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世界中のギャングから命を狙われる拳銃使いの親子──『拳銃使いの娘』

拳銃使いの娘 (ハヤカワ・ミステリ1939)

拳銃使いの娘 (ハヤカワ・ミステリ1939)

『メンタリスト』の脚本家として知られるジョーダン・ハーパーの第一長篇がこの『拳銃使いの娘』である。しかもいきなりアメリカ探偵作家クラブ賞最優秀新人賞をとっている。僕は単純に(そうした前情報は知らずに)単純に表紙と書名がカッコいいなぐらいの理由で読み始めたのだけれども、これは確かにおもしろかった。分厚くなりがちな昨今の傾向に逆らい、280ページぐらいで短くまとまっているのもいい。

ざっとあらすじ

元ギャングで服役中だった父親・ネイトがとあることをキッカケとして巨大な白人ギャング団の男を殺してしまい、そのギャング団に関連する全人員からネイトの家族全員の命が狙われることに。ネイトはその事件の直後に出所するが、自分だけではなく愛するカタギの娘(11歳)の命を守るために駆けずり回ることになる──と話としてはシンプルで、脚本家としてのキャリアをきちんと歩んでいるからか、スマートな構成にリズミカルな会話劇、キャラクタの魅力の描き方と完成度の高い冒険小説である。

親子を追う組織の名は〈アーリアン・スティール〉。総長はペリカン・ベイ州立刑務所の終身刑囚として収監されているが、そこにいながらにして周囲の部下たちに意思を伝え、思うがままの現象(たとえば、抹殺したいやつを抹殺するとか)を外で起こすことができるという、ジョジョ五部のポルポかよみたいな男である。〈アーリアン・スティール〉の配下には無数の田舎ギャング──〈ペッカーウッド・ネイション〉〈ナチ・ドープ・ボーイズ〉〈ブラッド_スキンズ〉──などなどが控えており、総長の一声により、親子は金に目のくらんだ世界中の荒くれ者どもから命が狙われることになる──と、レオン+ジョン・ウィックみたいな冒頭の展開から興奮が凄い。

「着いたときにはもう、おれたちはここにいないぞ」と父親は言った。「勝ちより負けのほうが多くなるぞと伝えとけ」
「銃を持ってるのはそっちだからな。だけど、世界中があんたを追ってるんだ。世界じゅうの人間を殺すことはできねえぞ」

金星からきた11歳

狙われる立場の娘・ポリーは、人生の半分近くを父親と離れて過ごし(収監されていたので)、母親も別人と再婚していたのでほとんど無関係な人生を送っていたが、学校から出たところで父親と遭遇し、有無をいうひまもなく強制逃亡生活がスタートすることになる。このポリーのキャラ立てがまたなかなか絶妙で、平穏な生活を送っているにも関わらず、母親からはあんたの倒産そっくりの拳銃使いの眼だと言われ、知能は非常に高く、少しヒクぐらい度胸が座っている、金星から来た11歳である。

 さらに読んでいくと、金星は一見静謐そうに見えるけれど、それは外側から見た姿にすぎないと書いてあった。金星に行ってみれば、その穏やかな表面は実際には酸の雲で、その静謐な空の下にあるのは、ごつごつの岩と、吹きすさぶ防風だけなのだと。真珠色のこの惑星が内側に嵐を抱えているというところを読んだとき、ポリーの脳からぽんと、その考えが完全な形で生まれた。あたしは金星から来たんだ。そんなふうにポリーは感じた。外見は静かでおとなしいけれど、内面では酸の嵐が吹き荒れているんだと。自分はどうしてそうなのか、どうして外側はひどくおとなしいのに内側では大声で叫んでいるのか、ずっとわからなかった。でも、今わかった。
 あたしは金星から来たんだ。

内側では暴風雨のように無数の思考が渦巻いているが、表向きはひどく冷静沈着に振る舞える少女を「金星」と表現するセンスがまた飛び抜けている。最初はただただ父親への戸惑いを感じていたポリーも強制運命共同体と化し、車の助手席に乗って父親と幾度も死地をくぐり抜けていくうちに、両者の失われていた親子関係も再生を始めることに。『時間が重なり合ったような気がした。あのときポリーの乳歯を手にして立っていた父親と、今こうして父親の血染めのスニーカーを手にしているポリー自身が。父親はどちらのときも、同じへんてこな笑みを浮かべていた。 強い子だ。』

逃げてばかりでは永遠に平穏な生活が訪れることはないので、二人は反撃にうってでることになる。たとえば、〈アーリアン・スティール〉が彼らを執拗に狙うのであれば、それが割にあわないと思い知らせてやればいい。組織が担っている大量の薬物売買現場を親子揃って急襲し、上納金をせしめ、大量の金を奪うことで自分たちの有利な状況を作り上げる。同時に、父親は身を護るために娘に人を殺す技を教え、娘は着々と強盗の才能を開花させ、父親と共に行う強盗へと快楽さえ覚えるようになっていく。『仕事が始まる瞬間から終わる瞬間までの時間が、ポリーの生き甲斐になってきた。その時間はまるで、宇宙船から外に出て宇宙遊泳をしているみたいだった。』

おわりに

ここに関してはツッコミどころでもあるとは思うが(いや、そんないきなりギャングの父親の巻き添え食らって命狙われたら親への愛情なんか感じるわけねーじゃんみたいな。)まあそれはそれ。特に父親と暮らしているわけでもないのに「拳銃使いの眼をしている」と母親から言われるぐらいなので、元からそうしたことに対する適正があったということなのだろう。だいたい、金星から来た少女なのだから、なんでもありなのだろう。正直、ラストへの流れはあまりにも綺麗に決まりすぎていて胡散臭いぐらいなのだが、最後の一瞬まで楽しませてくれる快作だ。