事が不足する──など、大テーマのほとんどは「まあ、そうなるよな」と頷くほかない内容ではあるが、本書の価値は多人数の参加によって幅が広く・また細部に渡って未来予測をデータを元に取り上げていくところにある。
人口の増加率とか、交通都市網の変化とか、大気汚染が深刻な世界の都市のデータとか、世界の経済の重心の変遷とか、細かい情報がきっちりとした情報源を元に大量に取り上げられていくので、2025年までのざっくりとした見取り図を手に入れるには十分な内容だ。そうやって集められた情報を元に、本書では各種の課題について、今後どのように取り組んでいくべきかを、「未来の人」「未来の場所」「未来の覇権」「未来の信念」「未来の行動」「未来の企業」の6つのテーマに沿って語っていく。
6つのテーマ
たとえば「未来の人」では、まず最初に不均衡な人口増加を問題として取り上げ(2030年には世界人口は85億人、2050年には105億人に達する見込みだが、先進国は逆に人口が大きく減っていき、人口構成の不均衡という重大な問題に直面する)、人口減少に歯止めをかける移民の可能性と問題点についてなどを論じていく。
「未来の場所」では人口が減っていく先進国諸国で起こる都市への人口偏重およびインフラへかかる圧力、それについてエネルギィ、都市構築といった面からどのように対処するべきかについて。「未来の覇権」ではインドとアフリカ、言わずもがなの中国が国際的にもより大きな力を持つであろう今後のパワーバランスについて。未来の覇権について、あまり意識されないところでは、「トルコは欧州の中国だ」という声もある。それにしても、今後がアジアの世紀であることは言うまでもないが、日本の影響力の低下が激しいのが悲しい(本書でもほとんど話題にすらならない)。
二〇三〇年までには、アフリカで大幅に都市化が進み、人口の半数が都市に暮らすようになるだろう。規模の大きなアフリカの十八都市を合わせると、消費支出はおよそ一兆三〇〇〇億ドルにのぼると見られる。その結果、生産性と需要が高まり、投資が期待できる。現在、アフリカ大陸の全人口の半数が二五歳以下であり、二〇一五〜二〇三五年までの二〇年間に、一五歳以上の人口が毎年五〇万人ずつ増えていく。課題は、その大量の若者をどうやって商機に結びつけるかだろう。
続く「未来の信念」は深刻な機能不全を起こしつつある資本主義や信仰についての話題。たとえば、これまであまりかえりみられることがなく無料で利用されることの多かった「環境への負荷」、事業継続に伴う「自然資本コスト」費用を可視化し、個人や企業、国家に支払うよう仕向け、誰が払うべきなのかを今一度考え直すべきだ。
話はちとズレるが、この章でおもしろかったのが、著者らがアブダビ首長国で未来の自動運転車の話をしていたところの話題。自動運転車をめぐる問題のひとつに、自動運転車が突如飛び出してきた人を避けるために、運転手の身を危険に晒すべきか(飛び出してきた人が子どもであることなどを考慮にいれるべきか)といった倫理的な問いかけがある。もちろんこれは答えがでないからジレンマとして話題に上がるわけだが、アブダビの高官らは「なぜルートを逸れるのですか?」と訊ねるのである。
「そのまま運転して跳ね飛ばせばいい」、といっているわけで、これは要するにアッラーのもとでは『「もし道路に子どもがいたのなら、それが神のご意志であるため、車のほうで避けて”運転手自身”を犠牲にする必要はありません。誰かが溺れているのを見つけた場合も同じです。あなた自身を危険にさらすのなら、その相手を助けることはないのです。」』だからだという。とある文化の元では議論になることであっても、とある信仰の元ではまるで問題にならないってこともあるんだなあ。
「未来の行動」では食料廃棄や切迫化しつつある重要資源の枯渇問題を取り上げ持続可能な産業発展や電子マネーによるコスト削減の可能性を探っていく。「未来の企業では」大量のデータを元に一日ごとに全商品の約二割の価格を変更する(アマゾンはWindowsユーザよりもマックユーザに対して価格を高く設定するという話を聞いたと著者は書いているが、真偽が怪しい上になんかの法に引っかかりそうだな)とか、働く場所と時間を労働者に決めさせる新しいカタチの労働の在り方についての話。
おわりに
大人数が介するワークショップで決められた情報を元にしているせいもあるだろうが、「今後どうなるかわからないけど、この分野が重要になってくるでしょうね」程度で終わらせて、深く踏み込まない内容も多くて「そんだけぇ??」的にもやもやする面もある。ただ、最初に書いたようにその分網羅性は抜群なので邦題通りデータブック的に一冊持っておくと、しばらくはありがたい本だろう。あと、特別に「日本語版増補」として、日本についての予測も語られている。まあ、人口問題ですな。