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「自由」の旗印のもとでうごめく独自の文化圏──『ダークウェブ・アンダーグラウンド 社会秩序を逸脱するネット暗部の住人たち』

ダークウェブ・アンダーグラウンド 社会秩序を逸脱するネット暗部の住人たち

ダークウェブ・アンダーグラウンド 社会秩序を逸脱するネット暗部の住人たち

ダークウェブというものがある。世界のどこかに現実の名所があるというわけではなく、ウェブ上に存在していて、ダークというぐらいなのでなかなかにアングラ感が漂う場所だ。そこはTorブラウザやI2Pなどの特殊なソフトウェアを用いなければ閲覧することができず、ドラッグの売買や児童ポルノの提供など、表のウェブでやったら即お縄な案件の情報がやりとりされている。では、なぜそこではそんなやりとりが可能なのか──といえば、そこで特殊なソフトウェアを使わなければいけない理由や、そもそもそうしたソフトウェアが開発された”思想”の話を始めなければならない。

本書は、そうしたダークウェブとはいったいなんなのか、そこではどのような情報がやりとりされていて、これまでどんな歴史があるのか。また、それらの思想はどこからきて、これからどこに行くのか──についてざっくりと語った一冊になる。ダークウェブに思想なんてあるの? と思うかもしれないが、これがめっぽうあるのだ。

たとえば、ダークウェブでドラッグを売買しても捕まらないのは、そこにアクセスする時の我々の情報がTorブラウザの仕組みなどによって充分に暗号化されているからであるが、それは単に犯罪者のためのツールというわけではない。『しかし、Torネットワークの根底には、ジャーナリスト、市民運動家、内部告発者といった「自由」を求めて闘う人々を支援するためのツールとしての側面があることも確かなのだ。』

ウェブに普通にアクセスすると痕跡が残るから、言論の自由が制限されている社会ではネット上といえども自由な発言を行うことはできない。しかし、Torを用いることで国家に居場所を知られずに「自由」な発言を取り戻すことができるのだ。

本書は第1章でセキュリティ上もはや欠かせない暗号化技術である公開鍵暗号方式と、その派生として生まれた暗号通貨、Torについて解説し、第2、3、4章ではダークウェブでどんな情報がやりとりされ、どんな事件があったのかを追い、五章と六章ではダークウェブを取り巻き、関連する思想・運動の論述となっている。

2、3、4章についてざっと紹介する。

僕は正直言ってダークウェブといいうものは存在は知っていても、そこにどのような情報が置かれているのか何も知らなかったので、まず2、3、4章が興味深かった。

たとえば、第2章ではTorネットワーク経由でしかアクセスできないシルクロードというサイトについて書かれている。コカイン、LSDなど無数のドラッグから発禁本まで取り揃えられ、支払いはビットコインで行われる(足がつかない)。シルクロード以前からもドラッグを扱うダークウェブのサイトはあったが、暗号通貨を組み合わせることで公正かつセキュアな取引が実現できるようになったのが画期的だったようだ。

 匿名的なウェブホスティングとブラウジングを可能にするTor、メッセージに署名することで匿名性を保ちながら自己同一性を証明することが可能なPGP、そして匿名的な決済を可能とする暗号通貨、この三者が綿密に絡む合うことで「シルクロード」は成り立っている。

もうシルクロードはないらしいのだが、今は「ウォールストリート・マーケット」というところがその代わりになっており、そこで売ってる商品にはAmazonのカスタマーレビューのようなユーザレビューもついていて、香りが一気に広がり〜とか迅速な発送、用心深い梱包を褒めていたりとちょっと笑える。ドラッグだけではなくて、偽造紙幣や偽造パスポート、流出したクレカの情報まで売っているらしい。

第3章では殺人請負サイトをめぐる都市伝説を扱い、第4章ではまるっと児童ポルノコミュニティの話になる。児童ポルノコミュニティの中にもルールがあり、虐待や死傷を伴うハードコアなものは忌避されていたのだが、2013年に「完全なる自由」を標榜したなんでもありの「ペドエンパイア」が設立されるくだりなど、胸糞が悪くなる部分でもあるが、「自由とは何なのか」「どこかで線を引くべきなのか」というダークウェブの本質的な部分と関連する、避けては通れないところでもある。

警察は本当にダークウェブで違法行為を繰り返す人々を逮捕できないの? と疑問に思うかもしれないが、相手は実在する人間なのだから、難しいだけで逮捕はできる。おとり捜査や違法サイトの運営者を逮捕して、サイトをそうと知られずに乗っ取るなど無数の手段を用いている事例が本書でも紹介されていく。「ペドエンパイア」の運営者も、逮捕されているのだ。当たり前だが、ノーリスクのはずがない。

思想について

5章ではイギリスの哲学者であるニック・ランドの加速主義(資本主義のプロセスを際限なく加速させることで、既存の体制や価値観を点灯させる技術的特異点を志向する思想のことらしい。)思想からアンチ・ヒューマニズム精神にいたり、思弁的実在論からオルタナ右翼、新反動主義への接続を図る論考で、ワクワクさせられる。

それってダークウェブになんか関係あんの? と思うかもしれないが、関連としては、近代的な国家システムの民主主義的運営はもう限界であって、国家はより小さな企業のように運営される単位となって、人々は積極的にその間を移動できることが望ましいとする新反動主義の「出口」というコンセプトが重要になってくる。民主主義の場合、現状の政権に不満があれば声を上げるしかないが、新反動主義的な国家の場合は気に食わない場合はただ黙って出ていけばいい。そうした「脱出」の思想は、より多くの自由を見出そうとするダークウェブの民の思想と通底するものがある。

国家を乱立させるという思想は現実の地形を前にすると難しいようにも思うが(海上の人工都市計画とかはあるけど*1、決して改ざん不可能な暗号通貨を支えるブロックチェーンという技術を用いた、ブロックチェーン上の国家を作ろうとする流れ(ビットネーションとして実際に存在する)の紹介など、6章に至ってばらばらにみえたそれまでの議論のすべてが繋がってくる非常におもしろい構成となっている。

おわりに

ここでは紹介していないが、補論として思想なき日本のインターネット、その歴史の概略を語ったり、現実を侵食するフィクションとして鳩羽つぐやlain、輪るピングドラムについて語ったりと、刺さる人には刺さりまくる論述も多い(ニック・ランドのあたりはSFファン的にもおもしろいし)。単なるダークウェブ概説書とおもって読むと後半に至ってかなり戸惑うだろうが、楽しく読んでもらいたい。