基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

会話にはルールがある──『会話の科学 あなたはなぜ「え?」と言ってしまうのか』

本書『会話の科学』は、会話全般に光をあて、そこにどのようなルールや傾向があるかを分析していく一冊だ。我々は会話をしている時、無意識的にそうしたルールを遵守していて、(ルールを)守らないと……とがんばっていることはそうそうないが、本書を読めば確かに自分がルールを無意識的に遵守していることに気がつくだろう。

あるいは、会話がうまくいかないと感じている人は、自分が認識していない会話のルールが存在することに気がついて衝撃を受けるかもしれない。ルールや会話の傾向自体は記載されてみれば、「相手が「肯定」を返しやすい質問をする」など「いわれてみればそうだな」と思うものばかりで意外なものはないのだけど、あらためて意識すると、自分がいかに複雑なことを簡単そうにやっているのかがよくわかる。

たとえば、我々が何か質問されてから答えるまでにかかる時間は、平均すると200ミリ秒しかない。応答が遅れれば人は違和感を覚え、それ自体がひとつのメッセージ(あなたは私に対して答えにくい質問をしました。だから返答を遅らせました)になる。会話中は84秒に一度「え、何?」など、相手のいったことを確認する、「会話の修復」が入り、60語に1語は「えーと」「あー」とかいった言葉が挟まれる。

「えーと」や「あー」といった言葉は無意味で必要のない言葉だと思われがちだが、これがないと実はリアルタイムの対話はうまくいかない。つまり、「えーと」とか「あー」にも重要な意味があるのだ。しかも、こうした傾向(えーとかあーの使用頻度やそもそものその存在について)は、ヨーロッパ言語だけでなくあらゆる言語に普遍的に存在するのだ──ということも、本書を読むとわかってくる。

話者交代の科学

会話のルールのうち、重要なのが「話者交代」に関するものだ。たとえば、「会話で話をするのは一人。話者は次々と切り替わり、その切替にはおおむね0.1秒から0.2秒がかけてよい時間である」という基本ルールがある。たとえば、30時間以上の会話を複数言語で分析しても、話者の重複が起きた時間は全体の3.8%にすぎなかった。

しかし話者交代がそれほど重要で精度も高く成し遂げられているのだとしたら、話者はそれをどのように可能にしているのか? が気になってくる。会話は何かの発表のように「これで私の発言は終わります」と宣言があるわけではないから、話者交代を的確に行うためには、「話が終わりそうだぞ」と事前に察知する必要がある。

「話の終わりを告げる合図」については仮説がいくつもあるが、有望なものの一つは「声の高さ」、もう一つは終わり間際の単語を読む時間の長さだ。So you're student? のような短い質問とSo you're student at Radboard University? のような長い質問文の比較研究では、前者の末尾にある「student」の発音の声の高さは高く(360ヘルツを上回る)、さらにstudentを発音する音節もより長かった。そうした、微妙な声の高さや言い回しの長さで発話の終わりを察知しているらしい。

実際、こうしたルールに反する発声をする人は、他者から自分の発言を妨げられることが多いという(有名人でいうとマーガレット・サッチャーなど)。「会話を妨げられることが多いなあ」と思う人は、自分が嫌われていると思ってしまいそうだが、実際には他者が「話の終わり」を見極められていない可能性がある。

日本語の応答は速い

話者交代と関連した話題でおもしろかったのが、「応答にかかる時間の言語ごとの比較」。言語の質問に対する応答時間にはばらつきがあるのだが、数ある言語の中で一番平均の応答が速いのが日本語なのだ。英語の場合、応答時間の平均値は236ミリ秒で、ちょうど中間に位置する。一番遅いのはデンマーク語で、平均468ミリ秒だ。

で、我らが日本語はというと7.29ミリ秒なのである。どの言語でも1秒の半分を切っているわけだからどれも速いのだが、その中でも群をぬいて日本語が速いのだ。日本語だけ速い理由について本書では特に触れていないが、興味深い事例である。

応答の遅延にも意味が生まれる

応答時間の話をしたが、もし言語ごとの応答時間より返答が遅れた場合何が起こるのか? といえば、遅れたことそれ自体が無言のメッセージになってしまう。

たとえば、ある料理屋の話をしていて、「そこの料理はおいしいの?」ときいて1.7秒間返答がなかったとする。その後質問をした側は、「あんまり美味しくない?」と質問をかえ、答える側は「まあね。──そうか──そうだね。私が答えないとね。」と返答してみせる。この会話のケースで示されているのは、応答の遅れが「あなたの質問はYesの答えを誘導するものだ」という意思表示になっているのだ。相手が肯定の答えを期待しているが、それに反する感想を持っているので、答えづらい。なので通常の応答を無視した。それがわかったから、質問者も質問の仕方をかえたのだ。

会話者は通常沈黙が1秒を超えて続くことをよしとせず、それを超えた場合に先の例のように質問や話題をかえる。会話においては、1秒が沈黙の最大持続時間だ。また、返答が「はい」で答えられる場合と「いいや」とか「知らない」といった否定的なものになる場合では、後者の方が返答にかかる時間は長くなる。たとえ肯定的な返答(車で乗せてってくれない? に対する返答が「いいよ」であるとか)であっても、通常よりも応答に時間(0.5秒以上)がかかるなら、感じ方がかわって、いいといっているけど本心は違うのかな? と推測がはじまることもわかっている。

あーとかえーにも意味がある。

もう一つ遅延と関連しておもしろかったのが、あーとかえーといった何の意味もなさそうな言葉にも意味がある、という話だ。たとえば、英語でUm(うーん、えーと)とUh(あのー、あー)を使用した会話を比較した分析では、前者を使った時の方が、後者を使った場合に比べて発話が再開されるまでの時間が長くなった。前者では平均670ミリ秒発話の再開までにかかったのが、後者では250ミリ秒で済むのだ。

つまり、英語においてUm(うーん、えーと)は「私は発話を遅延させる。この遅延は長くなる」を意味し、Uh(あのー、あー)は「私は発話を遅延させる。この遅延は短くて済む」というメッセージを伝える機能があるというのだ。先に書いたように発話が遅延するのは相手にいくつもの推測を呼び起こし、「負荷をかける」。そこで、UmとかUhを入れることで、沈黙を使うことなく発話の遅延を相手に伝えているのだ。

おわりに

「うーん」とか「えーと」といった発言はとるに足らないもののように思えるが、実はあらゆる言語に類する言葉が存在するので、会話においては欠かせないパーツである。本書を読んだからといって会話の能力が劇的に向上したりすることはないと思うが、しかし自信をもって「あー」とか「うーん」とかいえるようになるだろう。

日常の会話の捉え方を一変させてくれる一冊だ。この本を読んでから、なんてことのない会話の意味をじっくりと考えるようになってしまった。