基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

生物兵器による破滅から宇宙人の侵略まで、幅広く滅亡を考察していく──『人類滅亡の科学 「滅びのシナリオ」と「回避する方法」』

この『人類滅亡の科学』はその署名通りに、人類の滅亡のパターンをリストアップし、それに対してどのように滅びうるのかという「滅びのシナリオ」と、「回避する方法」をそれぞれ考察していく一冊になる。基本的に記述はそんなに重くなく、日経ナショナルジオグラフィックらしくフルカラーのイラスト・写真も多いので、「へー、こんな危機もあるのか」と驚きながらサクサクと楽しめる本といえる。

地球温暖化やパンデミック、核兵器による破滅はすぐに思いつくだろうが、本書ではコロナ質量放出であるとか、自動化経済とか、電力網攻撃とか、小惑星の衝突、スーパーボルケーノの噴火、ロボットによる世界征服に宇宙人の侵略まで存在し、扱っている領域は広い。正直、SF系の章は考察が甘いというか問いの立て方がふわっとしているので詰められないよな(細部をつめていくのはそれこそSFの領域になってしまう)という感じであまり楽しめなかったけど、全体的にはとても良い本だ。

自動化経済の危機。

では、具体的にどう各危機について書かれているのかをみていこう。個人的におもしろかったのは「自動化経済」の項目。自動化の波が世界中に押し寄せ、人間の労働者は仕事を奪われ賃金を得られなくなる危機について書かれている。

この項目では、滅びのシナリオの一つとしてバングラデシュの400万人の労働者が失業するケースを想定している。たとえば、その400万人がミシンを使い月100ドルで仕事をしているとして、そのミシンが視覚機能を持ち、自動化されたら400万人が職を失うだろう。そして、新しい仕事は現れず、それどころか他の仕事もロボットに置き換わり、二度と職につけない形で職を失い、これが全世界的に加速していく──。

これは極端なシナリオではある。400万人の労働者がミシンを使っている前提も仮定だし、それに代わる新しい仕事がまったく現れないのも想像しづらい(新しい仕事がすぐ出てくるわけでもないが)。たとえば先日phaさんの記事もあったが、介護や接客のような仕事は「本物の人間にやってほしい」という需要は、人が人である限りなくならないのではないか。それは、最終的に『ブレードランナー』や『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』のように「本物の人間による接客や介護は、高い金を払った人だけが楽しめる贅沢品だ」という世界に行き着くのかも知れないけれど。

本書では、上記のシナリオに説得力を持たせるために、AIが現在どれほど能力を向上させているか。また、それが多方面にわたっていて、「新しく人間がやるべき、高度な仕事」も存在し得ない可能性を紹介している。本書が書かれていたのは2019年頃の話だからGPT-3の話は影も形もないが、GPT-3が現れ、これが今後4、5、6とバージョンをあげていくことを思えば、現在はこの危機はより現実感を増しているといえる。問題は、この自動化の危機をどうやって乗り越えるのかだ。

解決策はそう多いわけではない。仕事がなくなるのであれば、仕事がなくても全人類が生きていける形にする必要がある。たとえば、フランスの経済学者トマ・ピケティが主張するような、富裕税の導入。個人の資産の上限は500万ドルから1000万ドルにして、後は再分配に回す。基本的なニーズ(衣食住+教育+医療)の提供を、一国のみならず全人類を対象とし、さらにそこに定期的な現金の給付(ユニバーサルベーシックインカム)もあわせて──とまだそこまでのシステム作りは到底不可能だが、危機を乗り越えるための目指すべき道が(正しいかはさておき)提示されていく。

コロナ質量放出

もう一つ、自然災害系であまり多くの人が意識していなそうな「コロナの質量放出」について紹介しよう。太陽表面が爆発して起こるこのコロナ質量放出(CME)は、太陽の活動が落ちついているか活発かで起こる頻度が変わる。

落ちついている時は1週間に1回程度だが、活発な時は1日に5回起こってもおかしくはない。それが多くの場合地球で問題にならないのは太陽が球形だからで、たいてい地球とは別の方角にむかって飛んでいく。しかしもしこれが地球に向かって大規模に発生するとしたら、大規模な荷電粒子が地球へと降り注ぐと地磁気誘導電流が発生し電流が遮断され、規模にもよるが超高圧変圧器などは物理的損傷が生じる。

こうした物理機械を再度調達するには数ヶ月から数年かかるので、CMEによる停電は全世界的にそれだけの期間続く可能性がある。かつて何度か大規模なCMEが地球を襲ったことがあるが、その時はまだ電子機器や通信システムが存在しないか発達していなかったので、幸い大きな問題になることはなかった。しかし、現代は違う。

一方、この危機を回避するための方法は、地道な対策だ。大型変圧器に保護装置を追加して、電力網にに防護をつける。米国国内の電力網だけで10万単位の大型変圧器があるから実施すれば費用は300億ドルはくだらないが、CMEの直撃を食らった場合の復旧費用と比べると微々たる額だ。各家庭や企業ができる対策としては、電力網を予防的に遮断している時でも情報交換できるためのインターネット機器&そのためのバッテリーを常備しておくこと、発電機や輸送のための燃料の確保などがある。

このような「めったに起こらないが、歴史の中では必ず起こる」系の危機は、たとえ準備をしなかったとしてもどれだけそれがヤバいかを知っていれば生存率に直結するものも多い(たとえば津波の恐怖、噴火の恐怖は特にそうだ)。ざっと流し読み程度でもいいので全体を読んでいると、いつか身を救うこともあるだろう。

『SF超入門』と重なる面の多い本だった。

本書は僕が先日刊行した『SF超入門』とコンセプトが似ていて、それもおもしろいなと思ったポイントの一つだった。たとえば『SF超入門』では、「必ず起こる「災害」を知る」として、地震・火山噴火、感染症、気候変動、戦争、宇宙災害の項目を立て、SF作品がどのようにこれらの災害を扱ってきたのかを紹介する章がある。

SFの良いところは、未来予測的な側面ではなく、思考実験を通して現実への再考を促し、未来をあらためて作り直していく点にあるというのが僕が『SF超入門』を通して書きたかったテーマのひとつだったが、『人類滅亡の科学』もまたそうした「未だ起こっていないことを想像させ、警戒を促す」テーマを持っている。

『人類滅亡の科学』に興味を持った人は、ぜひ『SF超入門』も読んでみてね。時々『SF超入門』をぱらぱらと読み返すのだけど、書いたことをすっかり忘れて「けっこう良いな」と自分で思ったりする本だ。