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植物状態の患者に意識はあるのか『生存する意識──植物状態の患者と対話する』

生存する意識

生存する意識

植物状態というと、通常は意識が完全にシャットアウトされ、意思疎通をはかることが困難な状態だという理解がされているだろう。それに対し「実は違う、植物状態とされている患者の中にも、意識が応答を返す人もいる」と証明し、さらには植物状態の患者と部分的な意思疎通を行うことまで可能にしてみせたのが神経科学者の著者、エイドリアン・オーウェンである。本書は、その道程を一冊にまとめたものだ。

 最も重要なのは、次の点かもしれない。物事を認識する能力が皆無だと思われている植物状態の人の一五〜二〇パーセントは、どんな形の外部刺激にもまったく応答しないにもかかわらず、完全に意識があることを、私たちは発見したのだ。彼らは目を開けたり、唸ったり呻いたりすることもあれば、ときにはぽつんぽつんと単語を口にすることもある。もっぱら自分だけの世界に生きているように見え、考えることができない。だが、かなりの数の人は、それとはまったく違う経験をしている。損傷した体と脳の奥深くに、無傷の心が漂っているのだ。

植物状態は、グレイ・ゾーンと呼ばれる曖昧な定義の領域にあり、実は「完全な意識消失状態」だけを指すものではない。たとえば、目で物を追ったり、指を少し動かしたりといった状態もその中に含まれる。著者らがまず凄いのは、そうした何らかの反応が返せる最小意識状態ですらなく、完全に意識がないと診断されていた患者に対して脳の活動を計測してみたところにある。PETスキャナーを用いて、患者の友人や家族の写真をみせることで、脳の活動パターンに変化がみられるかを試したのだ。

その結果、(当時としては驚くべきことに)正常な人と同じような活動が返ってきた。つまり、たとえ何の反応も意識が返していないようにみえたとしても、その内部ではたしかに画像を認識しているようなのだ。だが、それがどの程度のレベルの”認識”なのかは、それだけではわからない。意識などなく、単なる条件反射として反応しているだけなのか? それとも完全な人格を内に備えていて、記憶や何もかも正常な状態で残っており、家族のことを懐かしみながらその画像をみていたのだろうか? 

それを確認するためには、まず「意識があるとはどういうことか」という問いに答えなければならない。著者らが実験を重ねていくうちで、最初に大きな進歩となったのは言語と意識の関連だ。端的にいえば、言語を複雑なレベルで理解していることが示せれば、その人には意識があるということができるだろう。たとえば、意識を集中しないと理解できない両義的な文章を聴かせることで、意味の処理に重要な脳の部分が活発に活動しはじめたら、その患者は文を理解しているといえる。その結果だけではまだ弱いが、著者はさらに幾つもの「確度の高い、意識の証明」に挑んでゆく。

たとえば、物事を記憶しようとする時に前頭葉が応答する。それを利用して、無数の絵をみせながら、特定のものだけを記憶するように指示し、実際に被験者らが特定の絵のものだけで前頭葉を活性化させるのであれば、それは指示を理解し、自らの意志で行動を決定する”意識”がその背後にある証明になるのではないか。さらにその次には、テニスをしているところを想像してくださいなどと呼びかけると、誰もが脳内の同じ部位が応答することを利用して、意識の有無、意識の応答を確かめるなど、どんどん研究は進展していく。しかし、それは同時に恐ろしいことでもあるのだった。

植物状態の患者は死を望むか

たとえば、実はずっと意識を持たず、こちらのいうことも何も入っていないと思っていた相手がずっと中に閉じ込められていたという事実それ自体が恐ろしい。また、テニスをしているところを想像してもらったり、歩き回っているところを想像してもらって、それが即時に検知できるようになると、それはつまりイエス・ノーの応答ができることを意味している。なので、痛みがあるのかどうか、もっといえば、死にたいかどうかを聞くこともできる。仮に、相手がイエスと答えたらどうしたらいいのか。

「死にたいかどうか、訊きなさい」とスティーヴンは言った。
 メラニーは面食らった。「いいんですか? 痛みがあるかどうか訊くべきなんではありませんか?」
「いけない!」とスティーヴンは応じた。「死にたいか、と訊くんだ」

とはいえ、これはなかなか難しい問いかけだ。死にたいか、死にたくないか。あなたには兄弟がいるのか、母親は生きているか、などであれば事実なので0/1で答えられるが、そうでない場合もある。あなたの気分は良いか、悪いか。将来何がやりたいのか。死にたい気持ちもあるが、死にたくない気持ちもあるとか、痛みがあるから死にたいが、痛みがなければ生きていたいなど無数のバリエーションが考えられる。

死にたいか、と聞かれた植物状態の患者は、なんと答えたのか。ヒッチコックの映画を見せ、その反応を確かめることで意識の状態を確認する方法など、ここで紹介した以上の進展がみられるので、そのあたりについてはぜひ読んで確かめて貰いたい。

おわりに

科学的な内容、新しい領域を開拓していくワクワク感が素晴らしいのももちろんだが(fMRIを用いれば何を想像しているかでイエス・ノーの応答ができるんじゃね? と仮説して実際に試してみた時の描写など、その時の興奮がダイレクトに伝わってくるようだ)、著者の元配偶者が植物状態となり、その後彼自身が植物状態の研究者となっていく過程などもあり、一人の研究者のドラマとしても素晴らしい内容だ。