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絶望的な負け戦をどう戦うか──『NOKIA 復活の軌跡』

NOKIA 復活の軌跡

NOKIA 復活の軌跡

  • 作者: リストシラスマ,田中道昭,渡部典子
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2019/07/04
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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ノキア、復活の軌跡というけれど僕の中でノキアが復活したというイメージはまったくなかった。どちらかといえば、2011年まで世界最大の携帯電話端末メーカーだったのに、まったくスマートフォン時代についていけずに失墜し、その後は携帯電話事業をマイクロソフトに売り渡し、その後どうなったのか完全に意識の外にいって消えていた存在だけれど、今は残された通信技術の会社として、フランスの通信機器大手とも合併をし、と世界の通信事業者の中でも巨大な位置を占めているんだなあ。

本書は2008年にノキアの取締役に就任し、最も苦しい時期のノキアの舵取りを任されてきたリスト・シラスマによるビジネス体験記になる。復活の軌跡とはいうが、現代はTransforming Nokiaで、いかにして携帯電話端末メーカーだったノキアがそれを捨て去り、変化をし、今のような状態に落ち着くまでに至ったのかを描く、ある種の敗戦記である。たとえば、取締役という立場から、アップルやグーグルに押され始めていた時社内はどのような体制で、価値観で、事業構造だったのか──を赤裸々に描き出していて、それを読むと「あーこりゃ負けるのも当然ですわ」と思わざるを得ない破滅的なグダグダさで、読んでいて胃が痛くなってくるようなところがある。というか、企業が持つ指向性とかグダグダさが日本と似通いすぎているんだよね。

あと、ノキアは超巨大企業だけれども、社員が少ない、100人以下の中小企業であっても「うまくいってない時」の空気や、構造的な問題点って核が似通っているから、ほとんど他人ごとのように思えない。しかも、そこからリスト・シラスマが入って状況のすべてが好転するのならばそれはスカッとする物語的でいいんだけれども、現実はそんなに甘くなく、もうどうしようもないんだよね。基本的に彼がやるのは敗戦処理であり、どのようにその最悪の状況下で事業をマイクロソフトに高値で売却するのかという交渉を進め、売却後は小さくなったノキアの体制をどのようにつくりあげ、これから向かう道筋をみんなに示すのか──という、「立て直し」事業である。

そのうえ、ノキアはフィンランドを代表するグローバル企業でもあり、そこでノキアが敗退するということは国の誇りや威信までかかってきていて──といろいろ泥臭く面倒くさい要素が山盛りなんだけれども、それを地道にコツコツと改革するリスト・シラスマの臨場感のある描写がたまらない一冊だ。ノキアが携帯電話事業をマイクロソフトに売却する発表をする時、当時CEOだったリスト・シラスマが小さな子どもたちに向かって「お前たちは学校にいって悪いことを言われたりいじめられたりするかもしれない」と言い放つ場面とか、悲しいけどおもしろいんだよなあ笑

 明日、ノキアにおける重大な変化について発表すると、家族に説明した。「大ニュースになって、たぶん一部のフィンランド人は悪いことだと受け止めるだろう。おそらく友だちの親の中にもそう思う人がいて、家庭でその話をして、友だちも聞くことになるだろう。その翌日には学校で、お父さんの悪口を言われるかもしれない。ただ、覚えておいてほしいことが一つある。私とノキアのチームは本当に必死に働いて、あらゆる可能な方法を使って今後について検討してきた。手を抜いたことは一つもないし、何ヶ月もかけて取り組んできた。……

ノキアはどのような状態だったのか。

著者のリスト・シラスマが最悪の時期にノキアの取締役にいたのは間違いがない。彼はエフセキュアというセキュリティサービスの会社を創業しずっとCEOとして活躍してきたが2008年にノキアの取締役になり、そこから4年間、時価総額が28ユーロだったのが3ユーロになるというギャグみたいな下落幅を経験している。

2007年頃の話でおもしろいのが、アップルがiPhoneを発表した時ノキアが社内でどう考えていたのか、という点だ。後の破壊的な状況を思えば慌ててしかるべきだったが、当時は《サイエンス》誌や《フォーチュン》誌がいずれもiPhoneとノキアの「N95」では後者が圧勝すると太鼓判を押し、社内でもその認識がまかりとおっていた。アップルの市場シェアは、2008年の第1四半期で170万台。一方ノキアは1億1500万台なわけだから、仕方がない面は多い。だが、その後金融危機が起こり、Androidが発表され、と大きな荒波が続く中、ノキアの考えは『波風を立ててはいけない』というものだったという。iPhoneはまだまだ重要な機能を欠いているし、Androidは出荷されたばかりで大ゴケする可能性もある。金融危機の余波も怖い。

だが、実際にはもう危機的な状況だったのだ。ノキアのスマートフォンに搭載されているOS(シンビアン)はアプリをインストールしようとすると「このアプリを本当にインストールしても構いませんか」「追加コストがかかる可能性が〜」など何度も何度も確認が入る。ノキアがそれを入れているのはAT&Tやベライゾン、テレフォニカなどの電話会社の顧客向けにこうしたプロンプトを使わざるを得ないという事情があったのだ。『電話会社は追加請求に対するエンドユーザーからの苦情に悩まされていたので、ユーザーの許諾をとるよう関連業者(つまりノキア)に要求したのだ。』

iPhoneにはそんな確認は入らない。アップルは通信会社とのしがらみがなく独自にルールを決められ、何よりエンドユーザーの使い勝手を第一にあげていたから、そうした面倒なルールを押し付けようとした通信事業者はアップルによって別の事業者に鞍替えされてしまう。一方のノキアは、通信事業者のいうことは簡単に拒絶できないと感じていた。順調なときであればそれでよかったが、下降局面に入るとかつては腹立たしいですんでいたことが、破壊的な影響をもたらすようになるのだ。

また、当時のノキアのプレゼンテーションでは「抵抗しがたいほど魅力的なソリューション」や「活発なエコシステム」。「ノキアで最も重要な変革である、消費者主導のソリューション・カンパニーになるという変革に着手しました」などの何かを言っているようで何も言っていない空虚な言葉が踊っていたという。『事実上、それは何を意味しているのだろうか。私にはさっぱりわからなかった。私が理解していた類のことは起こっていなかった。現実味がなく、厳密な競合分析もない。』このへんは読んでいてひええ〜うちと同じだ……とウンザリしてしまう人も多いのではないか。

他にも、自社OSの全体をコンパイルするのになぜか48時間もかかるという問題があり、それに輪をかけて問題だったのが取締役の多くがそれがあまりにもアホ過ぎる問題であると認識できない、そもそもそうした問題が発生していながらまったく上まで上がってこなかった──など、問題は無数にあるどころか、上に上がってきていない問題もあることを考えるとその数を把握することさえできない。そんな絶望的な状況下で、リスト・シラスマは改善に立ち向かわざるを得なくなるのである。

おわりに

結局の所、ノキアが大きくTransformingできたのは大規模なリストラを繰り返し、事業を売却し会社としての歴史は長くとも実質的に中身は別物のベンチャーとして生まれ変わることが主要因になっているのだが、そうした状況をどうやって整理し、事業売却をマネージし、新しい組織体制を創り上げていくのか? という部分はぜひ読んで確かめてもらいたいところだ。起こりうる最悪の事態にオープンかつ誠実に対処し、恐怖心を消し「パラノイア楽観主義者」にこそ組織のリーダはなれ! という中心的なメッセージの他、正しい事実を明らかにする三つの問い、成功する交渉戦略一一のポイント、成功における四つの毒性の兆候など、ビジネンス書っぽい要素も適宜織り交ぜているので、組織の中で戦うビジネスヒューマンたちもぜひどうぞ。