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なぜ年をとるほど時間は速くなるのか?──『WHY TIME FLIES:なぜ時間は飛ぶように過ぎるのか』

これを書いているのは11月22日だが、あと一週間ちょっとしたら12月、すぐに2022年がやってくる。この1年をあっという間に感じた人もいるだろうし、長かったなあと振り返る人もいるだろう。時間の感じ方は人によって異なり、若いときほど時間の流れはゆっくりで、年をとればとるほど速くなるとはよく言われるところである。

本書『WHY TIME FLIES』は、そうした時間の謎について書かれた一冊だ。歳をとると時間の感じ方が早くなるのは本当なのか? 「時間を感じる」のは脳のどの部分のおかげなのか? 人間以外の動物は時間を認識しているのか? など、人のみならずラットやシアノバクテリアといった他動物の時間感覚まで射程を広げている。

著者のアランバー・ディックは研究者ではなく、ニューヨーク・タイムズのシニア・スタッフエディターということだが、動物の時間感覚を研究する調査にたびたび同行したり、人の時間感覚のいくつもの研究において自らが被験者となっていたりと様々な経験をつんでいて、実体験も豊富なので、情報量は多い。僕も時間系のノンフィクションは読んでいる方だが、はじめて知る情報も多く非常におもしろかった。

本当に年をとるほど時間の感じ方は速くなるのか?

年をとるほど時間の感じ方が速くなるというのは定説のようになっているし、実際それを裏付ける研究も多数ある。たとえば平均年齢20歳と平均年齢44歳の集団31人を集めて、その時点での時間の過ぎる速さは「現在の年齢の半分の頃」と「4分の1の頃」の時期に比べて速くなったか遅くなったかを推定するように求めた調査がある。

そこでは、ほぼ全員が過去のどちらの時期と比べても今の方が時間が速く過ぎると答えた。別の実験では、平均年齢29歳の集団に同じ設問をすると、74%が若かった頃は時間が(今よりも)ゆっくり過ぎたと答えた。同様の実験はいくつも行われている。

この結果だけみると年をとると時間は速くなるようだとなりそうなものだが、これは「記憶の単純化によるもので、実際には(時間の感じ方は)速くならない」という説もある。ようは、若ければ若いほど新規で物珍しい体験が多く、年をとればとるほどすでに一度経験したことのあるお決まりのパターンばかりの生活になるので、年をとると過去を振り返った時に記憶が単純化され時間が速く過ぎ去ったと錯覚するのだと。

もともと僕もこの説にそうだよねと思っていたのだが、本書では否定的に書かれている。『記憶を主な要素とするこれらの説明には、「人が年をとるほど、生活が記憶に残りにくいものになっていく」という想定が織り込まれている。しかし、それが真実だというエビデンスはほとんどなく、一般的な経験はその逆のように思われる。』。自分が初めて自転車に乗った頃のことは覚えていないが、数年前6歳の息子が自転車に乗れるようになった日のことは鮮明に覚えていると。そう言われればそうだ。

記憶の単純化にエビデンスがないんだとしたら、じゃあやっぱり年をとると時間の流れは実際に速くなるんだ! といえるのかといえば、本書ではこれも否定されている。『「年をとるほど、なぜ時間が速くなるか」という謎のもっと簡単な説明がもう一つある。実はそうではない、という説だ。確かにそれはそうだ。現実には、時間は年齢とともに速くなったりはしない。それは印象にすぎない。』

どうして印象だと否定できるのか? たとえば、数多くの実験で「若かった頃は時間が過ぎるのがゆっくりに感じられた」と3分の2以上(68〜82%)の被験者が答える。しかし、これが正しいのであれば、被験者が年をとればとるほど以前よりも時間が速く過ぎると答える人の数は増え、その速度も増し、勾配がみられるはずである。

だが、どの年齢層に対して質問を行おうが、一貫して同じ割合の3分の2が若かった頃より今の方が時間が速くすぎると回答するのだ。いくつかの実験では10代から90代までの年齢層を集め、時間の速さの-2(非常に遅い)から+2(非常に速い)までの段階を用意して質問しているが(1時間、先週、先月、去年、10年といった期間ごとに)、やはり全年齢層で+1(速い)が平均の回答であった。年齢が増えても速度は増していない。

身も蓋もないが、時間が速くなっていると回答した人たちは日々を忙しく活動的に過ごしていて、逆に遅くなっていると回答した人達はうつ病の徴候を示すとする研究もある。『「年をとると、時間が必ずしも速くなるわけではない」と研究者たちは書き、「むしろ時間は人の心理学的な幸福度とともに加速する」と結論づけている。』

ヒト以外の時間間隔

個人的におもしろかったのは、ヒト以外の時間感覚の話だ。ヒトには体内時計があって、なんとなく30分経ったかな、とか1時間経ったかな、とわかる。で、この感覚はヒト以外の動物にも存在することが、だいぶ前からわかっている。

たとえばイヌは30分おきに餌を与え続けると、次の30分がくる頃に餌をもらえなくても唾液を出す。これはラットも同じで、10分待ってからレバーを押せば餌を与えるようにすると、10分たつ少し前からレバーを押し始めて、10分ちょうどで最も多く押す行動をとり、明らかに時間を把握している。餌を出さないと、10分を過ぎてもしばらく押し続けて、時間があくと諦める。これは、5分、10分、30分間隔でも確認されているという。アヒル、ハト、ウサギ、魚も、タイプは違うが同様の行動をみせる。

おもしろいのは、シアノバクテリアのような微生物にも24時間のリズムをはかる概日時計が存在するという事実だ。シアノバクテリアは数時間ごとに分裂して二つの新しい個体になるから、普通に考えたら概日時計が必要には思えない。だが、単細胞性シアノバクテリアは日中に光合成をして、夜間に窒素固定(大気中の窒素を吸収して、窒素化合物を作り出すこと)を行うといった一定のリズムを持っているのだ。

それを実現しているのはKaiA,KaiB,KaiCと命名された3つのタンパク質の相互作用で、これはシアノバクテリアが分裂するとき一緒に分裂し、継続してリズムを刻み続ける。なぜシアノバクテリアに概日時計が存在するのかだが、光合成をするシアノバクテリアが概日時計を持つ利益はたしかに大きい。また、オゾン層がまだなかった30〜40億年ほど前は、紫外線にさらされると細胞のDNAに損傷を受ける可能性が大きく、そこでも概日時計は役に立っていたのではないかという説がある。概日時計があれば、バクテリアは1日のうち危険の少ない時間帯に細胞分裂ができるからだ。

実際、シアノバクテリアの一種を使った研究では、光合成は終日行っているが、新たなDNAの合成は日中の3〜6時間停止して、日没前に再開させているのだという。

おわりに

一番おもしろかったのは、神経科学からみた人の時間の感じ方について論じている章で、脳のどの部分と処理が時間間隔に関わってくるのか、ニューロンの発火量と時間感覚の関係性など、まだ仮説だらけとはいえ魅力的なトピックが山盛りである。そこを紹介しだすと長くなるので、読んで確かめてもらいたい。時間というのは誰にとっても身近で切実なトピックだから、誰が読んでもきっと楽しめるだろう。