基本読書

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竹書房文庫のSFで電子書籍セールが開催しているので、おすすめを紹介する

竹書房文庫から刊行の《竜のグリオール》シリーズ全作刊行を記念して、竹書房文庫の中でもSFに絞った電子書籍セールが開催されているので(13日まで)、竹書房文庫の布教ついでに紹介しようかと。竹書房はSFのイメージは持たれていないかもしれないが、近年はSF好きの編集者ががんばったおかげで竹書房文庫からばんばんSFが(翻訳SFが多いが、日本SFもある)出ていて、しかもどれもおもしろい。
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書評家や作家といった業界関係者による投票でランキングを決める年刊ムック「SFが読みたい!」でも竹書房文庫発の作品がいくつも名を連ねるなど、竹書房は今やSFを語る上では外せない出版社の一つになっている。特徴の一つと言えるのは竹書房文庫のSFのほとんどを坂野公一がデザインしており、作品によってはかなり攻めた文庫の装幀がみられること。鮮烈なイメージを残す《竜のグリオール》を筆頭に、『いずれすべては海の中に』など一度みたら忘れられない装幀の作品が多いのだ。

肝心のセール内容としては、セール対象も少ないし割引率も「最大50パーセント」なだけで個々の作品ごとにまちまちなので規模は小さめではある。セール対象の中からお気に入りを中心に、コンパクトに紹介していこう。

お気に入りを中心に紹介する。ファンタジィ寄りの作品

最初に紹介したいのはセールのきっかけにもなった《竜のグリオール》シリーズだ。『竜のグリオールに絵を描いた男』、『タボリンの鱗』、先日刊行されたばかりの『美しき血』の三冊で、新刊以外はセール対象になっている。

物語は基本的に、全長1マイルにも及ぶ巨大な竜グリオールのような生物が存在する世界を舞台にした連作短編集で(美しき血は長篇)、魔法使いの攻撃によって身動きがとれなくなったグリオールを、本人(竜)に悟られぬようその体に毒入りの絵の具で絵を描いて殺そうとする、数十年想定のプロジェクトを描き出す第一作の表題作など、「とてつもない竜がいる世界」を解像度高く描写していく、好きな人にはたまらないファンタジィ作品である。装幀も竹書房文庫全体の中でもお気に入りだ。

もう一つ竜&ファンタジィ系でおすすめしておきたいのは、科学が進展するにつれて魔法の力もどんどん弱まり、魔法がほとんど趣味の領域にまで落ちぶれた世界の物語であるジャスパー・フォード『最後の竜殺し』と『クォークビーストの歌』のシリーズ。どんなにささやかな魔法でも使う時には魔術師免許を携帯する必要があり、魔法を使ったら書類を提出しなければならないなど、現代社会でがんじがらめになった魔法使いたちの苦闘をポップに描き出している。この世界にも死にかけのドラゴンがいて、彼らが住まう広大な土地ドラゴン・ランドの利権&後継者問題が話の主軸になっていくあたりは、資本主義ファンタジィとしてのおもしろみもある。

ジャスパー・フォード&竹書房文庫繋がりでいうと、冬になると平均最低気温が40度になり、冬至の前後8週間、人口の99%が冬眠するようになったイギリスを描き出す長篇『雪降る夏空にきみと眠る』もおもしろいがこっちはセール対象ではなさそう。

お気に入りを中心に紹介する。SF

最近刊行された作品でおすすめなのはギリシャSF傑作選である『ノヴァ・ヘラス』。その名の通りギリシャの作家らが書いた短篇が集まった一冊だが、地方の港湾都市が海面上昇によって水没した未来を描き出すヴァッソ・フリストウ「ローズウィード」。蜜蜂が本格的に消えてしまい、その役割を蜜蜂ドローンが担っている世界を移民排斥問題などもからめながら描き出すパパドブルス&スタマトプロスの「蜜蜂の問題」など、ギリシャの情景や苦境をすくい取っていくような良い短篇が揃っている。フランス人の父とベトナム人の母を持つアリエット・ド・ボダールによる『茶匠と探偵』は、中国やベトナムの文化・価値観が支配的になった未来を描き出す〈シュヤ〉宇宙に属する短篇を集めた日本オリジナルの短篇集。スペースオペラは西洋的な価値観が基本なことが多い中、輪廻転生だったり、親を特別に敬う儒教的な価値観、「深宇宙」と呼ばれる空間へ行くために茶匠が特別に調合したお茶が必要など、アジア的な価値観を全面に押し出した、今なお特別な読み味を残してくれる作品だ。今回のセール対象の中でも特におすすめなのが、サラ・ピンスカーによる短篇集『いずれすべては海の中に』。サラ・ピンスカーは新型コロナウイルスをめぐる状況についての予言的な作品として話題になったパンデミックSF長篇の『新しい時代への歌』で一躍有名になったが、作品としての出来は圧倒的に中短篇集の方が高いと思う。

夢の中で架空の子どもが生まれた人々が世界中で大勢発生する奇妙な状況を描き出す「そしてわれらは暗闇の中」のような奇想系もいいが、世代宇宙船ものの「風はさまよう」のような直球のSFも素晴らしい。後者は、宇宙船内で何代もの時代を経たある時、船内のハッカーによってアーカイブされていた映画や音楽、演劇に歴史といった文化が破壊されてしまった状況を描く。残ったのは殺風景な壁ばかりで、船内の人間はみな自分の記憶に残されたものを頼りに、それを再現し、上演するはめになる。しかし記憶違いもあるしそれはオリジナルではありえなくて──と、真実や、伝え残すことの意味、物語や音楽を作ることの意味を問いかけていく、美しい一篇だ。

日本作家の作品の中でのセール品としては相川英輔による短篇集『黄金蝶を追って』が良かった。マンションを買って移り住んでみたら、なぜか半透明で前の家の持ち主が家に現れ、毎朝本を朗読するなど、規則正しい生活を送っている様をみせられ、その正体を追っていく「ハミングバード」。日曜日の次が月曜日ではなく、自分以外誰も見当たらない”自分だけの8日目”がくる──それどころか、次第に9日目も10日目もくるように変化していく大学の水泳選手を描くホラー調の「日曜日の翌日はいつも」など、SFから幻想・奇想譚まで幅広い作品が揃っている。特に「日曜日の翌日はいつも」は誰もいない世界の寂寥感や自由さが存分に描かれていて、好きな作品だ。

竹書房文庫はかなりの割合でKindle読み放題に入っていたりもするので、これを読んで興味が湧いた人はそっちで読んだりするのもよいだろう。ではでは。