基本読書

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2055年の未来の食事の風景はどうなっているのか?──『クック・トゥ・ザ・フューチャー 3Dフードプリンターが予測する24 の未来食』

仮想世界やAIなど未来により発展していくとみられる技術はいくつもあるが、そのうちのひとつに「3Dプリンタ」がある。これは3DCGなどで作られた3次元のデータを元に、断面形状を積層していくことで(それ以外の方法もあるかもしれないが、わからん)立体造形することができる機器を総称したもので、難しいことを抜きにして言えば「複雑な構造体やパーツでもソフトウェアからすぐにできちゃう機械」である。

最近よく話題になるのは「家」の生成だ。通常一軒の家を建てるにはコンクリートを流し込んだり骨組みを組んだりと様々な手間と技術と時間がかかるが、3Dプリンタなら3次元の家のデータと素材を用意したらあとはそれを使ってぺっと出力するだけでいい。で、こうした3Dプリンタで生成できるのは家のような無機物だけでなく、人間の臓器を3Dプリンタでつくる研究なども行われている。そうした3Dプリンタの無限の応用可能性の中で注目を集めているひとつの分野が「食事」だ。

食事を3Dプリンタで出力するというとぱっと思いつくのは「栄養満点だが味気ない見た目をしたディストピア飯」的なイメージだけれども、実際3Dフードプリンタが実現したら、われわれの食事とその風景はどのように変わりえるのだろうか? 

前置きが長くなったが本書『クック・トゥ・ザ・フューチャー』はそうした未来を描き出す一冊だ。特徴的なのは3Dフードプリンタ関連で将来重要そうなトピックの解説を行うだけでなく、2055年という具体的な年代を設定し、そこで暮らす人々がどのような食事を行っているのか、ショートストーリーがはさまれていく点にある。どれも見開き2ページの日記的な文章なので短篇小説というほどではないが、ある意味では「SFプロトタイピング」フード篇とでもいうべき作品だ。イラストも豊富で、フードプリンタ絡みの未来像には説得力もあり、読んでいて楽しい一冊であった。

どのような食の未来があるのか──すでに行われている研究・計画

すでに行われている3Dフードプリンタ関連の研究の紹介にも愉快なものがたくさんあって、まずそこがおもしろかった。たとえば3次元の造形だけでなくそこに時間によって変化する要素を付け加えた「4Dプリンティング」という概念があるが、これを使って「時間の変化と共に変形する食品」の開発が実際に行われている。

MITのグループによって開発された「折りたたまれたパスタ」がそれで、これは水につけたり茹でることで徐々に変形していく。プロトタイプ版は異なる密度のゼラチン2層とその上に3D印刷されたセルロースの3層からなり、それぞれの層が異なる速度で水分を吸収するため膨らみ方にムラがでて、形状をコントロールできるという。本書のストーリーパートではこの発想を膨らませ、「最初はサナギ形をしているが、茹で上がるとアゲハチョウになる」パスタを食べる風景が描かれている。

そうしたエンタメ用途だけでなく、時間経過と共に形状を変化させる技術は、コンパクトに食品を収納し輸送コストを削減できる可能性もある。

もう一個個人的におもしろかったのが、現在すでに人間での臨床試験も計画されている「動く可食ロボット」という発想。論文によれば、胃の中に食べられるロボットを放り込んで、胃液によって覆われたゼラチン質の膜が溶けると電気回路を完成させるバネつきのピンが解放される。そしてそのピンがバッテリー駆動のモーターを動かし、約30分間胃の中で振動することで満腹中枢が刺激される仕組みなのだという。

そんなもの胃にいれて大丈夫なんかいなと不安になるが、仮にこれが実用化されるなら小さな部品が必要とされるので、フードプリンタのような技術が必要とされるだろう。飲みたくはないが、脂肪の吸収を阻害する薬よりかはマシかなという気もする。

ロスの軽減

フードプリンタの効果がわかりやすいのは「無駄を省く」ことについて語られた章だろう。たとえば家庭や販売所からの食品ロスが現代ではたびたび話題にあがるが、3Dフードプリンタでその場で食品・食材を生成できるようになれば、そのロスは劇的に削減されるはずである。究極的には、フードプリンタでの生成のための食品カートリッジの衛生状態さえ清潔に保っておけば、食品ロスはほぼほぼでないことになる。

規格にあわない果物や野菜は廃棄されることが多いが、これらもフードプリンタの材料として使えるようになればゴミの山が宝の山に一変するかもしれない。ロスの削減について語られている章のストーリーパートでは、生ゴミなどを放り込んでおくと分解し、さらにそれを3Dフードプリンターが再び食品にする「The Compost Got You」という商品のある日常について語られている。実際それができるかはともかく、こうした技術があれば宇宙での滞在などではとても有用になりそうだ。

培養肉を食う未来はディストピアか

動物の細胞を体外で組織培養し食べられる状態にした肉のことを「培養肉」という。衛生管理が徹底された環境において細胞培養されるので細菌やウイルスによる汚染リスクが低く、あたらずに生で食べられるなどの利点もあるし、現在すでに3Dフードプリンターを用いた培養肉生成の研究も行われているが、どうしても本物の肉が安価に大量に流通している現在では「偽物」という悪いイメージがつきまとう。

やはり「自然な肉ではない」というのが嫌悪されるポイントになる。一方で、現在の家畜が置かれている状況──たくさんの肉がとれるように遺伝子操作され、衛生状態の劣悪な狭い施設に押し込み、抗生物質やビタミン剤を大量に投入し異様な速度で成長させた家畜たち──が自然で非人工的かといえばそんなこともないわけだ。こうした、食の倫理や思想に関するトピックも本作では扱われている。

おわりに

小麦を潰して小麦粉にすることでパンや麺などの料理が生まれたわけだが、3Dプリンタで食材を自由に造形できるようになれば、食事の形態は無数の可能性を持つ。

食品学では、分子生物学のように食品を細分化して調べることなどが行われてきた。この分解して解析する学問の先には、「合成食品学」という分野が立ち上がり、発展するのではないかと考えられる。すなわち、食品を分子レベルのパーツに分解しながら解析したあとに、分子レベルからパーツを使って構築し、検討するという学問である。(p27)

この部分を読んでいて、技術の行き着く先はだいたい同じ方向性になるのかな、とAIの発展をここに思わず重ね合わせた。現在の生成系AIがやっていることもだいたいここで書かれているようなことと同じ──人が書いた絵や文章を一度すり潰して学習し、命令に従って最適化して出力する──だからだ。

3Dフードプリンタの発展と普及はわれわれの生活の風景を一変させるだろうな、とリアルに想像させてくれる一冊だ。