基本読書

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がん治療を一変させる可能性を持った、新たな治療法の誕生と発展──『がんの消滅―天才医師が挑む光免疫療法―』

この『がんの消滅』は、新たながんの治療法として注目を集める「光免疫療法」について書かれた一冊である。光免疫療法はすでに米国や日本で一部の症例に対して承認され、標準治療となった新しい”がん療法”で、その仕組がこれまでの抗がん剤や放射線治療とは異なることから、その初期の段階から大きな注目を集めてきた。

僕自身光免疫療法の名をはじめて知ったのはいつだったか思い出せないが、その時から「僕ががんで死ぬ可能性が下がったかもしれない」と期待に胸を踊らせたものだ。何しろ、光免疫療法は既存の治療法と比べて「圧倒的に副作用が少なく、すべてのがんが治るわけではないが効果も高い」と目されていたからだ。本書は、その発明者である小林医師がアメリカの研究所で研究を始めるに至った経緯と、光免疫療法の発見・承認に至るエピソードやその仕組みを解説した一冊になる。

著者はライターの芹澤健介で小林医師ではないが、監修に(小林医師が)入っていて、中身は一般読者にもわかりやすく仕上がっている。そもそも光免疫療法はそのシステム自体はシンプル極まりなく、誰にでも理解できるものというのもある。先日はてなでは本書の抜粋がバズっていたのでそこで一度知った方も多いだろう。
shueisha.online
僕もこの記事で知ってすぐに本書を読んだのだけど、光免疫療法の治験への資金提供者が見つかるまでのドラマチックな展開、そのシンプルで美しくしかも効果の高い治療法に至る過程など、読み始めたらとまらずにあっという間に読み切ってしまった。

この治療法はまだ一部の症例でしか承認されていないし、すべてのがんが治せるわけではない。それでもこの治療法が今後より多くの症例に対して承認されれば、がんとの戦いは違った景色をみせてくれるだろう──と、新しい時代の到来を期待させてくれる治療法なのだ。というわけで以下、もう少し詳しく紹介していこう。

光免疫療法とはどのような治療法なのか?

最初に、そもそも「光免疫療法」とは何なのかについて紹介しておこう。光免疫療法は簡単にいえば「がん細胞だけを精確に狙い撃って殺す」治療法だ。現在メジャーな「がん治療」は、たとえば外科手術なら患部(腫瘍など)を切り取ったり、抗がん剤を使ってがん細胞の増殖を抑えて破壊したり、患部に放射線をあてて治そうとする。

それで治ることも多いが、がんだけを狙い撃って殺しているわけではないし、すべてを取り切れるわけでもない。外科手術では取りこぼしはどうしても発生するし、抗がん剤はいわずもがな。放射線治療も、がんだけに当てるわけにはいかない。一方、光免疫療法では、光に反応する薬(IR700)を投与し、薬ががん細胞に十分集まったところで、がんに対してレーザー光を当てることで治療する。

レーザー光は近赤外線で、それがどれだけ当たっても人体に大きな影響はない。しかし、IR700は近赤外線のエネルギーで化学変化を起こして、結合していたがん細胞に無数の傷をつけることでがん細胞が破壊される。それで終わらず、がん細胞が破壊されると周辺の免疫細胞が活性化して、がんに対してさらなる攻撃を行う。このあたりふわっと説明しているが、本書にはもっと詳しい説明もある。一部引用しよう。

体内に投与されたIR700と抗体の複合体ナノ・ダイナマイトはがん細胞の表面に数千個から数万個結合する。そこに近赤外線を当てられると、フタロシアニンを水溶性にするために結合されていた側鎖がスパッと切れ落ちる。スルホ基を失ったフタロシアニンの骨格は水に溶けない元の性質に逆戻りし、瞬間的に分子形状を変化させる。

「光療法」ではなく「光免疫療法」なのは、近赤外線を投射しがん細胞が壊れた後、免疫の追撃が発生するからだ。光免疫療法の仕組みは実にこれだけのことである。

光免疫療法の何がスゴいのか

この治療法の何がスゴいのかといえば、まず副作用が少ない点にある。放射線や抗がん剤と違って近赤外線は当て続けても問題はない。だから、一回で効かなくとも何度だって試すことができるし、副作用も(あまり)ない。体を切開する必要もない。

ただ、近赤外線は人体の場合透過できるのは数センチ程度なので、がんが体の奥にある場合は光ファイバーを挿す(3センチくらいのがんであれば直径1ミリの光ファイバーを1本、5〜6センチなら3本も挿せば十分らしい)ことで対応するらしい。どちらにせよ、切り開いて縫って、と比べれば圧倒的に負担が少ないのは間違いない。しかも、目視で確認するわけではなくて、ターゲットに対して「勝手にIR700が結合してくれる」ので、人間がやったら絶対に発生する取りこぼしや見逃しが少ないのだ。

この治療法は狙って結合させられるならバクテリアや細菌であっても破壊可能なので、それらに対する研究も進められている。その応用範囲は、がん治療を超えて幅広い。

弱点はあるのか

スゴいスゴいといってもがん治療は挫折の歴史でもある。画期的な治療法だ! と持ち上げられて、確かに効果はあったけど、ほんの一部のがんにしか効果がない。そんな治療法がたくさんある(一部に効果があるだけでスゴいことなんだけど)。

というわけで光免疫療法にも弱点がないわけでもない──はずだ。まず弱点といえるのはその仕組み上、がん細胞だけにIR700を結合させる手段がなくてはならない。光免疫療法で最初に認められた治療薬(「セツキシマブ サロタロカンナトリウム」)も、「EGFR(上皮成長因子受容体)」という抗原を標的にしている。EGFRはすべてのがんの2割強に発現し、がん細胞の増殖に関わるタンパク分子だ。こうしたがんにしか現れない「標的」があれば、IR700を結合させるのは比較的かんたんな仕事になる。

でもそんな都合よく「標的」はないんじゃない? だから、弱点になるんじゃない? と思うのだが、意外とがんの特徴分子は知られており、分子標的薬としてFDA(米食品医薬品局)に認可されているものだけで35種類以上存在する。現時点ですでに相当数のがんをカバーできる可能性があるわけだ。下記は小林医師の見解である。

僕が光免疫療法が8割、9割の大部分のがん種に対応できるはずだと考えている論拠はここにあります。ほとんどのがん細胞には目印となる特異ながん抗原があって、対応する抗体もすでに見つかっています。

治験段階で判明した副作用としては他にも、壊れたがん細胞が炎症を引き起こし痛みを生じさせることもあるというが、他の治療法と比べると軽微とはいえるだろう。

おわりに

僕は将来的にがんで死ぬのだろうと半ばあきらめているが、できればその治療過程で苦しい思いをすることや、その時間はできるだけ短くあってほしいと願っている。光免疫療法がその時に広い症例に対して行き渡っていたら、たとえ最終的にがんで死ぬとしても、苦痛が少ない治療で最後の時を過ごせるかもしれない。

ただ単に「新しくよく効く治療法」なのではなく、「苦痛が少ない」治療法であること。僕はその点に大きな希望を覚えるのだ。本書では他にも、治験に進むために営業をかけていた時にさっそうと現れた楽天・三木谷さんとのエピソードなど、ドラマチックなエピソードも連続する。新書で読みやすいので、ぜひ手に取ってもらいたい。