基本読書

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最悪のことが起こった土地でも、自然は再生する──『人間がいなくなった後の自然』

この『人間がいなくなった後の自然』は、作家・ジャーナリストのカル・フリンが、原子炉事故や薬物汚染、地雷原に紛争に──と、数々の理由によって人間に打ち捨てられた地を訪れ、そこでどのように自然と動物が再生、あるいは変化してきたのかをとらえた一冊である。なぜそこが放棄されたのか、という歴史・科学的なエピソードが語られた後、著者がその地に足を踏み入れ、その風景が描写されていく。

旅の本であるともいえるし、放棄された土地で、どのような生物が再度根付き、どうやって自然と動物が再生・変化していったのかの科学的な描写は正確かつ適切な分量で、多数の文学作品やSF小説からイメージを引用しながら自然を描写する筆致はとにかく美しい──と、一冊で二度も三度もおいしい名著である。カラーの写真も多数掲載されていて、それ自体が廃墟写真集のような素晴らしさがあるのだが、文章による情景描写にはやはりそこからしか得られない栄養があるものだ。

たとえば下記は、トルコとキプロスの間で戦争が長年続き、緩衝地帯となって放棄されたキプロスの村を回っている最中の描写だが、その目線は素晴らしいものだ。

 この静かな谷間では、黄金の花粉が肌に薄く振りかかり、鳥たちのさえずりが響き渡り、戦争ははるか彼方のものであるように感じられる。太陽が薄い雲の間から暖かい光を放っている。海風が木々をなびかせる。セミは高く低く音階を奏でる。スズメや、背中と首は黒い色で腹部は灰みがかったピンク色をしたサバクヒタキなどの鳴き鳥たちは空を飛び回り、私の存在など気にも留めない。ツバメは道路を低空飛行し、こちらへまたあちらへと飛び去る。

この村では、20世紀には数十頭まで減少してしまったと見られていたムフロンという野生の羊が住み着き、誰も耕していない農地で草を食んでいた。その数は、緩衝地帯の広大な土地が新たな生息地となって、3000頭にまで回復したと考えられている。そして、こうした再生が起こっているのは、キプロスだけではないのだ。

キプロスの廃墟となった家屋。Amazon(https://www.amazon.co.jp/dp/4794226470)より写真引用

荒地

最初に紹介されていくのは、スコットランドの荒地である。1860年代から60年間にわたって、スコットランドは世界有数の石油産出国になった。その結果100を超える工場が稼働したのだが、石油を取り出すためにシェールを砕いて加熱する必要があったので、大量の廃棄物(石油10バレルにたいしてシェール6トン)が出た。

その廃棄物を捨てた場所は、積み重なって山になるのでボタ山などと呼ばれる。投棄される前に摂氏500度に加熱されていたものが集まっているので、最初は種子も胞子も何もない砂漠を形成する。しかし、そこからも自然は復活するのだ。風に運ばれたり、鳥によってまかれて、緑色のコケ(キゴケ)がはえ、キドニーベッチ、ホソバウンラン、ブルーベル、イエローラトル、ツメクサ、クワガタソウなどが出現する。

生き残りの数が多ければ多いほど、他のものたちが生きやすくなる。有機物が、腐葉土や枯れ木、藻類として蓄積され、次の世代のための堆肥として機能するからだ。そもそもボタ山の種は乏しかった。その後、さまざまな種が混じり合い入れ替わりながら、ボタ山の表面のあちこちで一進一退を繰り返したことだろう。(……)しかし時が経つにつれ、種は増加し、定着し始める。そして今、ボタ山はこの地域の生物多様性の記録保管所としての役割を果たすようになっている。

スコットランド、ウエスト・ロージアンにある廃棄物の山。Amazon(https://www.amazon.co.jp/dp/4794226470)から写真引用。

放射能汚染

放棄された土地ときいてまず思い浮かぶものの一つは核実験などによる放射能汚染だろう。その代表的な例のひとつがビキニ環礁での核実験だ。1954年のブラボー実験では広島原爆の7000倍以上の威力を持つ熱核爆弾が爆発した。

当然被害は絶大で、放射性降下物が降り注ぎ海底は汚染されどんな生物も存在しない荒地になった。しかし2008年、国際的な研究チームが調査した所、爆発で生じたクレーターの中には活発な水中生態系が形成されていたのだ。依然環境は汚染され、この島の地下水とココナッツは人間が飲んだり食べたりするのには適していない。しかし、(以前よりも種は少ないものの)生物は戻ってきているのだ。そのうえ、人為的干渉が長らくなかったので、『魚の個体数は増え、サメはより豊富になり、サンゴはさらに美しく成長した』『残り火の中から豊かな生命がよみがえった』

著者は原子力発電所事故が起こったチェルノブイリにも向かっていて、そこも豊かな生態系が復活している。ソ連全土で減少していたビーバー、ワシミミズクなどの種が数を増やし、オオカミは7倍に増え、2014年にはヒグマが100年ぶりに目撃された。現地の動物たちは放射能汚染は大丈夫なの? と疑問に思うかもしれないが、どちらともいえない。セシウム137とストロンチウム90という放射性核種はどちらも半減期が30年で、植物に取り込まれやすいので、食物連鎖を経て体内に取り込まれる。

そのため、この地域の動植物は放射性物質に汚染されているのだが、放射線の被ばくの半分以上は内部被ばくで、ある程度は排泄物などと一緒に体外に排泄されるので、そこで暮らす動植物たちは致命的なダメージは受けていないという。この地域の産物の多くを人間が食べるのは当然ながら推奨されないけれども。

他、魅力的なエピソードたち

他にも魅力的なエピソードは多い。個人的におもしろかったのが、ウィスコンシン州のチペワ族とスー族の戦争についてのエピソード。1750年から100年の間、この二つの部族は常に戦争状態で、10万平方キロメートルに及ぶ緩衝地帯が形成されていた。

その緩衝地帯で狩猟するものがいなくなると、野生動物の数は回復する。そうすると今度は部族の食事が安定するので、寛大な心でほか部族と接することができるようになる。すると何が起こるのか? 部族間で休戦の条約が結ばれ、緩衝地帯で狩猟が再開される。そうすると獲物の数が減少し、飢餓が発生して、資源をめぐる争いが再開する。それがこの地で100年にも及ぶ戦争を継続させた原動力であったのだ。

おわりに

日本は少子化が進む一方で今後地方から人は消え、放棄される村も増えていくだろう。そして、それは日本に限った話ではない。世界的に人口は減少へ向かいつつあり、一度増えた人口を賄うためにあつらえられた家々や農地、コミュニティは、空き家、廃墟となっていく。それは寂しい光景ではあるのだが、同時にそこは本書で語られてきたような、生命の再生と誕生の場になってくれるのかもしれない。

実際、世界的に森林伐採は深刻な問題ではあるが、35年間におよぶ衛星画像に基づく大規模な調査(18年『ネイチャー』誌に掲載)によると、世界の森林被覆は1982年以来、約7%増加しているという。『全体として、世界の森林の三分の二以上が今、「自然再生」されていると考えられている。これは、死んだものとして見捨てた土地に、キリストのような復活、ラザロのような蘇生が起こったということである。』

だからといって森を丸裸にしていいんだー! というわけではないのだが、人が減っていく世界には、生態学的な希望があるという話である。人間にとっては荒地や廃墟にしか見えない場所でも、そこは、そうであるからこそ生態学的には重要な場所になるのだから。今年詠んだ中でもベスト級におもしろい本であった。