- 作者: 詠坂雄二
- 出版社/メーカー: KADOKAWA
- 発売日: 2019/06/01
- メディア: 単行本
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匿技士たちはみな、透明になるとか鉄筋を生み出すとか、固有の能力を持っている。本書は、そうした匿技がどのような物理法則にのっとって、あるいは物理法則に則っていないとしたらどの部分がそうなのか? といった科学的な検証をきちっと詰めていってくれる能力バトル物であり、その戦闘のロジカルな展開や、終盤に現れるトリックに対する驚きが、ちゃんと伏線がしっかり張られたミステリィに対する驚きと同質のものになっている。HUNTERXHUNTERへの言及もあるし、架神恭介などが受け継いできた「ロジカルな能力バトル物」にきちんと接続される良作である。
ざっと紹介する。
というわけでざっと紹介していこう。序盤の流れ自体はザ・オーソドックス、といった感じで別段驚きはない。この世界には匿技と呼ばれる特殊な能力を発現させた人々が少人数ながらおり、同時にそうした匿技の持ち主たちを集める「日本特別技能振興会」なる謎の組織が存在すること。書名にも入っている君待秋ラ(スゲー名前だが本名らしい)は透明化能力者であることをこの日本特別技能振興会に把握されており、日本で発見された10年ぶりの匿技士としてスカウトが行われるが、交渉は決裂。
はいそうですか、それじゃああとは自由に過ごしてくださいね、というわけにもいかないので鉄筋を生み出す能力者である麻楠が実地交渉に向かうことに──といった感じで冒頭から透明化能力者vs鉄筋創造者のバトルが勃発することになる。透明化能力者なんだから消えればすぐ逃げられるじゃろ、と思うかもしれないがこれがそううまくはいかない。なぜなら、物を透明化させる、といった時にまず考えられる大きな可能性としては二つある。ひとつは知覚操作で、これは見る側の知覚を操作することで実質的に自分が透明化すること。もうひとつは屈折率の操作だ。攻殻機動隊に出てくるやつだが、この場合、目まで透明にしてしまうと視界が効かなくなると予測されるので、見えたまま移動しようとした場合必ず目が浮くだろう、とさらに予測できる。
相手の能力がこの二つのうちのどちらかであろうと考え、日本特別技能振興会と麻楠はまず君待秋ラに対してマンションの狭い通路で接触し(知覚操作でも相手がどこにいるか予測しやすくなるから)──とこの最初の能力バトル戦の時点でけっこういろいろな思考が渦巻いている。結局、麻楠は彼自身を透明にされることで周りが見えなくなってまんまと逃げられてしまうのだが、自分以外の匿技の持ち主たちを目の当たりにして所属を決めた彼女は日本特別技能振興会に加入するのであった。
ひたすら能力の原理を深掘りしていく。
そんな組織に入ってしまったら、あとはもう悪の匿技士たちと戦い続ける人生なんやろなあと思っていたが、実はこの世にはほぼ匿技士の存在は確認されておらず、事件もない。日本特別技能振興会も特に仕事がなく、基本は所属しているだけで(国家に対して敵対的にならないだけで)金がもらえる優良組織である。じゃあ君待秋ラは何をするのかといえば、まず一つには能力の検証。たとえば、君待秋ラが透明化させた物質は、彼女から距離的に引き離したら透明化は解除されるのか、されないのか?
透明化させた検体を800キロメートル離れた北海道に持っていっても解除されないこと。また、平均にして約23時間経つことで勝手に透明化がとけること、つまり透明化は対象に不可逆な改変をほどこすものではないこと、透明化の作用が電子、原子核、分子、どのレベルで働いているのか──などかなり細かいところを詰めていくのである。無論匿技士は彼女一人だけではないから、光をある特殊な方法・環境で操作することのできる、「この世界それ自体に働きかけることができる」グローバル級の匿技士も入れば、大戦時にその能力をふるい、アメリカ政府から能力の使用を明確に禁止された実質的な不死能力者など、この国の歴史、権力、国際政治と密接に関わってきた匿技士たちの在り様が、様々な形で明かされていくことになる。
地味ながらも読んでいて感心してしまったのが、なぜ匿技士が少ないのかに対するスマートな回答。匿技士の数は1000万人に1人と言われていて、国内で発見されている数は10人にも満たないが、ではなぜそこまで少ないのだろうか。仮説として提示されるのが、己の匿技に気づける人間があまりにも少ないから、というもの。透明化であったり、火を操ったり、空を飛んだりはSFやファンタジィではメジャな超能力はそれだけ見つかりやすい、というよりかは自分で気づきやすい。逆に、考えもしない能力だと、それを試そうなどと絶対に思わないし、だからこそ匿技も発現しない。だが、気づいていないだけで、誰しも実は匿技を持っているのではないか──と。
この理屈は能力バトル物としては夢があるよねえ。しかも単にこの設定が「おもしろい」というだけでなく、君待秋ラが幼い頃に、透明化の能力の発現と同時に自分の弟を思いがけず透明にしてしまい、結果として弟の視力が失われてしまったこと、「なぜ君待秋ラはあの時消したいと思ったのか?」と自身の過去の奥深いところへと絡んできて、設定と個々のキャラクターの感情処理の部分に無駄がないのも素晴らしい。
おわりに
物語は最終章で、とある伝説的な分裂能力者の遺体の所有権をめぐる匿技士同士の抗争に焦点があたるのだが、ここである種副読本的、フレーバー的に語られているだけだと思っていた、透明化の物理法則面の検証や、光を操作する能力者のあれやこれやなんかがすべて活用されていくことになる。この部分は本当に鮮やかなので、ぜひ読んで確かめてもらいたいところだ。物理法則に干渉する能力者まで普通にいるので、発想が能力バトルの枠を超えてSF的になっていくのもなあ……いいんだよね。
続篇があってもおかしくないないようなので、ぜひシリーズ化希望である。