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最強メンバーを揃えて帰ってきたSFアンソロジー──『NOVA 2019年春号』

NOVA 2019年春号 (河出文庫 お 20-13)

NOVA 2019年春号 (河出文庫 お 20-13)

良質なSF短篇を世に送り出してきたSFアンソロジー『NOVA』は全10巻及び『NOVA+』以後、刊行が途絶えていたが、今回『NOVA 2019年春号』として帰ってきた。編集後記で大森さんも書いているが、この何年かでいろいろなルートでSF作家──というよりかは、積極的にSFも書くぞ、と思っていそうな作家が増えているのに短篇発表の場が少ないので、もっと早く再起動してほしかったところである。

で、まず内容をみて驚いたのはその作家陣の凄さ。トップバッターの新井素子に、波に乗りまくっている『ゲームの王国』の小川哲、『Ank: a mirroring ape』の佐藤究に『横浜駅SF』の柞刈湯葉に『ザ・ビデオゲーム・ウィズ・ノーネーム』の赤野工作、小林泰三に『ランドスケープと夏の定理』の高島雄哉、『NOVA』ではおなじみの片瀬二郎に宮部みゆき、飛浩隆ということで、新鋭からベテランまで外さないメンツである。実際、読んでみたらこれが──小説ってのは自由だねえとあらためて、しみじみと実感させられる幅の広さ。そしてとにかく質が高い。読み進めながら「これもおもしろい!」「こっちもおもしろいやんけ!」と驚愕しきりだった。

とまあ、そんな感じの幸せなSFアンソロジーである。おもしろい短篇を読みたいなら絶対にオススメだ。以下、全10篇をざっくり紹介してみたい。

ざっくり紹介する

トップバッター新井素子「やおよろず神様承ります」は、専業主婦が世の中から不当に評価されていることに憤る専業主婦が、多すぎるタスクを目の前にしてがんじがらめになっている時に、”順番順番いっこっつの神様”の教義を教え、宗教に勧誘するためにやってきた不思議な女の子との出会いの物語。”順番順番いっこっつの神様”の教義は、何事も一個一個片付けるしかない、だから目の前のことをとりあえず一つ片付けろという、「それただのライフハックじゃねえか!」という内容なのだけれども、それが専業主婦である彼女の人生を救っていくことになる。すこし・ふしぎ。

続く小川哲「七十人の翻訳者たち」は、実在する最古の旧約聖書翻訳のひとつである七十人訳聖書の成立由来や解釈をめぐる歴史SF。七十人訳聖書が爆誕した紀元前260年頃と、「七十人訳聖書」の”物語ゲノム解析”を行おうとする2036年の物語を通して、”聖書”という物語への起源へと迫る。『「七十人訳聖書」の物語ゲノム解析は、すでに臨界点に近づきつつある。人類がもっとも多くの回数伝承し、翻訳し、改訂してきた「聖書」という物語の起源への答えが見えつつあるのだ』

佐藤究の「ジェリーウォーカー」にはめちゃくちゃワクワクさせられた。冒頭、この世に存在しない魅力的なクリーチャーを次々生み出し続けるCGクリエイター、ピーター・スタニックの”いかにして魅力的なクリーチャーを生み出すのか”という実にそれっぽい語り・対話からはじまって、その後才能がなかったスタニックがいかにして素晴らしいクリーチャーを生み出せるようになっていったのかという、おぞましい真実が語られる。キメラSFというか、実に魅力的な”モンスターパニックSF”だ。

柞刈湯葉「まず牛を球とします。」は著者らしい、ある仮定をおいてそれをどこまでも細かく理屈を練り上げて描写していく短篇で、本作における仮定とは「牛を殺すのはひどいからはじめから命のない球の形状をした牛肉を提供するだけの牛を作ったらどうだ?」というもの。『人間は牛を食べたいが、動物を殺したくはない。そこで牛を動物でなくすというのが、人類のたどりついた解答であり、牛球の技術には五十年ほどの歴史が存在する』発想的にも絵面的にも非常にバカバカしくも、「ありそう」なディティールに満ちたエピソードの連続で、さすがというほかない。

本書の中で最もガツンとやられたのが赤野工作「お前のこったからどうせそんなこったろうと思ったよ」。月と地球──光の速さで通信しても1.3秒の時間がかかる「光速が遅すぎる」世界で対戦を行った二人のゲーマーの物語だが、実質的には地球にいるプレイヤーが、長年のライバルに向かって延々と「もっと遊ばせろ、ゲームを諦めるな!」と叫び続けるだけの物語である、だがそれだけのことがあまりにも凄い。

 お前のこったからどうせそんなこったろうと思ったよ。わざわざ1・3秒またなくても、次にお前が口にする言葉はもう読めてる。「邪魔さえ入らなければ俺が勝ってた」だ。どうだ、違うか?

ここから約26ページに渡って、改行すらもほとんど挟まずに、地球のプレイヤーから、月で病気の療養中に、地球の友人とゲームをしてリハビリをしたいと言い出した対戦相手に向かって、いわく言い難い、ただひたすらに月の向こう側で相手が何を考えているのか、その裏を考えて考えて考えて読み尽くした思考が、たとえ爺になって死にかけていようとも本気を出してゲームへと向き合えという煽りが語られていくのだが、それがもう涙が出るほどにスゲー熱量で、完全に頭がイカれそうになった。

小林泰三「クラリッサ殺し」は自身の『クララ殺し』から始まる童話ミステリィシリーズのSF版だが、めちゃくちゃ《レンズマン》推しのメタSFで笑ってしまった。続く高島雄哉「キャット・ポイント」、片瀬二郎「お行儀ねこちゃん」はどちらも公募で集められた猫SF。前者は街猫たちが集まる場所を広告に活用しようとするも──というオチの洒落がきいているスマートな秀作で、後者は牧歌的なタイトルの割にいきなり猫が死んで、しかも人間の意のままに動き出す、けっこうグロいやつ。

最後の二篇はどちらも未来の「家族」をテーマの一部にしている。宮部みゆき「母の法律」では、マザー法と呼ばれる”国家が強力に親権を管理し、家族の在り方に介入する”社会で、養子として育ってきた少女の物語。新しい家族の在り方、次第に明らかになっていくマザー法の内実、またそこからこぼれおちるもの。幸せな家庭と過程を描きながら、ラストにはゾッとさせられる。ラスト、飛浩隆「流下の日」は首相在任期間40年、104歳の女性総理大臣──ただし性自認は男性のため、国民のだれもが〈彼〉と呼ぶ乙原朔が統率し、作り上げた新しい日本の実態を描き出していく。

「家族」の概念を拡張し、ハードルを下げることで家族に帰属しない人間が大きく割を食う社会を作り上げ、生体内コンピューティング〈切目〉、生命成形技術〈塵輪〉の二つの技術で日本経済を大きく立て直した日本の英雄乙原朔。一見したところ非の打ち所のない成果だが、実は──といった感じで物語が進むうちにこの日本が抱える異質さと、抵抗する勢力が浮かび上がってくる。飛浩隆のいつもの作風というか傾向とは異なるが、このジワジワと事態の異常性が際立ってくる手触りの良さは凄い。

おわりに

今年もたくさん短篇集を読んできて、そのどれもが素晴らしい出来だったけど、終わり間近になって一番素晴らしいアンソロジーであった。最初の『NOVA』が凄まじい執筆陣に質だったことを思うと、最初だから準備期間も長めにとってけっこう気合を入れた──ということだとは思うが、今後の続刊にも期待したいところ。