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世界を見る目の解像度を上げるために──『FACTFULNESS 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』

FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣

FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣

  • 作者: ハンス・ロスリング,オーラ・ロスリング,アンナ・ロスリング・ロンランド,上杉周作,関美和
  • 出版社/メーカー: 日経BP社
  • 発売日: 2019/01/11
  • メディア: 単行本
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このファクトフルネスという本は前原書版の書評がHONZに上がっていたときから興味を持っていたのだが、あれから一年も経たず邦訳版が出たようだ。で、読んでみたのだけれども、発展途上国と先進国、西欧とアジアとそれ以外、世界における貧困の割合と世界の平均寿命についてなど、「こんな感じかなあ」と人々が思いがちな「ぼんひゃりとした世界観」が、いかに多くの思い込みと単純化と無知に支えられており、実像とかけ離れているかを教えてくれる一冊で、なかなかおもしろかった。

本書には最初に幾つかの質問が挙げられている。たとえば、現在低所得国に暮らす女子の何割が初等教育を終了するか?(20%、40%、60%)。世界の人口のうち、極度の貧困にある人の割合は、過去20年でどう変わったか?(約2倍になった、あまり変わっていない、半分になった) 世界で最も多くの人が住んでいるのはどこでしょう?(低所得国、中所得国、高所得国)。世界の平均寿命は現在およそ何歳でしょう?(50歳、60歳、70歳)などなど。で、この質問は三択しかないので、問題文を見ずに適当に答えても33%ぐらいは当たるはずだが、実際の正答率は凄く低い。

たとえば、極度の貧困にある人の割合は過去20年で〜の問題の答えは「半分になった」だが、正答率は平均で7%だったという。それもどこかの国の街角とかで聞いただけではなく、スウェーデンや日本やアメリカイギリスやオーストラリアや、いろんな国で聞いているのである。国や聞く相手の層によって割合に違いはあるけれども(スウェーデンは25%も正解。日本は10%だが、相対的には低い数字ではない)。ちなみに僕も「あまり変わっていない」かなと考えていたので、普通に間違えたね。

で、ランダムに答えても33%は当たるはずがこんなに外れるということは、人々の中に実像とかけ離れた思い込みがあるからなのだ──というのが本書のテーマというか、問いかけていく問題である。先に上げた質問は、基本的には「世界はよくなっている」方向の答えを選べばあたる。低所得国に暮らす女子の何割が初等教育を終了するのかの答えは「60%」だし、世界で最も多くの人が住んでいるのは「中所得国」だし、世界の平均寿命は「70歳」だ。ええ、本当に? でも低所得国では今でも子供がばんばん死んでるんじゃないの? と(僕は)思っていたが、ようはこれが無知からくる思い込みなのだ。正しく世界を把握するためには、そうした思い込みを排除したうえで正しい知識を手に入れ、世界の解像度をもっとあげなければならない。

 たとえば、カーナビは正しい地図情報をもとにつくられていて当たり前だ。ナビの情報が間違っていたら、目的地にたどり着けるはずがない。同じように、間違った知識を持った政治家や政策立案社が世界の問題を解決できるはずがない。世界を逆さまにとらえている経営者に、正しい経営判断ができるはずがない。世界のことを何も知らない人たちが、世界のどの問題を心配すべきかに気づけるはずがない。

「思い込みを排除した上で」が重要なところで、ようは余計な先入観を持ったままだと、その後に先入観と相反する正しい知識を得ようが頭に入ってこないのだ。たとえば、世界では戦争、暴力、自然災害、人災、腐敗が絶えず、どんどん物騒になっており、格差は広がり続けていて、天然資源ももう尽きるという世界観について、『少なくとも西洋諸国においてはそれがメディアでよく聞く話だ』と著者は語っているが(日本だとどうかわからんが)、一言で「格差は広がり続ける」といっても、その中身には無数のレベル感があるのであって、ざっくり片付けられるものではない。

思い込みのひとつ、分断本能

たとえば思い込みの典型例としてよくあるのが、「途上国」と「先進国」という単純な二分化で、それで世界は二つに分けられるような気がしてしまう。

先進国ではしっかりとした医療や教育が受けられ、女性ひとりあたりの子供の数は少なく子供の死亡率は低く、途上国ではそれが逆転してしまっている──と。だが、この40年の発展によってそのような分断はほぼ消えたといっていい。女性一人あたりの子供の数と子供の死亡率をプロットした1965年のチャートをみると、確かに「途上国」と「先進国」で枠は大きく二つに分断されていたが、現在のチャートでは世界の全人口の85%は以前「先進国」と名付けられていた枠の中に入っていて、「途上国」「豊かな国」「貧しい国」の間にあった分断は、もはや存在しないのだ。

全体の死亡率などは改善されているのかもしれないけど、それって途上国と先進国をどう定義するかの違いだけで、結局分断は起こってるんじゃないの?? という疑問はもっともな話であるが、そこで著者が提案するのは、途上国と先進国のように物事を二分化することをやめて、もう少し細かく、所得にあわせて4つのレベルに分けて考えようというものである。レベルは1日の所得によって設定され、1は1日1ドル、2は4ドル、3は16ドル、4は32ドル(以上)。日本で働いている人はレベル4であることは確かだろう。10億人単位で数えると、レベル1は10億人、レベル2は30億人で一番多く、レベル3は20億人、レベル4は10億人といった割合でわかれている。

なんだよ、1日1ドル稼ごうが4ドル稼ごうが対して変わらねえじゃないか、まとめて「途上国」じゃんと思うかもしれないが(ちょっと思った)実際にそのレベルで暮らしている人たちからするとその差は大きい。生きるか死ぬかといったレベルから、水道をひいてこれるか、電気の供給は安定しているのかといった「生活感が一変する」差がこのレベル間で起こっていて、世界には2種類以上の暮らしが確実に存在する。

 ジャーナリストは人間の分断本能に訴えたがる。だから話を組み立てる際、対立する2人、2つの考え方、2つのグループを強調する。「世界には極度の貧困層もいれば、億万長者もいる」という話は伝わりやすく、「世界の大半は少しずつだが良い暮らしを始めている」という話は伝わりにくい。ドキュメンタリー製作者や映画監督も同じだ。弱い個人が悪徳大企業に立ち向かうさまは、ドキュメンタリー番組でよく描かれる。正義と悪との戦いは、大ヒット映画でお決まりの構図だ。

我々は物事を「分断」して考える傾向がある。でも実際世界はもっと細かく分かれていて、それぞれに生活は異なっているし、何を望んでいるのかも違うのだ。

我々はこの「分断」しがちな傾向をどう乗り越えていけばいいか──と、こんな感じで10の本能を取り上げ、対処する方法を取り上げていくのが本書の流れになる。著者のハンス・ロスリングはスウェーデン出身の医師で、アフリカの僻地における疾患の治療に20年近く費やしたり、スウェーデンで国境なき医師団を立ち上げ、BBCドキュメンタリー番組をつくり、世界中で講演をしながらTEDトークも大人気で──と実績も確かで、レベル1〜4の生活をすべて見て、経験してきている人だ。

おわりに

本書を最後まで読んで驚いたのだが、このハンス・ロスリングは2017年にすい臓がんで亡くなっている。宣告されたのは2015年で、そのときすでに末期状態だったようだが、予定していた60以上の講演をキャンセルしてまで、最後の仕事としてこの本を息子と息子の妻と共に作り上げたそうだ(この二人は突然駆り出されたわけではなくて、もともとハンスのTEDトークや講演会資料を作ったりの活動していた)。

そういう意味でも(これに少し感じ入ってしまうのは、ドラマチックな物事を好む本能に支配されている感もあるが)、ぐっとくる一冊である。