基本読書

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『タテの国』の著者による、100年ごとに5万年後の未来までを観測するド真ん中で壮大な規模のSF長篇──『未来経過観測員』

この『未来経過観測員』は、縦読みならではの物語を構築し次々と明らかになる世界の真の姿、無限構造の物語を描きだしてみせた漫画『タテの国』や宇宙をさまよい、偶然出会った無人の宇宙船同士で元素を奪い合う闘争を描いた短篇『さいごの宇宙船』など本格的なSF漫画を次々と発表してきた田中空のはじめての小説作品だ。

もともと表題作の『未来経過観測員』がカクヨムにて掲載され人気となっていた。本書はそこに短篇「ボディーアーマーと夏目漱石」が書き下ろし&追加された一冊になる。もともと『タテの国』などの作品を読んで今どき珍しいぐらいにド直球に「世界の真の姿」「宇宙の果ての果て」、「世界の終わり」に挑みかかるような作家で(そういう意味でいうと、タイプとしては劉慈欣やステープルドンを彷彿とさせる作風ではある)どの漫画もたいへん楽しく読んでいたのだけど、この「果て」への執着、おもしろさは、小説という場に舞台をうつしてもなんら損なわれていない。

『未来経過観測員』は100年ごとに人工冬眠から覚醒し人類の未来のレポートを書く観測員の物語だが、最初は近未来からはじまって最後は数万年のはるか未来、宇宙の果てまでの旅に連れていってくれる。短篇「ボディーアーマーと夏目漱石」は宇宙の果てにこそいかないけれど、ひとつの世界の終わり、終着点を描く物語で、あーやはりこの作家はどうしようもなく何かを超えていく物語、果てのない果て、終末をめぐる物語を描きたいのだと、あらためて実感させられたものだった。実際、これについて軽くツイートで投稿したところ、下記のような反応も(著者から)返ってきていた。


著者の漫画が好きな人はもちろん、壮大な規模のSFを求めている人にはぜひおすすめしたい一冊だ。

未来経過観測員

物語の舞台は、未来経過観測員という100年ごとに国の未来を定点観測する国家公務員の仕事ができた未来。タイムワープが実用化されているわけではないので、未来経過観測員は超長期間睡眠技術を使って100年のあいだを眠って過ごす起きたら、約1ヶ月間その時々の社会を観察し、そのレポートを書くのが彼らの仕事だ。

人数としては、全国各地に50人。当たり前だが未来へと旅立つわけなので友人・知人・親族と会うことはできない(し一回目ですでに亡くなっている)、1ヶ月のレポート期間にだれかと友達になっても、通常は次のサイクルには会うこともできない、孤独な仕事だ。物語はこの未来経過観測員として採用されたモリタの視点で語られていくが、モリタは両親には事故で先立たれ、友人もおらず金もなくと仕方がなくこの仕事に就いている。そもそも、未来経過観測員はその意義すらも曖昧な仕事だ。生身の歴史観測者を設けることに何の意味があるのか。超長期間睡眠技術の経済効果を後押し、プロモーションする意味もこめての仕事であり、その歴史的意義は薄い。

モリタが旅立って最初の200年ほどは、平穏な時代といえる。物品から人間の排泄物まで完全なリサイクル社会への変貌、宇宙にはドローンカーが飛び交い、あちこちにAIボットが存在する。地球温暖化についてもかなりの改善がみられている。200年後になると、人の姿も変形し、性差やマイノリティ、マジョリティという概念もなくなった未来の社会がある。あらゆるものが無料で満たされているが、社会の基盤はすべてAI頼りになっていて──と、未来社会の在り様が、じっくりと描き出されていく。

とはいえ、人類社会が順調なのはここまでだ。その次に目覚めた時(300年目)、人類はAIとバイオテクノロジーが絡み合ったBAI《バイ》と呼ばれる正体不明の敵と接敵中。人類ももはや生身を捨て、いわゆるポストヒューマン的な存在になっている。物体を空中浮遊させる技術など様々な新技術が存在しているが、そのすべてはAIが生み出したブラックボックスの技術であり、人類にはその原理も理屈もわからない。ことここに至り、未来経過観測員の仕事は意義の薄い文化事業の枠を超え、あらたな意味を持ち始める。この時代、人間性なるものは著しく変質してしまっていて、今残っている人類といえるものもみな、ブラックボックス技術、AIによる産物だからだ。

今となっては、モリタさんたちは人類の最後の砦です。なぜなら、この国の未来史を本来の人間の目で記録できるのはあなたたちしかもういないのです。私のようなBXまみれの人間にはその役目を担えない。(p.30)

こんなふうに100年ごとに目覚めていくわけだが、得体のしれない敵との終わりなき戦争状態は、まだまだマシな状態だったね、というのがこの先の人類の未来になる。ある理由によって人類は地球を追われ、別の惑星へ。別の惑星からまたさらに追われ──と、宇宙の果てから仮想現実まで、SFの大ネタはだいたいここにすべて入っているのではないか、というほどてんこ盛りの演出・展開が連続していく。

特に終盤の展開は劉慈欣の《三体》三部作の終盤やステープルドンの『スターメイカー』のような壮大な規模を彷彿とさせるもので、著者の大胆な発想と大きく振りかぶった演出力が、文章でも存分に活かされている。

ボディーアーマーと夏目漱石

表題作に続く短篇「ボディーアーマーと夏目漱石」では、地球で気候変動や温暖化が著しく進行し環境が激変。動植物のほとんどが死に絶え地球全土が砂漠化した未来で、完全に循環しその中に入っていればとりあえず生きていくことはできる、究極完全体ボディーアーマーに入った人間の物語を描き出していく。

 持続可能社会の夢が崩壊した後、人類が生きていくためにとった方法は、ボディーアーマーに「住む」ことだった。一人一人が自分用のアーマーに二四時間すっぽり入る。アーマーは中世の甲冑と宇宙服が融合したような姿をしており、体高二メートル三〇センチ。重量一五〇キログラム。外装はキチン質のような強化合成繊維で覆われ、基本裸で着用する。内部には人類史上もっとも高度なアーキテクチャが集結しており、超高効率なエネルギー循環システムが装備され、飲食することなく生命維持を実現できた。(p.203)

そんなアーマーがあるなら地球環境が悪化しても余裕で生きていけるやん、と思うかもしれないがそう簡単にはいかない。システムや部品は劣化するから、徐々に置き換えていかないといけないが、文明は崩壊し新たな部品を製造することもできないから死に向けて歩いていくしかない。この物語の中心となるアキトもアーマーを着込んで各地をめぐり、打ち捨てられたアーマーから部品を回収して生きている人間の一人だ。だが、彼は探索で入った書店の中で、同じくアーマーに入った少女と出会う。

少女はその場所から一切動かず、ただひたすらにアーマーの中に入って夏目漱石の全集を読んでいて──と、ひたすらアーマーにこもって夏目漱石を読む、未来の引きこもりの物語が描き出されていく。完全な循環を実現しそれ以外何もいらないアーマーというアイデアでいうと、日本でも野尻抱介の短篇「ゆりかごから墓場まで」がすでに存在するが、本作ではアーマーに入ったもの同士の交流と、人類の終末が確定している中で、最後の日々をどう過ごすのか、といったことが叙情的に描かれていく。

対話メインの美しい構成と描写で、文学が持つ力、その意義がしっとりと描き出されていて、田中空はこんな物語も書けるのか、と驚かされた一篇だった。

おわりに

『タテの国』を物語はそのままに横読みの漫画向けに全コマ書き直していたり、次々と新作・読み切りを発表したりと創作欲・スピードが尋常じゃない著者だから、この後も漫画だけでなく小説もどんどん発表してもらいたいものだ。ここまでのストレートで大規模な物語を描こうという作家は希少なのである。田中空の漫画を読んだことがない、という人がいれば読み切りなどはすぐ読めるので、ぜひ読んでみてね。
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