元素創造の挑戦がなぜ93番という中途半端な数字からはじまっているのかといえば、このあたりの元素はほぼ自然界には存在せず、ほとんどの科学者にすら縁もなく、原子炉や加速器を持つ一部のラボだけが扱える領域だからで、ようは存在させるために相当な労力がかかる領域なのである。特に104番以降は、半減期が早すぎて、なんとか作り出しても数秒で消えてしまうものもある。何かに利用することも難しい。
正直、そんな元素創造の話なんか結局のところがんばって加速器で中性子をぶつけたりして地道に検証するだけでしょ? そんな話が連続して本としておもしろくなるのかな、と疑問に思いながら読み始めたのだけど、いやはやこれが思ったよりもずっとおもしろい! 元素をはじめに作ったラボには命名権が与えられるから、米ソ冷戦時には宇宙開発のような国家威信をかけた壮絶なバトルが繰り広げられている。
その長い戦いの中には日本が顔を出すこともある(理化学研究所が発見した113番元素の名前はニホニウムだが、これも熾烈な競争の果てに日本が一歩先んじた形になる)。何を持って新元素を「発見」「創造」したと定義できるのかも観測技術の限界の問題でなかなか難しく、うちが最初! いやうちが! と泥沼の言い争いになることも多い──と、元素創造の物語はドラマ性に満ちあふれているのだ。
そもそも元素ってどうやって作るのか?
元素をつくるといっているがそもそも元素ってどうやって作るのか? 元素の種類は陽子の数によって決まる。一個なら水素で、二個ならヘリウムだ。陽子は正の電荷を持ちお互いに反発し合うが、核内には陽子の他に電荷を持たない中性子も存在し、これのおかげでばらばらにならず安定した構造を保持することができる。
陽子の数で元素の種類が決まるということは、つまり人為的に陽子の数を増やしてやれば原子番号の多い元素が作れることになる。しかしどうやって? 最初に元素創造への道筋をつけたのはフェルミである。彼の研究所は電荷をもたない中性子を元素にぶつけることで核のど真ん中に入って不安定化させるのではないかと考え、原子番号の低い順に中性子を打ち込んでいった。最初の方の元素では何も起こらない。
だが、元素が重くなり、当時知られていた最重元素92番のウランでは、核が中性子を取り込み、中性子の一つが「陽子+電子」に変身するベータ壊変が起こることで陽子数が増え、そこに残った元素の性質が既存のものと合致しなかったことから93番とついでに94番の元素を作ったとフェルミは宣言した。フェルミはこの功績でノーベル物理学賞をとるのだが、後の再現で実際にはフェルミが見つけたのは新元素とはいえないことが判明した。これは後の新元素合成でもずっと付きまとう問題だが、誰ひとり見たこともないものを扱うので、それが本当に新元素なのか、判定が難しいのだ。
新元素合成のために中性子をぶつけるのはいいのだが、クーロン障壁(正電荷の反発)を破るためにはかなり大きいエネルギーをぶつけなければならず、一方でエネルギーが大きすぎると今度は逆に核が壊れてしまうというジレンマがある。重要なのはこのフェルミの元素合成検証の過程で「核分裂」の概念が生まれたことだ。
新元素が作れることはたしかであり、フェルミを起点とし原子爆弾の時代と新元素合成レースがスタートすることになる。ちなみに93番のネプツニウムは1940年、粒子加速器を使って米国のマクミランらが合成・発見。94番のプルトニウムは93番ネプツニウムがベータ壊変を起こして変化するのを確かめ、これも続いて発見。プルトニウムが核分裂するスピードがウランよりも1.7倍大きかったことから、原爆開発の速度が加速していくことになる。元素の創造の歴史は、初期は戦争と密接に関わっている。
冷戦や元素
基本的に新しい元素を作るには既存の重い元素にアルファ粒子などをすごいエネルギーでぶつけて原子番号を増やしていくだけなので、手法が確立されれば100番のフェルミウムあたりまでは調子よく確認されていく。問題は、より重い元素だ。
たとえば101番元素を作るために99番元素アインスタイニウムを作ろうとしても、作るのが大変なので量を確保できない。そのうえ、アンスタイニウム253の半減期は3週間。もたもたしてると消えてしまう。仮に101番元素ができたとしても、その半減期は数分〜数十分と予測されていた。一回の衝突で原子一個しかできず、時間と検出技術の戦いになってくる。そんな時期に米ソの冷戦が元素分野でも起こる。それまで有利だったのは米国だが、ソ連が負けじと元素創造レースに積極的に乗り込む。
作るのも難しく、確かに新元素ができたのだという測定・検出も難しい。102番元素に関してはスウェーデン、米国、ソ連の三つ巴状態だったが、スウェーデンはおそらく作れていたが検出技術が未熟で真相はわからず、米国は最後の詰めでデータ処理をミスり、ソ連が最終的には102番ついでに104番の証拠を最初につかんだ。『モノが目に見える100番まで(おそらく101番まで)なら、「誰が何を見つけたか」に争いの余地はない。しかし102〜108番については、万事が論争のネタになってしまう。』
検出したといっても米国とソ連はお互いが自分が先だといい、観測した半減期も両者異なるなど論争はぐちゃぐちゃになっていく。原子番号と名前もお互いに勝手につけるので、米国は102ノーベリウム、103ローレンシウム、104ラザホージウムと載せていたがソ連はジョリオチウム、ラザホージウム、クルチャトビウムと載せていた。
難しいのは超重元素は半減期が短すぎて一瞬で消滅するところにある。102番フェルミウムは半減期100日、102番ノーベリウムが58分。これより重いと一番安定した同位体でも半減期は1秒を切る。一瞬で消えてしまうので見つけても役に立ちづらい。
「安定の島」と大海賊時代
だが、陽子や中性子の数が特定の数の時に核が安定化するという理論があり、それは超重元素の時でも変わらない=超重元素でありながらも半減期が長い安定した元素が作れるのではないかという推測に繋がってくる。この推測を原子核物理学の世界では「安定の島」と呼ぶ。それはきっと存在するといった科学者もいれば、そんなものはありえないと鼻で笑った科学者もいる。『病床の友シーボーグを見舞ったとき、五〇年前の賭けに負けたギオルソは、友に一〇〇ドルを手渡す。「安定の島」はあると確信し、ギオルソが鼻で笑った「島」にたどり着くのがシーボーグの夢だった。』
元素ハンターたちはこの「島」を探して動き始めるのだが、世はまさに大海賊時代である。彼らはハイテクの加速器を離れて、ローテクな足を使って調査に赴く。半減期が10億年とかいう可能性がありえるので、地球上で超新星や中性子星の残骸を探すことでこの安定の島の元素の痕跡を探し回ったのだ。地下深くの岩塩を調べるものあり、地下鉄のトンネル内を調査するものあり、6000年前の化石を探すものあり。
おわりに
そうした探索の結果や、検出技術の向上、ドイツや日本の元素ハンターへの参戦などこの後もトピックは盛り沢山なので、読んで確かめてもらいたい。いやはや、元素ハンターたちの物語がここまでドラマ性に富んでいるとは思わなかった。人間の醜さも現れているが、だからこそおもしろい。