基本読書

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並行宇宙の地球〈怪獣惑星〉の怪獣たちを保護し、地球を守るために日夜戦う保護協会の面々を描く、『老人と宇宙』著者による怪獣SF──『怪獣保護協会』

この『怪獣保護協会』は、『老人と宇宙』など数多のSF作品・シリーズで知られるジョン・スコルジーの最新邦訳長篇である。スコルジーはもともとSF愛好家であり、作品にもSF小説・映画・アニメネタが(時として)あふれかえることでも知られる作家だが、本作がテーマにしているのは書名にも入っているように「怪獣」だ。

怪獣がもし、並行宇宙の地球に存在したら、それを保護し、研究する人々もいるだろう──という発想で、本作でスコルジーは怪獣が実在する世界をいきいきと楽しそうに描き出していく。しかしなぜ彼は怪獣の小説を書くことになったのか? スコルジーは売れっ子の作家なので何作もの出版契約を結んでいるのだが、常に物事がうまく進むとは限らない。2020年のはじめに執筆予定だった長篇は新型コロナウイルスの到来により書ける状態ではなくなってしまい、一年近く苦しんだのちに頓挫、放棄。

それは締切をできるかぎり守ってきたスコルジーにとっては痛恨の失敗だったようだが、一年続いた重りがとれ、その開放感からか『怪獣保護協会』の全プロットとコンセプトが、一気に降りてきたのだという。そして一年苦しんだのが嘘のように、スコルジーは(ある意味趣味の)本作を一気呵成に書き上げた。

 作家として、わたしはこの長篇に感謝している。これを書くことが回復に役立ったからだ。KPSは──けっして悪い意味ではなく──陰鬱な交響曲のような小説ではない。これはポップソングだ。軽快でキャッチーな、いっしょに歌えるサビとコーラスがある三分間の曲。聴き終えたあとは、できれば笑顔で一日を過ごしたい。わたしはこれを楽しんで書いたし、楽しんで書く必要があった。だれだってポップソングを必要とするときはある。とりわけ、長い暗闇が続いたあとには。

この文章を読んだだけで、『怪獣保護協会』がどんなテイストの作品なのか、その本質的な部分が伝わろうというものだ。一言でいえば、軽いテイストで書かれた幸福な怪獣マニアの小説である。が、同時にどのような理屈なら怪獣が存在できるのか? どのような生態なのか? など、SF小説的なロジックの詰めはしっかりとしていて、ただただ「軽い」で終わる小説ではない。軽重織り交ぜてきてさすがスコルジーだな、と思わず関心させられてしまう、熟練の技を感じさせる作品だ。

2023年度のローカス賞SF長篇部門も受賞している。

あらすじ・世界観など

というわけで本作の基本的なあらすじや世界観などを紹介していこう。物語の最初の舞台は2020年のアメリカ、ニューヨークシティ。主人公のジェイミーは博士課程で大学を中退し、フード#ムードという宅配フードアプリ会社で働いていたが、そこもコロナ禍の不況に伴いクビになった、世相を反映させた人物だ。

クビになっても他に仕事もなく、彼は仕方がなくフード#ムードの配達人(デリバレーター)として仕事を始めるが、ある時彼が食事を持って訪問した先で、彼の昔の知人であり、新しい仕事を紹介してくれる奇特な男トムと出会う──。

トムはある”動物の権利、特に大型動物の権利を守るNPO(KPS)”で仕事をしているとジェイミーに語る。なんでも、KPSはフィールドに出てその活動を行っているのが、ちょうど一人が新型コロナで病院に入院していて欠員がでたという。その補充要員として、ジェイミーが現れたのだ。もうデリバレーターの仕事をしたくなかった彼はその申し出に飛びつくが、当然〝KPS〟はただの〝大型動物保護団体〟ではない。

ジェイミーは機密保持契約にサインし、絶滅したはずの天然痘を含む数々のワクチンを打ち、250回に1回程度の割合で打つと殺人衝動に襲われるという危険な注射も打たれ──と、あれよあれよというまに引き返せない状況にまで引きずり込まれることになる。そうして彼が連れて行かれるのはグリーンランドで、そこには彼と同じような新人たち──しかもみんな揃いも揃って〝オタク〟──が揃っている。

「こっちがニーアムで、専攻は天文学と物理学、おれは有機化学と地質科学を少し。ふたりともオタクだ」
「やあ」ニーアムも手を振った。
 わたしは手を振替した。「わたしもSF小説について博士論文を書こうとしたことがあったから、〝オタク〟の資格はあると思う」

以降、登場人物のほとんどがオタクなので会話はどんどんマニアックになっていく。

マニアックなネタの数々

グリーンランドに集められた一行はそこからさらにヘリで、かつて米軍が建設した核基地に移動し、そこでひそかに稼働している原子炉を使うことで、怪獣たちが跳梁跋扈する〝もう一つの地球〟、通称〈怪獣惑星〉へと移動することになる。

KPSは〝怪獣保護協会(カイジュウ・プレザヴェイション・ソサエティ)〟の頭文字であり、〝大型の動物〟である怪獣を保護するための組織だったのだ。彼らは組織の基地におもむくのだが、どれも「タナカ基地」、「ホンダ基地」と日本人名がついている。これは日本人が建設したから──というわけではなく、1954年の映画『ゴジラ』の監督本多猪四郎やプロデューサーの田中友幸に由来している。

「ゴジラの製作者たちからとった名前をつけるなんて、ちょっとやりすぎだね」ニーアムがトムに言った。
「そうだな」トムは認めた。「ここでは全体にそういう傾向がある。どうしてもそうなるんだよ。だって、そうならないはずがないだろ? 知らないふりはできない。怪獣映画だけじゃない。いまだって、きみたちみんなに〝ジュラシック・パークへようこそ!〟と言わずにいるのはすごくむずかしいんだ」
「ジュラシック・パークではどの登場人物も良い結末を迎えなかった」わたしは指摘した。「本でも映画でも」

と、とにかく登場人物はみなSFや怪獣や映画に造詣が深いので、誰かがネタを言えば誰かがそれに撃ち返す、大学のSF研みたいなノリが全篇を漂っている。とはいえ、オタクが自分たちにしかわからないネタで盛り上がる内輪向け小説というわけではない。ネタは基本的に訳注ではなく本篇の登場人物のセリフで元ネタ解説や補足が入るし、そのあたりはユーザーフレンドリーな仕上がりだ。

生物SF的なおもしろさ

また、本作はそうしたネタに終始するだけのSF作品でもない。ジェイミーらは〈怪獣惑星〉に移動した後、その生態や彼らの具体的な業務内容を学ぶわけだが、このあたりには架空の生き物を細かく描写していく、生物SF的なおもしろさがある。

たとえばこの〈怪獣惑星〉は、大陸のならびなどは地球と同じだが、ずっと気温は温かいし酸素の量も多い。爬虫類や鳥類はいるが、哺乳類はKPSの人間しかいない。また、怪獣は一般的にはあれだけ体が大きくなったら体積が増えすぎてエネルギー量的に動かすことも支えることもできないと言われるが、この惑星の怪獣らは体内に原子炉を持ち、体の成長を共にそれが成長することでその問題を解決しているとされる。

この惑星にはウランやトリウムが含まれるアクチノイドが(地球と比べて)多数存在しており、この惑星の生物はそれを利用できるように進化したという。これは本書で語られる怪獣らの生態・仕組みのごく一部で、物語が進むにつれより詳細にその内実が明かされていくのだ。

おわりに

ジェイミーらの最初の大きな任務はにぶちんな怪獣にフェロモンを吹きかけなんとかして交尾させることで──と、怪獣保護協会というかパンダの飼育員のような仕事に邁進していく。もちろんそれで終わるわけではなくきっちり大きな事件も起こり、やたらと核、原子炉を中心に展開していく意味なども出てくるので、より深い部分はぜひ読んで確かめてほしいところだ。トンチキな設定のようでありながら、その中身にはしっかりと実が詰まっている、実にスコルジーらしい長篇である。