基本読書

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能力者たちが跳梁跋扈するアジア都市を舞台にした、世界幻想文学大賞受賞のSFマフィア物──『翡翠城市』

翡翠城市(ひすいじょうし) (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5045)

翡翠城市(ひすいじょうし) (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5045)

この『翡翠城市』は、少ない作品数ながらも軒並み評価の高いフォンダ・リーによる、SFアジアンノワールとでもいうべき独特な雰囲気・舞台設定を持った作品である。巷では「二十一世紀版ゴッドファーザー✕魔術」と評判らしい(凄い評判だな)。

台湾のようなアジア的雰囲気を持つ架空の島を舞台に、マフィア/ギャング物をやる──だけではなく、さらにはそこに「翡翠」と呼ばれる身にまとうことで特別な能力を発揮できる特別な天然資源があって、対立する二大組織の戦闘員は翡翠を身にまとってまるでカンフー映画のように殺し合い──、と西洋と東洋が入り混じったような世界観を作り上げている。で、おもしろいかどうかだが──能力✕マフィアで、しかもそれを丁寧に描きあげてくれたらそらおもいしろいでしょ、という出来だ。

実際は「丁寧に」というところが難しいのだけれども、ここがまた素晴らしい。「対立する組織があって怒鳴りあいながら雑に殺し合ってればいいんでしょ」みたいな、ガワだけ引っ張ってきたマフィア物ではなくて、しっかりとマフィア内の対立、地域社会との政治的駆け引き・関係性が描かれ、経済的基盤の組織間の争奪戦がしっかりとこの能力バトルの肝である「翡翠」の利権と関わって──と、単に能力物とマフィアを混ぜただけでなく、作品内できちんと結合させているのである。

世界観とか

というわけで、世界観などをざっと紹介してみよう。まず舞台となっているのは先に書いたようなアジア的な雰囲気を持つ架空の島であるケコン島。ここには翡翠という天然資源があって指輪などの形で身につけることによって〝怪力〟〝感知〟〝鋼鉄〟〝敏捷〟などの特別な能力を発揮することができる。字面からわかるかと思うが、基本的には身体強化系の能力であって、たとえば瞬間移動とか電気を溜め込んで相手を感電させるとか緋の眼になったら特質系能力者になるとかそういうことはない。

で、この翡翠を身に着けたら誰でもその力を得られるの? といえばそうではない。翡翠に触って能力を駆使できるのはこの島の先住民族であるアブケイ人だけで、それ以外の人間が翡翠に触ると、一時使えたようにみえても最終的には〝渇望〟と呼ばれる状態になって持ちこたえられなくなってしまう。ある意味ではそのおかげで、この能力の発露は基本的にこの島の内部に留められており、周辺の島々、国家からは「能力を駆使して殺し合う野蛮なケコン島のやつら」とみられているようである。

無論すべての人間が翡翠を身に着けられるわけでもなく、現在は主に〈無蜂会〉と呼ばれているファミリーと、〈山岳会〉と呼ばれているファミリーの大きく二つにわかれた組織の面々に集まっている。で、物語の中心は〈無蜂会〉の方で、新たに一家のリーダー的存在である〈柱〉に就任したコール・ラン、その右腕〈角〉にして弟のコール・ヒロ、さらにはその妹で、この家に嫌気がさして島から出ていったが祖父危篤の報を受けて帰ってきたコール・シェイらが中心となって描かれていく。

〈無蜂会〉も一枚岩の組織ではなく、コール・ランは平時のリーダーとしては有能でも荒事への対応力には疑問を抱かれており、コール・ヒロは翡翠を大量に操る武闘派ではあるものの政治力のない猪突猛進のバカで、コール・シェイは利発で物事をよく見、翡翠を操って人を殺す能力にも長ける生粋のギャング・スターだがそんな生活に嫌気がさしている──と、兄妹間でもお互いに性質と愛憎が相反している側面があり、それぞれの立場と視点からこの世界の様相を描き出していってくれるのである。

基本男社会なマフィア物だけど、翡翠の力を使いこなせれば皆殺しにすることも可能なのでその点もあわせて「精神的にも)強い」女性陣が描かれていくのも魅力。で、マフィア物なので二大組織間の対立があり、あいつらがこんなことをしたあんなことをした、カチ込んでやりましょうあにきぃ! みたいな流れがあって、半ば誤解、あるいは誤解させたい誘導のもと一気に大戦争へと流れ込んでいく──といった、わりと「あるある」な感じで進んでいくのだけれども、そのへんの描き込みも見事。

経済闘争的な側面

アブケイ人しか使えない翡翠だが、実は近年研究の進展によって外部の人間であってもシャインという薬を使うことで翡翠を扱えることがわかっている。ケコンでは禁止されているその薬物だが、ケコンも現在はグローバル社会の中に組み込まれていて、急速な近代化を遂げつつある状態である。そんなとき、シャインを拒絶するのではなくむしろ受け入れ、積極的に布教、売り払うことで世界に翡翠を資源として提供し、大金を手に入れようではないか──というのが〈山岳会〉の狙いなのである。

言っていることはもっともな話だが一方で〈無蜂会〉からしたら我慢ならねえ、と思うのも当然であり、この島の重要な資源、さらには翡翠の供給量を決めるという特別な利権の在り処をめぐって、ケコンの政治まで含めた根回しと戦闘に明け暮れることになる。この、能力の根源である資源の利権をめぐって二大組織が争う、というのが理由としても(シャインってほぼ麻薬だしね)筋が通っていておもしろい。

おわりに

ある種のマフィア/ギャング/ヤクザ物をみていて僕がぐっとくるのは、個人の気持ち、思いと組織の掟が相反する時に何を選ぶのか、という葛藤であったり、義兄弟や組織のために自分の身を犠牲にしてでも──という死と破滅へと向かう心持ちであったりといくつかポイントがあるんだけど、本作はそうしたポイントすべてが極めて高いレベルで全部取り揃えられているので、安心して読みすすめることができた。

あえて不満を書くとするなら、本作の能力は全部硬さとか、俊敏さとか、感知力であったりみたいな「基礎の人体能力を底上げする系」ばかりなので、戦闘バリエーションにかける感はある。もっとHUNTER×HUNTERばりにいろんな能力を出してほしい気もするけど、そうするとさすがに収拾つかなくなるかもわからんね。