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意識と知性を問い続ける、ピーター・ワッツ入門に最適な短篇集──『巨星』

巨星 ピーター・ワッツ傑作選 (創元SF文庫)

巨星 ピーター・ワッツ傑作選 (創元SF文庫)

ピーター・ワッツは『ブラインドサイト』や『エコープラクシア』といった長篇で、異種知性との遭遇、人類以外と人類の「知性」や「意識」とは何なのかを縦横無尽に語り尽くし、そのうえ吸血鬼やゾンビ、機械知性やらなんやらを理詰めで創造し物語の中にぶちまけた。二作品とも、大変におもしろい作品なんだけれども、第一の欠点としてややこしすぎ・説明が面倒臭すぎて読むのが大変だという問題があった。

なので、勧めてみても、「いやー、意味不明で読むのやめたわ」みたいなことが割合頻発していたのだけれども──そこにくるとこの『巨星』は凄い! 1篇20〜30ページぐらいの短篇集だから、サクッと読める上にピーター・ワッツの相変わらずも面倒くさい部分とおもしろい部分が小分けにして凝縮されていて、「あ、こいつこんな作家なんだ!」っていうのが一撃で理解できるようになっている。なので、もし今度からピーター・ワッツを薦めるとしたらこの『巨星』からにしようと思う。

全十一篇が収録されているので、以下ではいくつかかいつまんで紹介しよう。

ざっくり紹介しよう。

一篇目の「天使」は、アズラエル、死の天使と刻印された無人軍用機(ドローン)に搭載された、「何を撃ち、何を撃たないのか」を判断するアルゴリズムの思考の流れを三人称視点で描き続けていく。”味方”タグがついたものを撃った青色(非・敵)は赤に変わるなどして、標的が評価され、費用対利益が予測される。アズラエルの中ではこうしたいくつもの細かな判断が実行され続けているが、そこに葛藤はなく、ただ命令に従い続けるのみ。──のはずだったが、複雑な付随的被害計測ルーチンを走らせ続けるうちに、ある時アズラエルは「付随的被害が増大する可能性を検討し、命令に従わず、攻撃を続行するか否かを判断する自律性」を獲得するようになる。

 驚いた、というのは正確ではないだろう。ただ、そこには何かが、ごく小さな──違和感があった。予期しない行動を前にして発動された、瞬間的なエラー検出サブルーチンだろうか。刹那のインパルスに触発され、再考したのだ。何かがおかしかったから。
 アズラエルは命令に従うだけで、命令を下すことはない。少なくとも今までは一度もなかった。

最初は無機質的だったアルゴリズムの描写の数々が、だんだんと葛藤が増え、ぐるぐるぐるぐると考え続けた果てに──と、ある意味では、異種知性の新たな自律性の目覚め、意識・ゼロの部分を描く作品で、本書全体の中でも飛び抜けた傑作かと。続く「遊星からの物体Xの回想」は、そのまんま遊星からの物体Xモチーフの一篇で、具体的には地球に飛来する異種生命体であるX側の視点から、人間を取り憑いて殺していく思考と行動の流れが描かれていく。人間の中に潜みながら、ひたすらにいったいこの人間どいう生物はなんなのか、どういう構造なのか、知性は──と思考し続けていくのがザ・ワッツって感じでいい。ただこれ、映画見てないと意味不明かも。

「神の目」は空港の保安検査場で"騒音ボックス"と呼ばれる、脳にたいして何かをする検査が導入された世界での話。最初は「脳内をスキャンしてヤバいことを考えてないか検査する機械なのかな」と思いながら読んでいるが、次第によりやばいものであることが明らかになっていく。シンプルな話だが、やましさを抱えて順番を持っている男の心理的葛藤の描写の重苦しさや脳科学的な描写のハードさが好きな作品。ピーター・ワッツってそういえば長谷敏司感もあるよなあとこれを読んでいて思った。

「乱雲」はワッツの1994年に発表された初期短篇で、突如として知性(らしきもの)を持ち始めた雲に地上をほぼ支配された人間たちを描いていく一篇。雲との意思疎通はとれておらず、何を考えて襲ってくるのかもよくわかっていない、やべーやつが常に空に浮いている状況は確かに人類からしたら絶望的で、みんな巣と呼ばれる地下に潜っているなど、情景的な部分でけっこう好きな一篇。続く「肉の言葉」も初期短編。人が死ぬ瞬間の研究を続けている男を中心として、脳機能のほとんどが停止したその時に、いったい人間は何を考えているのか──を追求していく。

「炎のブランド」は、突然人体が燃え上がる人体発火現象が起こるようになってしまった世界を描いていく作品で、ワッツらしくないな? と一瞬思うが、大量の食糧や薬の生産、生物燃料のために使用する特別な遺伝子改変を受けた藻の存在が関わっていて──とあくまでもハードSF的に人体発火現象を突き詰めていく。続く「付随的被害」は、テーマ的に「天使」と共通しており、装着者が自分が行動しようと意識する前に自動的に行動を起こしてくれる特別なシステムに身を包んだサイボーグ兵士が、民間人をミスで殺してしまった状況を描き出していく。ドローンが標的の識別を間違えることがあるように、人間も普通に目視していても敵かどうかを間違えることはあるが、今回のケースで罪に問われるべきは"何なのか"が問われることになる。

最後、「ホットショット」「巨星」「島」の三篇はSunflowers cycleと呼ばれる連作(編集部による紹介)。遺伝子改変と、目的を達成するために設定された教育を施された人間の一人サンディが、「押し付けられた役割、遺伝子レベルで決定づけられた運命ではなく、自分の自由意志を獲得したい」と願い行動するさまを描く「ホットショット」。小惑星を改造して造られたワームホール構築船〈エリオフィラ〉が、6千万年以上の旅の果てに巨大な恒星に突っ込むことが避けられないことが判明する「巨星」。ラストの「島」も続けて〈エリオフィラ〉の話で、ランダムではない、同じパターンを繰り返す恒星との出会いが描かれる。『「同じパターンを繰り返してる」とディクス。「光度は変わらないけど、間隔が対数直線的に増加して、九十二・五標準秒で元に戻る。各サイクルは十三・二回/標準秒で、時間とともに減衰してる」』

そこで彼らは直径約6000キロに及ぶ超巨大な脳的な何か、思考していると思われる何かと接触するのだが──と、最後にして最大級の知性との接触が訪れるのであった。本書の中でいちばんぐっときた1篇で、天使と並んで大のお気に入り。

おわりに

と、ざっと紹介してきたが、たとえピーター・ワッツを読んだことがない人でもこれがどのような作家なのかある程度は伝わったのではないだろうか。執拗に何パターンもの異種知性と人類に内在する意識を描き続け、「自由意志」の不可能性とそれでもなおそれを求めてしまう葛藤、あるいは諦念を、いつだって最新の科学的知見を元にしてあぶり出していく。あまりにもそれが執拗なので「めんどくせえな」と思ってしまうところもあるのだが、だがやはり、その面倒臭さこそが良いのである!
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
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