基本読書

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がんリスクから食べ物の消化、運動のパフォーマンスまで、身体のあらゆる側面に関わる体内時計について──『体内時計の科学:生命をつかさどるリズムの正体』

大半の人は朝になると目がさめて、日中は活動し、夜になると眠くなって朝まで眠る。こうした一日の中で体内では様々なホルモンの分泌量が変化しているわけだが、このリズムのことを体内時計や概日リズムという。

本作はこうした体内時計・概日リズムについてまるっと書かれた一冊だ。体内時計だけで一冊書けるの? と思うかも知れないが、意外とこれが奥深い概念、事象で、がん発生のリスクから運動のパフォーマンス、体重の増減など、身体のあらゆる側面に関わってくる。だから、体内時計を整え、特質を理解することの恩恵は莫大なのだ。

たとえば、午後の遅い時間から夕方の早い時間にかけては、休息しているときでも早朝と比べて10%多くカロリーが消費される。また、筋力や筋細胞の呼吸は、午後の遅い時間から夕方の早い時間にかけてピークを迎える。そのため、一般的には午前に比べて午後や夕方のほうがよりよい運動成績を収められる。

さらに、24時間周期とは別に朝型、夜型などの個人の傾向が存在し、ある研究では、これが運動成績に影響を及ぼすことが示されている。遅い夜型の人は、一日の遅い時間(午後10時)に優れたパフォーマンスを示し、午前7時との比較では成績の差が26%も差があった。現在開催中のオリンピックはみなが同じ時間帯にやっているが、その時点で有利・不利が発生しているのである(個人的な異論があるわけではないが)。

朝型・夜型の傾向はあるとはいえ、24時間周期の体内時計自体は、日の光と連動しているものだから好き勝手に変更できるものではない。現代社会では夜勤や時差ボケのリスクは過小評価されている──というのが、本書の中心的な主張になってくる。

たとえば雇用主は、「夜勤従業員はやがて夜勤の環境に適応するだろう」と考えている。この考えは誤っている。だから従業員が重い病気にかかったり、太りすぎたり、心を病んだりするのだ。(p.23)

実際、本書を読めばとてもではないが夜勤の仕事にはつきたくないと思うだろう。だが現実的にはこの世の中には様々な理由から夜勤であったり時差ボケが頻発する仕事につかざるをえない人が存在する。たとえば旅客機のパイロットや添乗員、夜勤が絶対的にシフトに組み込まれている工場勤務者など。本書ではそうした人たちに向けた対策──完全な対策は存在しない──も多数紹介されている。

体内で何が時を刻んでいるのか?

われわれ人間は体内に時計を持っている。朝になると意識せずとも血圧や代謝率が上昇し、新しい一日をはじめるための準備を体が整える。深部体温、コルチゾール、成長ホルモンなど様々な要素が体内時計によって変動する。体内時計は24時間の周期を刻むけれど、これは天体の運行に合致するよう日々の細かな調節を必要とする。

人間や他の哺乳類においては、目が日の出や日没を検知することでその調節を行っている。だから、遺伝病や事故のせいで両目を失った人は、だんだんと時間がズレていく(24時間15分の周期を示す体内時計なら、毎日15分ずつ)。『目が見えない人は、慢性的な時差ボケに似た経験をしている。つまり「時間盲」になるのだ。』(p.19)

さて、では体のどこがこうした体内時計に関わっているのだろうか? といえば、これについては正確なことがわかってきている。たとえば人間の脳には約860億本のニューロンがあるが、そのうち約5万本が24時間周期の概日リズムを調整する「マスター生物時計」として連携しているのだという。この「マスター生物時計」は「視交叉上核」に存在し、ここが損傷すると、概日リズムも破壊される。

具体的にそこで時間がどう管理されているのか。順を追っていくと、まず時計遺伝子がmRNAによって転写され、それをもとにして時計タンパク質が生成される→時計タンパク質が細胞内で一定の量に達すると、今度は時計タンパク質がmRNAの働きを抑制するようになり、時計タンパク質の新規生成がストップ→時間経過で既存の時計タンパク質が分解されて数が少なくなる→そうするとまたmRNAによる転写がはじまって、時計タンパク質が細胞内に満たされるようになる。この時計タンパク質の合成と抑制の周期が約24時間となり、実質的に体内時計として機能するのだ。

このプロセスのどこか一部分が遺伝子変異や損傷などによって損なわれると、時計が20時間や28時間のような陽の光と連動しない周期になってしまう。また、この概日リズムを調整する主な要因は目に入ってくる光の刺激で、ヒトの網膜にある「メラノプシン」と呼ばれる光受容体が活性化することで、時計あわせをすることが知られている。夜勤生活に人間が適応できないのは、こうした事象が関係しているのだ。

概日リズムが崩れると何が起こるのか?

では、概日リズムが崩れると何が起こるのか? といえば、様々なことが起こる。たとえば副腎皮質から分泌される、「コルチゾール」というホルモンがある(ストレスがかかった時に分泌されることからストレスホルモンなどと呼ばれることもある)。

通常ケースでは概日リズムによって、コルチゾールは起床前から高まって、就寝前の夜間は低下する。しかし概日リズムの混乱、あるいは強いストレス下にあることでコルチゾールが分泌され続けるような状態になると、当然この調節はうまくいかない。寝ようとしているのにコルチゾールレベルが高まって警戒感が高まったり、ずっとコルチゾールレベルが高いままだと血糖値を上昇させ、体重増加と肥満に関連し、免疫系も抑制され感染症にかかりやすくなる。良いことはほとんどおこらない。

概日リズムはアドレナリンとも関係している。コルチゾールと同様にアドレナリンの分泌も概日リズムで調節され、日中に高まり、就寝時に向けて低下していく。この作用で人は自然に夜眠って朝活動的になるように調節されているわけだが、これが崩れるとタイミングを無視してアドレナリンレベルを高める。朝寝ようとしているのに血管の収縮を引き起こし血圧を上昇させたり、警戒感や緊張を高めたり。

危険な夜勤労働者

概日リズムに反した生活は様々な負担を体に強いるから、夜勤労働者は一般的に考えられている以上に危険な状態にあるといえる。たとえば長年にわたる交替勤務は、2型糖尿病、胃腸障害、乳がん、結腸直腸がんなど様々なリスクを高める。『現在では、夜勤とがんの相関関係は非常に強いと考えられており、長年の交替勤務は、世界保護機関によって「おそらく発がん性[グループ2A]」として分類されている』(p.106)

夜勤労働者と似たような状態にさらされるのが時差ボケで、国を飛び回るパイロットは必然的に概日リズムの混乱が日常化している。ゆえにパイロットや乗務員のリスクも実は相当なものがあって──と、危険性についての事例は枚挙にいとまがない。

概日リズムを整えるためにはどうしたらいいのか?

じゃあ概日リズムを整えるためにはどうしたらいいのか? といえば、特攻薬といえるものは存在しない。夜寝て、朝起きる。朝の自然光を浴びる。7時間以上の睡眠をしっかりとって、強いストレスにさらされるような生活は避ける。就寝の2時間前には照明の明るさを落とす。就寝直前には感情が高ぶる議論したりしない──など、当たり前といえば当たり前のことをやる必要がある。当たり前のことがほとんどだが、運動や薬など、本書では現在科学的にわかっていることを中心に何が効果があって何が効果がないのかを丁寧に選り分けてくれているので、多くの人に参考になるだろう。

おわりに

最初でも少し触れたが、概日リズムの24時間のうちどの時間で眠ろうとするかには個人の傾向(「クロノタイプ」)がある。よく夜型とか朝型とかいうあれで、朝型は人口の10%、夜型は人口の25%、中間は人口の65%の分布なのだという。現代社会は朝型の人間も夜型の人間も一緒くたに同じ時間帯に集め、行動させる仕組みが大半だが、個人の資質と求められる時間に不整合があれば、これも健康問題に繋がりえる。

概日リズムについての周知と徹底が進めば、リスクをとって夜勤をせざるを得ない人の給料はより高くないとおかしいということにもなるだろうし、より多様な時間の働き方を選択できるようにしましょうという圧も高まるだろう。長期的にみたときに社会に与えるインパクトが大きい、新しい問題を認識させてくれる一冊であった。

本書には自分が何型かを判定するための検査も最後に載っているので(僕は一番多い中間タイプだった)、よかったら確かめてみてね。