基本読書

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アメリカ最古の辞書出版社における奮闘──『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』

2019年に、ウェブスター辞書に男や女を二分法で区別しない代名詞の「they」を追加するというニュースが飛び込んできて、日本でも少し話題になった。

僕は海外小説をよく読むから、この「they」をどのように日本語訳する、されるのかなど気になるトピックスである。そのときにアメリカ最古の辞書であるウェブスターのこと、それが英語辞典としては非常に有名な存在であることも知っていたので、中の人が辞書編纂について書いたこの本を見つけた時はすぐに飛びついたわけだ。

で、読んでみたらこれがめちゃくちゃにおもしろい! 日本の辞書編纂者の本なども読んだことがあるのである程度はこの仕事について知っているつもりでいたが、言語や文化が違えば違うなりの苦労があり、同時にその日々の生活、労力の語りがまたべらぼうにうまい、おもしろい。当たり前のように我々が享受している辞書が、どのような苦労のもとに成り立っているのか、英語の話だがこれを読めばしっかりと理解することができるだろう。その仕事は、一言で言えばめちゃくちゃに地味だ!

地味!!

辞書編纂者の仕事をつらつらと読んでいってまず思うのは「地味!!」ということだろう。何十万もの単語があるが、言語というものは流動的なもので意味も移り変わっていくから、辞書は改訂を重ねるたびにコツコツと用例や意味を捉え直さなければいけない。一つの単語を作るのにも、語源、最初の出典を調べ直し、複数の意味で使われていないか、いるとしたらどのような状況でか。「生きた」言葉として使われている事例の収集、用例もできるかぎり偏見がはまされず何年経っても用いられるような普遍性を持つようにシンプルかつ簡潔にして──とやることはいくらでもある。

辞書の改訂は場合によっては10年もの月日がかかるが、その間何もみな遊んでいるわけではないのである。彼らはこつこつと英語に向き合い続ける。最初の面接のときに、著者は「人づきあいは好きか」と探られたという。なぜなら、この仕事は人付き合いには一切期待できないからだ。『彼らは言葉のオタクであり、その人生の大半を、辞書の翻訳を執筆したり編集したりすることや、副詞について真剣に考えることに費やし、ゆっくりと、容赦なく視力を奪われていく。それが、辞書編集者だ。』

繁茂する英語

本書の構成としては、その仕事にまつわるエピソードや考え方について、「文法」や「語釈」「まともじゃない言葉」といったトピックごとに語られていく形になる。たとえば、「It's 繁茂する英語」の章では、次々と変化をし意味をふやしていく英語について。多くの人は、英語は品行方正なルールにのっとっていて、そこから外れるべきではないと考えている。だから、はずれたら、英語がわかっていないことになる。

たとえば、所有格のits(アポストロフィなし)とit's(アポストロフィあり)には明確な意味の違いがある。アポストロフィ有りはit isかit hasを略したものであり、そのどちらでもないならitsを使うべき。誰でも理解できる簡単なルールだ。単純で、間違えるはずがない。だが、本当にそうだろか? 英語の「's」は「所有」を表す。your's dog(あなたの犬)のように。つまり、it'sが所有格を表しても何の問題もないことになる。そして、実は歴史的にみるともともと"it"自体が所有代名詞だったのだ。

ここまでくるとシンプルなit'sがどんどんややこしくなってくる。it isを略したものであり、所有格であり、またもともとはitだったものがit'sに変化したものでもある。itsとit'sが別々のものとして区別され始めたのは19世紀ころだというが、実際に現代にいたっても所有格のit'sは定期的にみかけることができる。辞書編集者の仕事は、そうした用例をこつこつと拾い集め、長い変化の歴史と参照しあいながら「現代の英語」の用法として取り上げていくことだ。『もう一度言わせてほしい。文法学者や衒学者などが言うところの「標準英語」とは、その活用のほとんどが柔軟性に欠けた架空のプラトン的理想に基づいたひとつの方言にすぎない。だが彼らにとって「英語の優れた実践は時代とともに変化する」とは、呪いのごとき響きを持つ。』

これと同じような思想(標準英語的な)は日本語に対しても持っている人は多いだろう(日本語の誤用絶対許さないマンとか)。『英語とは「守るべき砦」だと思われがちだが、それよりも「子ども」だと考えたほうが、比喩としては的を射ている。』

語釈

個人的におもしろかったところを紹介すると、まずひとつは語釈についての章。単語の意味、用法の説明のことだが、おもしろかったのはこの章の中でも「辞書の改訂はどこからはじめるのか」について。普通に考えたら「A」からなんじゃないの? と思うのだが、実際にはH(あたり)から始まってZまでいって、その後AにもどってH(あたり)まで進んで、また真ん中のさらなる改訂に進むのだという。

なんで真ん中から? と思ったが、これは16世紀の辞書編集者からすでに行われていたという。どうも、Aから始めるとくじけてしまうがHからならコツをつかんでいけたという(A,B,C,Dだけで辞書の4分の1になる)。確かに、やってもやってもアルファベットが終わらなければくじけてしまうかもしれない。また、辞書がまともな批評対象になっていた時代、批評家は冒頭から目を通していただろう。

辞書の執筆には長い年月とスタイルの変更がかかるから、Aから読まれて徐々にスタイルが変わって突っ込まれるのをさけたい。Hから始めるなら、A〜Dはスタイルも決まった最後に書かれる部分だ──ということらしい。Kから読み始める批評家なんていないからだ。なんともせせこましい話だが、おもしろいではないか。

また別の章では、一つの単語に長大な時間をかける辞書編集者たちの会話が綴られる。オックスフォード英語辞典の担当者にたいして著者が「"take"」にひと月をかけたというと、相手は「”run”」を担当したといい、そこでかかった期間は──「9ヶ月」だったという。runと向き合い続ける9ヶ月というのは想像を絶するよね。

おわりに

辞書はある種の人々に権威を感じさせるから、時として言葉に意味を付け加えることがたいへんな攻撃を招きかねない。たとえば、著者らが"marriage"〈結婚〉に新しい意味──「同性の相手と、従来の結婚のような関係で結ばれた状態」を付け加えたときも、物凄く攻撃的なメールがサーバがパンクするほど届いたという。

攻撃するような人間にとっては実際の用法などどうでもよく、辞書がmarriageにその意味を付け加えたということは、「同性婚は可能だという宣言」であり、「同性婚を社会に定着させようとする勢力」にみえるのだろう。訳者あとがきによれば、著者は2018年には退職しているが(原書刊行時の2017年は在職)、三人称単数の「they」を収録することが決定された2019年、自身のツイッターで「"they"の三人称単数としての使用は700年前からある」と宣言し、いくつかの疑問に丁寧に答えている。


地味で、大変な仕事だが、同時にこの仕事の奥深さも十全に伝わってくる良書だ。