基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

今年も素晴らしく質が高い年刊日本SF傑作選──『プロジェクト・シャーロック』

プロジェクト:シャーロック (年刊日本SF傑作選) (創元SF文庫)

プロジェクト:シャーロック (年刊日本SF傑作選) (創元SF文庫)

はい、毎年恒例日本のSF短編から質の高いものを選びぬいた年刊傑作選が今年も無事刊行。今年で11年目だそうな。特にこの数年に関しては毎年毎年質が高く、質が高いだけではなく作品のばらつき、広がりもあって満足感は高まるばかり。今回も新鋭からベテランまで読み応えのある作品が揃っているので、早速紹介していこう。

ざっと紹介する

トップバッターである上田早夕里「ルーシィ、月、星、太陽」はホットプルームの上昇によって大陸での大噴火が引き起こされ、地球全体を覆った粉塵によって地球環境が激変した未来を舞台にした一篇。大傑作『華竜の宮』、『深紅の碑文』の続篇にして、すでにその姿を消した旧人類から未来を託された、変異生物たちの物語である。なんてことのない描写の端々にこの世界が辿ってきた歴史の物量が感じ取れる。変動していく地球環境と、それと連動した海洋のダイナミックな描写、そこで暮らす海洋生物と化した種族の描写とどれを取り上げてもレベルが高すぎるド傑作だ。

二番手は攻殻機動隊アンソロジーに収録された円城塔「Shadow.net」。膨大な監視システムを構築した際に、プライバシーのためにマスキングを行う必要があるが、その策の一つとして脳に損傷を受け相貌失認となった「わたし」が監視ネットワークの一部となって街を、9課の面々の行動を眺めていく。「わたし」は監視ネットワークの一部ではあるが、監視ネットワークが「わたし」の一部であるという見方もできる。街に溶け込むかのように視点が拡散していった果てに、何が起こったのか。きっちり円城塔SFであると同時に、攻殻機動隊ならではの作品でもあり、大満足。

傑作しか書けない作家小川哲の「最後の不良」は”虚無”が流行し流行をやめようムーブメントが起こった未来が舞台。総合カルチャー誌『Eraser』は2028年4月号「断捨離」をもって休刊。編集者の桃山は印刷所にデータを入稿したのち、辞表を置き、駅のトイレで特攻服へ着替え、駐車場に停めておいたゴッドスピード号に跨って「流行を取り戻そうフェスティバル」と呼ばれた暴力的な集会へ向かって疾走する。ギャグみたいな話だがどこまでもシリアスかつウェットに”流行とは、カルチャーとは何なのか、そこにどのような機能があるのか”と合わせて語られていくのがたまらん。

我孫子武丸からは表題作にもなっている「プロジェクト・シャーロック」が。「ワトソン」と呼ばれる医療用のAIシステムがあるのだが、本作はそこから連想した、事件に関連した情報を入力すると真犯人が指摘される人工知能プログラム「A.I.Detective Project: Sherlock」が開発される。公開されたプログラムは多くの人の指摘と改修を受けその精度を増していき、利用者も多くなってきたがその次に現れたのはホームズの宿敵であるモリアーティのAIだった──という燃える展開で、短篇としてもまとまっているがこれは長篇が読みてぇなあと思わせる出来だ。

ストレンジ・フィクション寄り

ストレンジフィクションとしては、女性が産卵する社会を描く彩瀬まる「山の同窓会」が素晴らしい。女性は3回も卵を産めば死んでしまい、平均寿命は20代半ばなのだが、主人公だけはなぜか30代を超えて生き、死んでいった仲間たちの記録を取り続ける。短い話の中にたくさんの死と別れが詰め込まれ、その間を彼女の筆が埋めていく。幻想的でありながらもディティールは緻密に書き込まれた素晴らしい一作だ。

小田雅久仁「髪禍」は同じくストレンジな一作。ベッドから起き上がれなくなり破滅的な生活を送っていた女性の元に、1泊2日のしごとで10万円という破格の仕事が舞い込んでくる。撮影もなく性的な要素もなく、宗教施設で儀式をみながら座っているだけでいい。要はサクラなわけだが、その宗教の名は惟髪天道会といい、髪にまつわる宗教だという。髪人、霊髪、大髪主様、惟髪の道と独自の用語を連発しながら宗教組織の背景を練り上げていき、いざ儀式の場面へと至ってみれば想像した到達点を遥かに超えたわけのわからないところまでぶっとんでいってみせる。

やたらとこけて階段を転がり落ちていく不思議な女性には実は転がり落ちる理由があって──!? と呑気な筆致で綴られる新井素子「階段落ち人生」はコロコロ転がっていくテンポ感そのままにスルスルスルスルと事態が進展していく心地よい一篇。僕もズボラでしょっちゅう「そんなミスするかぁ?」という失敗をしているんだけどこんなふうに遠大な理由が背景にあったらいいなぁと思わせてくれる(絶対ない)。

宮内悠介「ディレイ・エフェクト」は2020年の東京に1944年の情景が浮かび上がってきてしまう(干渉はできない)奇妙な状況で暮らす一家を描く。44年も20年も料理の描写が印象的で、なんで44年の人たちはわざわざ精米してたんだろう? など生活が密着しているがゆえに出てくる素朴な比較、思考の一つ一つがおもしろい。45年になれば戦況が悪化し東京大空襲がはじまる。娘もいる一家は果たしてその状況に備えて疎開するべきか、はたまたその状況をみせるのもまた教育なのだろうか。

おわりに

漫画として唯一入った「鉱区 A-11」は月軌道上小惑星上で起こった作業員死亡事件を扱うSFミステリで、中心となる問いかけのロボット三原則に縛られたロボットが殺したのか? からもたらされる意外な結末がこれでもかというほどうまい。最初は「ええ、今どきロボット三原則っすかぁ?」と思ったけどいい意味で裏切られた。

亡くなった妹から姉への書簡の体で綴られる伴名練「ホーリーアイアンメイデン」は好悪は兎も角として妹から姉への強烈な思いという意味では強い百合作品だが戦火の古風な書簡文体がまた素晴らしく、徐々に明らかになっていく姉の特異性、いつ何がどうひっくり返るかわからないビリビリとした緊張感の保ち方など伴名練ホント手が広いなと思わせてくれる(そのきっかけも本作末尾に書かれているが)。

最後は第9回創元SF短編賞受賞作の八島游舷「天駆せよ法勝寺」。『ついに法勝寺が天駆する。』という印象的な一文からはじまる仏教SFだが単なる一発ネタで終わらずとにかくSFと仏教と科学を融合させるディティールの詰め込みが凄い。『佛理学。それは、万物を構成する佛質と佛精を相互転換する手法を研究する学術分野である。』とか『本来、蓄積に四万六千日かかる祈念量は、佛理学の成果である交響摩尼車群の高速読経により百分の一に圧縮された。』とか、ケレン味も抜群だ。

とまあ書き始めたらあれも書いておこうこれも書いておこうとだらだらと書き連ねるはめになったがどれもオモシロイので読んでみてね。「天駆せよ法勝寺」はKindleで単品も売ってるしね。

天駆せよ法勝寺-Sogen SF Short Story Prize Edition- 創元SF短編賞受賞作

天駆せよ法勝寺-Sogen SF Short Story Prize Edition- 創元SF短編賞受賞作