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インカ帝国「が」スペインを侵略した架空の歴史を描く、読む『シヴィライゼーション』とでも言うべき改変歴史長篇──『文明交錯』

この『文明交錯』は、スペインがインカ帝国を征服した史実を反転させ、逆にインカ帝国がスペインを征服していたら世界はどう変わっていったのかを描き出す歴史改変長篇だ。著者は『HHhH――1942年』などで知られるローラン・ビネ。

『HHhH』はメタ歴史小説とでもいうべき傑作で、本作もその設定のキャッチーさからかなり期待して読み始めたが、期待以上のおもしろさだ。普通に考えたら資源にも装備にも劣るインカ帝国がスペインを征服できるはずはないのだが、何が起こったらそれが起こり得るのか? を追求していく手付きはまるでノンフィクションを読んでいるかのよう。そして、征服の過程、また征服を終えた後、反乱を抑え周辺諸国と渡り合っていくために内政をいちから整えていく様はまるでゲーム『シヴィライゼーション』をプレイしているかのようなスピード感と興奮に満ちている。

そもそも史実ではなぜインカ帝国はあっけなくやられてしまったのか。

そもそもなぜ最盛期には人口600万人をも有したとされる巨大なインカ帝国があっけなく滅ぼされてしまったのかといえば、第一にスペイン側には鉄砲や鉄製の剣といった有利があったからだ。そうした武器装備面の差が元からあったところに、事前にスペイン人が天然痘をもたらしていたことで、インカ帝国全体に人口減少と混乱を引き起こしていた。それがそっくりそのままなら歴史は同じことを繰り返すだろうから──と、本作ではまずその前提を突き崩すところから始まるのである。

たとえば、第一部では十世紀頃にノルウェーとアイスランドで揉め事を起こして新天地を目指したエイリークらの冒険が描かれる。彼らは北アメリカのヴィンランドに到達するが、その後現在のパナマあたりまで南下して、原住民らに病気にうつし、耐性のないものがみな死ぬイベントを先に引き起こす。その際に原住民らには馬と鉄の技術も伝えられ──と、そこからこの世界の歴史は大きく歯車が狂いだしていくのだ。

読む『シヴィライゼーション』

事前に病気に対する耐性を得ていたと言っても、それだけでスペインを征服できるほど歴史は甘くはない。そのため、史実としてはインカ帝国最後の皇帝として知られ、本作ではスペインを征服に赴く実質的な主役であるアタワルパは、相当な綱渡りを強いられることになる。先に書いたように、仮に征服できたとしても海の果てからやってきた彼らが住民から受け入れられるはずないので、内政面の努力も必要とされる。

農地改革から宗教改革、税や労働に関する新しい規定まで、アタワルパが手を出していく改革は幅広い。そうした、軍事と内政を同時にこなしながら周辺諸国とギリギリの綱渡りをして征服を進める様はゲーム『シヴィライゼーション』で資源や文明が不利な立ち位置から局面を打開していく、縛りプレイのようなおもしろさがあった。

読んでいるときはそのおもしろさの一致は偶然のものだと思っていたが、訳者あとがきによれば本書のフランス語版は本来『Civilisations』であるところを『Civilizations』と途中のsを「z」に変えている。そして、それはゲームの『シヴィライゼーション(Civilization)』に合わせてのことなのだという。つまり、著者は意図的にゲーム的な要素を混ぜ込んでいるのだ。

また、インカ帝国がスペインを征服し、あまつさえそれを維持するのは前提を変えても無理ゲーではあるので、それを可能にするためにインカ帝国の皇帝アタワルパはかなり有能な人物として設定されている。そんな彼が次々と不可能を可能にする一手を打っていく様はまるでなろうの内政チート系の作品を読んでいるかのようだった。

と、そんな感じでもとより歴史フィクションにたいして定評のある著者が、キャッチーな要素をばんばん取り込んだ結果できあがったのが本作なのである。

あらすじなど

読みどころはだいたい紹介しおわったので、ここからは少しだけ具体的にあらすじの話などしよう。物語は全四部構成で、第一部が10世紀頃を扱っていたようにそれぞれ時代も登場人物も語り口も変わっている。中でも実質的に物語の中心となるのは、第三部、インカ帝国(本来)最後の皇帝アタワルパについての冒険録だ。

史実ではスペイン人のコンキスタドールであるフランシスコ・ピサロが1532年にアタワルパ軍に対して奇襲をかけ、アタワルパを捕獲&投獄&その後処刑した。だが、本作のインカ帝国はその前段階のクリストファー・コロンブスが植民目的でやってきたタイミングで、装備と馬も整い、病に冒されることもなかったので、彼らを撃退。

当時アタワルパは異母兄で12代インカ皇帝のワスカルと対立していて、その地を追われかけていた。追われるぐらいなら、出ていけば良い。だが、どこに? コロンブスらは当然だが船に乗ってやってきていたから、その船がまず存在していた。そして、船の中には間違いだらけとはいえ世界地図があり、アタワルパらに周辺諸国だけではない、「外の世界」が広がっていることを示した。アタワルパらは、コロンブスの船を修理&新たに一隻建造し、計3隻の船で新世界へと漕ぎ出すことになる。

「妹よ、太陽が昇る場所を見にいこう」。また妹だけではなく、キト人たち全員が導きを必要としているとわかっていたので、皇帝のタブーを犯して彼らに直接語りかけた。「タワンティンスーユの時代は終わった。われらはもっと豊かで、もっと広い、新たな世界へ漕ぎ出そう。そなたたちの助けがあれば、このアタワルパは新時代のウィラコチャとなり、アタワルパに仕えたという名誉はそなたたちの一族に、また後世のアイユにまで栄光をもたらすであろう。海に沈むというのならそれもまたよし。そのときは海の底でパチャカマにまみえよう。だがもしこの海を渡れたら、それはなんという偉業だろうか。いざ行かん!〈第五の邦〉を目ざして帆を上げるのだ!」これを聞いてキト人たちも自信を取り戻し、覚悟を決め、唱和した。

とはいえ、いきなり大船団が作れるわけではないので最初の三隻に乗れたのは200人に満たないし、その人数でスペインを征服できるはずがない。では、どうやってそれが成し遂げられるのか──? というのが、物語第三部の大きな山場になっていく。

おわりに

物語はスペインを征服したとしてもそれで終わりではなく、その後はヨーロッパの周辺諸国との戦いと交渉が待っている。そして、仮にそこでしっかりとした足場作りに成功したとしても、まだその先もあって──と壮大な歴史のうねりを体験させてくれる長篇だ。良質な訳もあいまってぐいぐい読み進ませてくれるので、興味があるひとはぜひ手にとってみてね。執筆に4年かかったというだけあって、細かな小ネタ&考証の盛り込み具合が本当にすごいのだ。

最後に宣伝

SFの入門本を最近出したのでよかったら買ってください。評判も上々です。