基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

2020年に刊行され、おもしろかったノンフィクションを振り返る

2020年ももうすぐ終わるので、読んでおもしろかったノンフィクションを振り返っていこうかと。今年はまるっと本の雑誌でノンフィクションの新刊ガイドを担当しており、例年よりもたくさん読んだような、あまり変わらないような。とはいえ、おもしろいノンフィクションには山ほど出会ったので、思い出しながら書いていく。

まずは科学系から!

科学系のノンフィクションの中で最もおもしろかったのはなにかといえば、デビッド・A・シンクレア、マシュー・D・ラプラントによる『LIFESPAN 老いなき世界』になる。シンクレアは老化の原因と若返りの方法に関する世界的な権威で、老化は克服できる病であり、克服すべきだ、とこの本の中で強烈に主張している。ほとんどすべての病気は老化の結果としてあらわれるのであって、老化をなんとかできるのであれば人は病気にならないし、健康なまま歳をとっていける、というのだ。

そうした老化のメカニズムの科学的な話もおもしろいのだけれども、シンクレアは老化関連の分野で企業を10社以上共同創業している実業家としての側面も併せ持つ人間で、じゃあ我々はどうすれば自分の老いを克服できるわけ? という気になるところにもバシッと答えてくれているのがおもしろいところ。長く生きるだけでなく「健康に」長生きするためにはどうすればいいのか、気になる人は読んでおくといい。

続いて超おもしろかったのが、マイケル・ポーラン『幻覚剤は役に立つのか』。近年、LSDなどの原作作用を持つ薬物が、ガンの末期患者らの精神的苦痛に対処するためなど、医療のための研究対象として注目を浴びている。幻覚剤を投与した時に人の脳内では何が起こっているのか──本書では、そうした神経科学的な理屈を紹介するだけでなく、著者自身も3種類の幻覚剤を体験しレポートを書き起こしている。いつも思うのだが、人の幻覚剤体験っておもしろいんだよね。本書でも著者はあまりに楽しそうにラリっているので、これを読んで幻覚剤に興味を持たずにいるのは難しい。現代の諸問題を考えるうえでインパクトが大きかったのは、ダリル・ブリッカー、ジョン・イビットソン『2050年 世界人口大減少』。書名の通り、このまま行くと2050年には世界の人口が減少に転じ、戻ることはないことを示した一冊だ。ますます高度な技能が人間の仕事に求められるこれからの社会においては、かつて子供を産めば産むだけ労働力になった時代と違って、高いコストをかけて教育を受けさせなければならないので子供は負債となり、その数は必然的に減る。経済も環境も人口にかかっているので、人口についての未来予測は非常に重要である。文藝春秋繋がりでもう一冊、ローン・フランク『闇の脳科学 「完全な人間」をつくる』も最高のノンフィクション。脳に直接電気刺激を与えて、うつや統合失調を治し、同性愛者を異性愛者に変えて世間から猛批判を喰らって消えていったロバート・ガルブレイス・ヒースの生涯とその研究の意味を問い直す一冊だ。脳に電気刺激を与える治療は現代では一般に用いられるようになったが、ヒースがやったことはその先駆けだった。この技術は、単なる治療にとどまらず、報酬系の中心部である側坐核に電気刺激を与えて自分の幸福度を自分で決められるようにするべきなのか、人間の行動はどこまで制御されるべきなのか、という問いかけにも繋がってくる。科学といえば抑えておきたいのがライアン・ノース『ゼロからつくる科学文明 タイムトラベラーのためのサバイバルガイド』。もしあなたが過去にタイムトラベルして、装置が動かなくなってそこに取り残されてしまったらどのように科学文明を再建すればいいのか? をテーマにした一冊だ。言語のつくり方、水車、蒸気機関、セメントのつくり方……とページをめくるごとにより複雑な物の仕組みを解き明かし、リアル『Dr.STONE』が堪能できる。図も豊富で、ぱらぱらとめくるだけでもかなり楽しい。『この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた 』とあわせてどうぞ。

他、生命、都市、経済に存在するスケールについての普遍的な法則を導き出そうとする『スケール 生命、都市、経済をめぐる普遍的法則』。人の色に関する知覚がどのように成し遂げられているのか、そこに正常と異常の線引をすることができるのかを描き出していく、色覚異常についての川端裕人『「色のふしぎ」と不思議な社会 2020年代の「色覚」原論』。全身麻酔で死ぬ確率、スカイダイビングで死ぬ確率、レントゲンをとった時のリスクなど、人生のあらゆる局面の死亡率を統計から導き出してくれる『もうダメかも──死ぬ確率の統計学』あたりもおもしろかった。

「色のふしぎ」と不思議な社会 ――2020年代の「色覚」原論 (単行本)

「色のふしぎ」と不思議な社会 ――2020年代の「色覚」原論 (単行本)

  • 作者:裕人, 川端
  • 発売日: 2020/10/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

科学以外について!

科学書以外で最もおもしろかったのはデヴィッド・グレーバー『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』。「被雇用者本人でさえ正当化することが困難なほど無意味で不必要な仕事」のことをブルシット・ジョブと定義し、それがどれだけ社会に溢れているかを解説していく一冊だが、本書が日本で刊行された直後にデヴィッド・グレーバーが亡くなってしまった、という意味でも強烈に記憶に残っている。

イギリスの世論調査によれば、あなたの仕事は世の中に意味のある貢献をしていると思いますか? という問いにたいして、37%もの人が「していない」と回答したという。そう答えたとしても実際にはなくなられちゃ困る仕事も多いと思うが、仮に40%もの仕事がこの世から消えてしまったとして何の問題もなく社会が回るのであれば、やりようによっては我々は週20時間労働ですむ社会に移行できるのではないか。実証的には甘い面のある本だが、労働について考え直すためにも重要な一冊だ。

経済系で最も感銘を受けたのはアビジット・V・バナジー、エステル・デュフロ『絶望を希望に変える経済学 社会の重大問題をどう解決するか』。経済の問題は今では複雑になりすぎた。経済学者の間でも意見の割れるテーマも多々あり、市民の多くは経済学者に対する信頼を失いつつある。本書ではあらためて、経済学で何が分かっていて何がわからないのか、移民や貿易の問題を通して解説し、信頼を取り戻そうという試みが行われている。さらに、不安と不安定な時代における社会政策は、生活困難に陥った人々の尊厳を守ることを目標にしなければ、といって、「誰もが希望を持てる」社会をつくるための経済学の活用方法とはなにかを模索していく。

現代は、僕は「尊厳」が失われつつある時代であると思う。仕事はどんどん複雑になり、要求される水準は高くなり、「お前は社会にいらないよ」といつも言われているような気がする。仮に本当にそうであったとしても、尊厳が傷つけられたままでは人は幸福には生きづらい。この本はそこをテーマにしてくれていたので、個人的に記憶に残っていた、というのもある。同じテーマは、2020年に邦訳されたジャロン・ラニアー『万物創生をはじめよう――私的VR事始』にも通底している。

話を戻して、今年一番衝撃を受けたノンフィクションはタラ・ウェストーバーによる回顧録『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』だった。大学に入って人生変わるなんて当然だろ、と思いながら読み始めたのだけど、著者の家庭は、両親がモルモン教原理主義者で、太陽を当てれば病気は治るという色々なホメオパシーの信奉者、そして本気で世界に終末が訪れると信じている終末論者で反政府主義者でもあり……と、どんな信念を持とうが自由とはいえ、ちょっと行きすぎな場所だったのだ。

そんな状況から、彼女はモルモン教徒らが通う大学に進学し(それ以前はまったく学校にいっていなかった)教育を受けることで、無教養にもとづく教えによって、いかに自分の歪んだ考えが形作られていたのかを理解していく。教育がどれほど人を変えうるのか、そして、それでも変わらないものについてまざまざと実感させてくれる。

20年はアメリカ大統領選も話題になったが、アリ・バーマン『投票権をわれらに:選挙制度をめぐるアメリカの新たな闘い』はそれがいかに差別にまみれた過程なのか、その歴史と現在を明らかにした一冊だ。かつて奴隷には選挙権などなかった。南北戦争を経て、奴隷制が廃止され、肌の色や人種で投票権に関する制限があってはならないことを示す憲法が採択されたが、明確には違反せずとも実質的に黒人を排除する州法が制定され(たとえば、識字テストを課したり)、事実上投票権は奪われていく。

2000年になっても、フロリダ州は重罪犯とされる6万人を有権者名簿から抹消させたが、フロリダ州の登録有権者のうち黒人は15%しかいないのに抹消名簿には44%もいたり、登録名簿にある氏名が州の重罪犯人データベースにある氏名と70%一致しているだけで抹消名簿に加えられていたり、明らかに無茶苦茶な運用だった。こんなことが近年にいたっても起こっているのだ。

おわりに

と、いろいろあげてきたが、どれもおもしろい本ばかりなので、外に出にくい年末年始に読む本を探していたら、参考にしてもらえれば幸いである。