基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

続きがでなくて悲しかった最近のSFたち

25日発売のSFマガジン2020年10月号、ハヤカワ文庫SF50周年号で、50周年を記念して渡邊利道さん、鳴庭真人さんと僕の3人で座談会をやっています。

SFマガジン 2020年 10 月号

SFマガジン 2020年 10 月号

  • 発売日: 2020/08/25
  • メディア: 雑誌
あまり明確なテーマはなくざっくばらんに最近のハヤカワ文庫SFや創元SF文庫について話そう、といったかんじで楽しく話したんですが、その座談会に備えて近年(5年ぐらい)のラインナップを見返したり、どのジャンルが何冊ぐらい出ているのかを数えていたら、「そういえばこれ続きが結局出なかったな……」とか、「というかなんで出なかったんだよ!!」と怨念が蘇ってきたので、供養代わりに記事にしようかと思います。ちなみに早川の編集さんにはその場で続きを出せ! といってます。

ラメズ・ナム『ネクサス(上・下)』

ネクサス(上) (ハヤカワ文庫SF)

ネクサス(上) (ハヤカワ文庫SF)

今回の座談会でこの作品の話だけはして帰ろうと思っていた筆頭。マイクロソフトで長年仕事をし、15年ぐらい前の著作だがノンフィクションにも『超人類へ! バイオとサイボーグ技術がひらく衝撃の近未来社会』、『The Infinite Resource: The Power of Ideas on a Finite Planet.』(2013)といった著作がある、ゴリゴリの最先端テクノロジーの識者によるポストヒューマンSFがこの『ネクサス』である。

体内に取り入れたナノ構造物によって他者の脳と通信することができる「ネクサス」など無数の世界を変革するような技術が生まれている2040年のアメリカを舞台に、テクノロジーによる人体改変・知能増強といった変化を受け入れる勢力と、なんとしてもそうした変化をせき止めたい勢力の争いが描き出されていく(ネクサスも規制されている)。この作品、とにかく未来のテクノロジー描写の広範さと緻密さがとんでもなく、中心にあるテーマ性は「進歩の陣営につくか、停滞の陣営につくか!」という古来からあるシンプルなものなのだけれども、魅せ方がうまくて最高なのだ。

体内に取り込んだネクサスをOSとして活用することで人体の制御を可能にし、「明鏡止水」アプリを使って感情から発汗をコントロール、「ブルース・リー」アプリを使って敵の認定・攻撃・防御をほぼオートマティックでこなすなど、ケレン味も抜群。この年最高のSFといってもいいぐらいの内容だったうえに観測範囲ないでは評判も上々だったのに、三部作の続きはでなかった。残りは『Crux』と『Apex』で、特に第三部の『Apex』はフィリップ・K・ディック賞もとったんだけどね……。

何が悔しいって、こういうポスト・トランスヒューマン物でド真ん中からテクノロジーの進歩と停滞を扱うような作品って近年翻訳されないし日本でも書き手が少ないので、『ネクサス』の続きが出なかったと言うよりも、「この路線」それ自体が丸ごと勢いがない・求められていないように感じられて、そうした総体的な観点から『ネクサス』の続きが出ないのは悲しいのである。ちなみに、続篇がどのような理由でまだ刊行されていないのか(僕は)知らないので、出る可能性はあるのかもしれない。

ジョーン・スロンチェフスキ『軌道学園都市フロンテラ(上・下)』

『ネクサス』と同じぐらい続きが出なくて悲しかったのが、創元SF文庫から刊行されたジェーン・スロンチェフスキの『軌道学園都市フロンテラ』だ。ただこちらはすっかり勘違いしていたのだが、今回調べていたら続きが出なかったのではなくて、続篇はもとから構想だけあり、著者が書いていないだけだった。本作自体著者の11年ぶりの作品なので、まだ出るかもしれない。

これも系統としては『ネクサス』と近くて、著者は現役で大学の微生物学教授の研究者で、ゴリッゴリに未来のテクノロジーの描写をこれでもかというほど敷き詰めていく。書名に入っているように軌道上に存在する学園都市を舞台にしたジュブナイルSFである。『太平洋上を宇宙エレベータが炭疽菌ケーブルを伝って上昇していた。』というような一文から始まって、トイ・ボックスと呼ばれる攻殻機動隊でいうところの脳と直結した電脳空間・ネットワークみたいなものを使っており、話すのが苦手な人はそれでテキストメッセージを誰にでも送って会話することもできるし、そこで授業を受けることも、装飾をすることもなんでもできる。3Dプリンタ技術が発展していて、軌道学園都市に何でもかんでも物を運ぶわけにはいかないから、家でも衣服でもほとんどのものは3Dプリンタで出力するなど、未来の生活が丹念に描かれていく。

紫外線を吸収し青酸ガスを吐くウルトラ・ファイトという地球外生命体の描写も著者の専門が活かされているのか異常に細かく、遺伝子操作を受けていない普通人と遺伝子コントロールを受けた人間=エリートの確執、環境悪化していく地球と、理想郷として作られたフロンテラの脆弱性=軌道都市の脆弱性、誰もが電脳で繋がっている単一ネットワーク故の極端な脆弱性、政治・選挙を通した理想社会の実現手法について、愚かさは病気なのか、病気だとしたらそれは治療されるべきものなのか、と未来に起こり得る、無数のジレンマに関する問いかけがなされているのが最大の魅力だ。

この小説、決してよく出来ているわけでもなければ評判がいいわけでもない。とにかく情報は過剰であり、テーマは複数のものが走りすぎ、一言でいえばワチャワチャしすぎている。だが、そういう本筋から外れていてもいいからとにかくテクノロジー関連の描写や計算をしてくれと思うような僕のようなタイプの人間にはガン刺さりだ。

マイケル・R・ヒックス 『女帝の名のもとに-ファースト・コンタクト』

ミリタリーSF系統は大量にシリーズが始まって人気が出なければすぐ出なくなるので、消えていったシリーズは数多く「また駄目だったか〜」ぐらいでショックに思うこともないんだけど、この『女帝の名のもとに』はめちゃくちゃおもしろくて近年最大の当たりだったのに続きが出なかったので記憶に残っている。

人類が植民可能な惑星を探して宇宙を探求していたら、初の異星の知的生命体と遭遇。だが、接触した異星人は艦内に乗り込み持ち込んだ剣で突如切りかかってくる戦闘狂で、闘い、死ぬことに栄誉を感じる日本のかつての武士みたいな価値観を有するクレイジーな存在だった! といって艦内での白兵戦(太極拳の使い手や、ボクサー、剣の達人だった祖父から受け継いだカタナで戦うイチローなどヤバいやつがいっぱい出てくる)が繰り広げられる作品でその異常性がおもしろかったのだが。

その他

この5年ぐらいのSFに絞って話をしたが、何を一番待ち望んでいるのかと言えば秋山瑞人の『E.G.コンバット』最終巻だし、ハンヌ・ライアニエミによるジャン・ル・フランブールシリーズも『量子怪盗』、『複成王子』の後『The Causal Angel』が出てなくてずっと待っている。たぶん、ラノベまで含めて思い出そうとしたら10や20じゃおさまらないだろうな。

書いていて思い出したけどマーク・ホダーによる大作スチームパンクシリーズの《大英帝国蒸気奇譚》も超おもしろくて、最初の三部作は東京創元社が刊行してくれたけど、そのあと原書ではシリーズ第二期にあたる新三部作がはじまっていて、そっちはさすがに出てないのも悲しかったな。著者が書けなかったとかならしょうがないと諦めもつくのだけど、商業上の理由により刊行が止まると(大英帝国が商業上どうだったのか知らないけど)、「そのサブジャンルそのもの」自体が避けられがちにあるから、そういう意味でも悲しいのであった。みなそういう悲しみを抱えているだろう。