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レジリエンスは万能薬ではない『逆境に生きる子たち──トラウマと回復の心理学』

逆境に生きる子たち――トラウマと回復の心理学

逆境に生きる子たち――トラウマと回復の心理学

「レジリエンス」という心理学で用いられる用語がある。これは親の離婚・死亡、虐待などの逆境やトラウマ体験といった大きなストレスにうまく適応し、回復していく力を意味しているが、形容詞になると「レジリエント」な人、あなたはレジリエントだね、みたいな感じになる。回復、適応する力という用語ではあるものの、人間というのは壊れたアップル製品が修理に出して戻ってくるようには治らないものだ。

一見、うまいこと逆境を乗り越え適応したようにみえても、その裏では多くの葛藤が渦巻いている。不死身の人間はいないのだ。『しかし、よく使われる表現のどれも、ヘレンの内面をあらわすには適さない。ヘレンのような人たちは急速に回復したり、もとの状態に戻ったりすることはなく、幼少期の経験によって永遠に変化したままだ。子ども時代の逆境の克服に関しては、レジリエンスは万能薬ではない』。本書では逆境の中からなんとか適応し人並み以上の成果を発揮している人びとを、回復力、弾力性の意味を持つ、実体からは少し離れてしまっている「レジリエンス」ではなく、「スーパーノーマル」と呼称して、その複雑な内面について迫っていく。

著者のメグ・ジェイはアメリカの臨床心理学者であり、本書で取り上げられていくのも彼女の患者が含まれており、どのようにスーパーノーマルは回復していくのか、どのような事象が幼少期にトラウマとなるのか、科学的な研究成果も取り上げながら、一人一人の”語り”をじっくりと取り上げていく。いつもはこの手の語りに重きを置く本は、「そういう個人体験のとこはいいんだけどなあ」と敬遠してしまうんだけれども、トラウマ・逆境体験は当事者ごとに大きく異なり、その詳細な気持ちは未体験の身にとっては想像しづらいところがあるので、非常に参考になった。

どれほどの人が逆境に置かれているのか

そもそも逆境の中で幼少期を過ごしてきた人はどれぐらいいるのだろうか。アメリカ疾病予防管理センターの報告によれば、調査対象の成人の25%は大人から言葉による虐待を、15%は身体的虐待、10%は性的虐待を受けていた。約30%は両親の離婚を経験し、30%は家族がアルコール依存症or服役中であり、15%が暴力を目撃していた。また別の、子ども時代の逆境敵体験についての研究では、1万8000の中流家庭のうち約3分の2が、上記の逆境の少なくとも1つを経験していたという。

離婚というありふれた体験でさえも幼少期には大きなストレスとなる。実際に子どもがいるうちに離婚した人も多いだろうからショッキングな内容ではあるが、『離婚家庭で育ったおとなは、そうでない家庭で育ったおとなの三倍、「子どもの頃はほかの人よりも苦労した」と感じる傾向にある。』、無邪気に遊べなくなった、子ども時代が短くなったなど、自分の家族について否定的な感情や記憶を持つ傾向にある。もちろんだからこそ子どもがいる家庭の離婚は悪であると主張しているわけではなく、ある研究では若者の80%が『たいへんだったけれど、離婚は私の家族にとって正しい選択だった』と述べている。必要だが、無傷ではないということだろう。

約3分の1の子どもが兄弟や姉妹からぶつ、蹴る、殴るなどの攻撃を受けているという研究もある。子ども同士の暴力はありふれていることもあってスルーされてしまうことも多いようだ。これについて興味深いのが、身体的虐待を受けていた8歳から10歳までの子どもを対象にした”写真から情動を読み取れるか”の研究で、虐待経験のある子どもは怒りの表情を虐待を受けていない子どもよりも早く見分けたのだという。

適応と代償

本書ではこのように無数のケースで、逆境を経たからこその”適応”し、場合によっては高い能力を発揮する例を紹介してみせる。多くのレジリエントな人は別の世界へと没頭するために読書をし、自制心を発揮、具体的に目の前に顕れた問題に対処するために行動が活性化され自律的、自主的になる。援助職従事者には困難な背景を持つ人の割合が多いとする研究もあり、職業選択にまで影響を与えている可能性がある。

その代償についても本書はたっぷりと語られていく。『逆境とレジリエンスの語られざる物語は、ほとんど常に痛みと苦闘を伴う。』「私はノーマルじゃない」、あるいは「私の人生はノーマルじゃない」という差異を常に意識し続け、”普通”であることを渇望する。適応がいきすぎることによって、自分を殺して他者の期待に応えるためだけに生きるようになる。親の死などのネガティブな経験を乗り越え偉大なことを成し遂げたとしても、過去の喪失の体験がポジティブな物に変わるわけではない。

おわりに

本書が役に立つのは、まず自分自身が幼少期に逆境を体験してきた人々だろう。

たとえば、『多くの研究をメタ分析した複数の研究によれば、おとなも子どもも、逆境語の苦悩はその出来事の深刻さではなく、その後にどれだけ本人が孤独を感じるかによるという』や、私達は私達を苦しめるものについて言語化することによる治癒効果の研究など、いつであろうとも人生を好転することは可能であるという力強いメッセージを繰り返し伝えてくれる。次に、心理教育福祉、また親の立場な人々。

自分がまったく逆境、トラウマを経験していなかったとしても(僕がそうだが)、世界に多くいるこうした経験をしてきた人たちの内面を知り、また自分が親になった時に離婚など仕方がないものは除いて、できるかぎりの対応ができるようにするためにも重要な一冊だろう。