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テクノスリラーの傑作『アンドロメダ病原体』の正統続篇にして、ド直球のSFとして拡張してみせた快作──『アンドロメダ病原体-変異-』

テクノスリラー&SFの傑作マイケル・クライトンの出世作『アンドロメダ病原体』の、別の著者による正統的な続篇がこの『アンドロメダ病原体-変異-』である。

『アンドロメダ病原体』は架空の病原体をめぐる5日間の騒動を描いた小説である。通常の語りとは異なり事態の進行を客観的に記録した報告書のような体裁で、写真や図など具体的な資料が随所に挟み込まれている、特殊なスタイルの小説であった。この『変異』も、そうした小説上のスタイルをきちんと受け継いでいる。

とはいえ、元はマイケル・クライトンの出世作になったことからもわかる通り、科学面でのノンフィクション的な語りなど、氏のスタイルが色濃く出ている作品で、続篇とはいっても難しい面もあるんじゃないかなあ……昔あったコンテンツを現代に蘇らせること自体を目的としたような、無難な内容に終始しているんじゃねえかなあ……と杞憂しながら読み始めたのだけど、これがめちゃくちゃおもしろい! 上巻の時点で「おいおいおいおい」という感じだったのが、下巻になるともう「マジィ!?」みたいな拡張が二段、三段構えで待ち構えていて、ここまで前作の流れや構想を丁寧に引き継ぎながら、遠くまで飛躍させることができるとは……と感嘆してしまった。

病原体とついているが話題は病の話にとどまらず、ISSのような宇宙ステーションがメイン舞台の一つになることからもわかるとおりに宇宙SF、さらには(前作からの問いの引き継ぎとして)「なぜ地球外生命体を我々は見つけられないのか?」というフェルミのパラドックスを中心とした異種知性テーマまで絡まってきて、上巻を読み終えたときには想像もしないところまで連れて行ってもらうことができるだろう。

簡単に説明すれば前作『アンドロメダ病原体』は、正体不明の病原体「アンドロメダ因子」による人類絶滅の危機に4人の科学者たちが立ち向かってそれをなんとか制圧した──という物語だった。正当続篇とはいえ、前作から50年後の時代を舞台にしていて、血の繋がりなどはあっても前作の登場人物はほとんど出てこないし、過去何があったのかは丁寧に説明されるのでここから読み始めてまったく問題ない。

変異。

この続篇ではタイトルに「変異」と入っているように、かつて猛威をふるったアンドロメダ因子が残存していて、それがさらに変異して現れた──という状況から幕を開ける。それをいち早く察知したのは〈永遠の不寝番〉計画と呼ばれる一連の監視計画だ。何しろ人類を破滅させかけた病原体なので、いったん制圧してめでたしめでたしにはならない。それと同種の事態が起こらないよう、監視する必要がある。

そんな彼らが、ある時ジャングルの奥地で謎の六角柱形の構造物を発見する。周辺には、かつてアンドロメダ因子として恐れられた微粒子と同じ組成のなにかが形成されていて、近寄った人間はすべて死んでいる。そのうえ、構造物は徐々に巨大化しているようにみえる……。明らかにアンドロメダ事件の再来なのだ。『たったいま、〈永遠の不寝番〉計画は所定の目的を果たした。この部屋におけるわれわれの仕事は完了だ。今後、どのような職務に任じられるのであれ、諸君の健闘を祈っている。』

即座に対策・調査チームが発足。各分野の科学的な知識を持つ専門家が集められるが、そのうちに一人、大将によってねじこまれた人間がいた。第一次アンドロメダ事件に関与した博士の息子であり、名をジェイムズ・ストーンという。本職はロボット工学者であり(著者であるダニエル・H・ウィルソンもまたロボット工学の博士号持ちでそれを活かした小説を多数執筆している)、セキュリティ的な観点からも今回は適切ではないのではと止められるのだけど、スターン大将が「ちょっとした閃き」を理由にその反対を押し切ってチームに加える場面の報告書の締めの文がかっこいい。

ワシントンDCに拠点を置く〈ノヴァ・アメリカ〉シンクタンクの控えめな推計によれば、スターンのこの”ちょっとした閃き”が救った人命は、三十億から四十億にのぼるとみられる。

それと同時に動き出し、物語の舞台になるのが宇宙に浮かぶ国際宇宙ステーションのISSだ。宇宙飛行士にしてナノロボット・ナノ生物学の専門家であるソフィー・クラインの元に、同じくスターン大将から秘匿通信が入る。スターンは、アマゾンの中心に構造体が出現したこと、またそれが中国の軌道上実験モジュールである天宮1号が落下したことに起因するのではないか(天宮1号は実際に地球に落下している)という仮説を提示し、クラインに向かって軌道上からの調査を命じる。

どこからやってきたのか。

天宮1号の実験によって発生したにせよ、大本のアンドロメダ因子はそもそも地球外、異種知性からやってきたものなのではないかと前作から繰り返し問いかけられていた。そうであるならば、それはいったいなぜ、どのような目的で地球に現れたものなのか。そうした異種知性体の意図をめぐる問答も本作の中では繰り返されていく。

「クライン博士のいったことが真実で、今回の特異体が攻撃だとすると、オリジナルのアンドロメダ因子は、何千年ものあいだ大気中にただよっていたことになる。おそらくは、何百万年も知性を持った生物が地球に出現する以前から、その発展を阻害する罠として、悠久のむかしから仕掛けられていたのだとしたら、なんとも忍耐強いしろものじゃないか。ひとたび始動すれば、アンドロメダ因子は樹脂を分解するタイプに進化し、それは宇宙飛行に不可欠の合成樹脂を分解する。ゆえに、知性生物を惑星の外に出さず、地表に封じ込めておくことができる。ここまでは正しいかな?」

はたしてこれは攻撃なのか、それともただの異種知性の繁殖にあたるのか、また別の何かなのか。時をますごとに謎の構造体はどんどんエネルギーを取り込んで巨大化し、地球上の全生命におけるタイムリミットが近づいていく──といったところで下巻にすら至っていないので、その真相は実際に読んで確かめてみて欲しいところ。

おわりに

僕が個人的に一番好きだった要素は、ISS側で暗躍するソフィー・クラインの描写だった。筋肉が萎縮する難病に侵され、歩行能力を奪われた彼女がその障壁を乗り越えるための手段としてそれが不利にならない宇宙飛行士という職業を選んだのだけれども、そうした彼女の「障壁を乗り越えることへの異常な執念」が上巻を読んでいたときには思ってもみなかった方向へと下巻で物語を導いていて、しびれるんだよねえ!

天宮1号が落下した実在の事件を作中で発端として取り込んでいたり、現実の宇宙開発のあれやこれやが作中にうまいこと取り込まれていくハードSF的な手付きは『火星の人』っぽいといえるかもしれない。

アンドロメダ病原体〔新装版〕

アンドロメダ病原体〔新装版〕