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卓越した先見性こそが人間を地球の覇者たらしめた──『「未来」を発明したサル: 記憶と予測の人類史』

われわれは当たり前のように未来を予測して現在の行動を決定する。今から出かける時に雲が出てきたら雨がふるかもしれないから傘持っていこうかな? と考えるし、子どもの時から誰もが「将来のために勉強しようかな」など、未来への不安や希望から行動を決定してきたはずだ。最終的には予測とそれに起因する先見性は、自分の死後何百年、それどころ宇宙の終わりまでもを描き出してみせる。

未来を予測することは同時に、複数の未来の中から一つの未来を選び取ることでもあるから、その結果として自分には「自由意志がある」という直感も生まれる。この『「未来」を発明したサル』(原題:The Invention of Tomorrow)は、こうした「先見性」こそがヒトとそれ以外の動物を分けるファクターだとする「心のタイムトラベル」理論について書かれた一冊だ。著者らによれば、どうもこうした卓越した先見性を持っているのはヒトだけのようだ。カラスやネズミ、イルカも先見性を示すことがあるが、人間のように入れ子状の予測をする種は他には存在しない。

 人間は、予測して計画を立てるだけではない。私たちを地球の覇者たらしめているのは、本当に自分の計画は実現するのか、とじっくり考える点だ。そして、たぶんどちらもノーという結論に達すると、次善策を考え始める。最善を望みながらも最悪の事態に備えるわけだ。人間のおもな強みは、不確かな未来で待ち受ける未知のことに対処すべく、あらかじめ別の策を考えることなのだ。(p.29)

先見性があったからこそ人間はここまで文化を発展させられたのだといっても、ほとんどの人はそう異論は抱かないだろう。複雑な道具を作ること、複雑な道具が「必要だと思う」ことにも先見性は必要だし、先見性があるからこそ「未来に必要とされる能力」を受け渡す教育も十全に機能する。教育や発明が生まれ、その未来への有用性が認識されれば、さらに後世に伝えよう、というフィードバックループも生まれる。

「心のタイムトラベル」理論もそう新しい話ではなく、著者の一人トーマス・ズデンドルフによる前著『現実を生きるサル 空想を語るヒト』で詳しく述べられている。なので本書にそう目新しい話があるわけではないのだけれど、著者の三人はみなオーストラリアの認知心理系の学者で、知見がサクッと(本文250ページほど)、まとめられているので、この分野に興味がある人には気軽におすすめできる一冊だ。

人間の子どもに「先見性」はいつ宿るのか?

さて、ではこの「先見性」はいつ人間に宿るのだろうか。そんなに重要な能力なら生まれた時から存在するのか? といえば、実は人間のベイビーにはそんな能力は存在しない。幼児は瞬間の欲求を満たすことにしか興味がなく、歩いたりハイハイするようになると、大人からしたらとんでもなく危険な行動を平然と起こそうとする。

高い場所にいるのにハイハイを続けて地面に落ちそうになったり、あつあつのフライパンを触ろうとしたり、道路に飛び出したり。彼らには「いま・ここ」しかないから、先見性は大人が補ってやる必要がある。実際、今まさに乳幼児を育てている両親はこうした問題に日々大慌ての最中だろう。人間の赤ちゃんに◯◯したら未来に◯◯が起こるだろう、という先見性が宿り始めるのは、四歳頃ぐらいかららしい。

たとえば著者らの研究で、幼児たちを一つの部屋に集め、ある道具を使うと箱が開いてご褒美がもらえることを実演してみせた。そのあと別の部屋にいって、複数ある道具の中から一つだけ選んでいいと伝えた。すると、三歳児はランダムに道具を選んだが、四歳児になると偶然より高い頻度で正しい道具を選んだという。つまり四歳児の時点では、「過去の出来事を思い返し」「未来に起こること」を予測しているようである。ただ、これは「自分にメリットのあること」についての検証結果で、危険な状況への対処時の先見性の能力は五歳児でもまだ未発達など、能力には凹凸がある。

 多くの四〜六歳児が、今晩、掃除の人が来るから、部屋にあるものは片付けられるよと言われても、明日食べるキャンディを置きっぱなしにした。つまり、幼児でも未来を考えて行動できるものの、掃除の人が隠してあったお菓子を片づけるなど、計画の変更を余儀なくされる出来事に対して論理的に考えられるには、さらに大きくなるまで待たなければならない。(p.70)

こうした「心のタイムトラベル」の志向は、幼少期から個人差が大きいようだ。たとえば過去を志向する(過去ばかり懐かしむか、過去を悔やみ続けるか)人もいれば。現在を志向する(目の前の人生を快楽主義的に楽しみたいか、人生のほとんどは宿命的なもので自分個人で関与できる領域は少ない)人もいるし、未来を志向する人(目標を達成するにはどうしたらいいかわからないという未来否定志向者か、こつこつやれば課題が終わるという未来肯定志向者か)人もいる。それらが、喫煙やダイエット、仕事の選び方、人生の満足度など、その人の行動に大きな影響を与えているのだ。

人間以外の動物の先見性

人間以外の動物に先見性はあるのだろうか? たとえばリスは冬という未来に備えて食料を溜め込むのだから、明らかに未来を予測しているように見える。しかし、実際には冬を経験したことのない子リスでも同じように餌を蓄えるので、この行動は先見性ではなく本能によるもののようだ。著者らは人間以外の動物の先見性については否定的で、高度な認知能力を持つとみられている類人猿やイルカもそんなにたいした先見性を持っていないといくつかの研究を紹介しながら語っている。

正直、これに関しては疑わしい面もある。近年の多くの研究が人間以外の動物の認知機能はかつての想像以上だと示していて、著者(特にトーマス・スーデンドルフ)に対して「心のタイムトラベルは人間に限定されるものではない」と批判的な意見の研究者もいるからだ。とはいえ本書でもそれを認めていないわけではなく、トーマス自身も参加するカレドニアカラスの実験では、その先見性を条件付きで認めてもいる。

この実験では、まずカラスたちは異なる道具を使って三つの装置から食べ物を取り出す訓練を受けた。棒を使ってチューブ管の中をつつく、石を台の上に落とす、フックで給餌器を動かすの三択である。その後、カラスにたいして、部屋に用意した装置(チューブ管とか台とか)をごく短時間みせる。その五分後に、別室で三つの道具を見せる。カラスはその中から道具を一つ選び、十分後に装置のある部屋に戻る。

もし最初に見せられた装置がチューブ管なら対応した棒を持っていく必要があるし、テストが一回終わるごとに部屋の装置も入れ替わるので、単純に「餌をもらいたければ棒が必要」と報酬と道具が結びついているわけではない。そして、この実験では四羽のうち三羽がその時々の装置に見合う道具を選んだのだ。つまりカラスは必要な道具を選ぶだけでなく、未来のイベントを予測して道具を選べるようなのである*1

人間以外にも高度な心のタイムトラベル機能が存在するのであれば本書と著者の中心的な主張は少し損なわれるようにも思う。ただ、著者も決して「人間だけが先見性を持つ」と主張しているわけではないので、このあたりの議論と結論(人間以外の動物にどれだけの先見性があるのか)については、今後の研究に要注目といったところだ。

おわりに

本書では他にも、人間(ホモ属)にはいつからこの先見性が宿り始めたのか? についてであったり、先見性と脳の具体的な機能の関係だったり、未来の報酬のために努力するにあたって、何をするのが効果的なのか(感情に訴える未来の出来事をできるだけありありと想像する。ギターの練習だったら、めちゃくちゃ難しい曲を演ってみんなに絶賛される場面など)といったトピックが語られている。すごい傑作、というわけではないけれど、かゆいところまで手が届く本なので、よかったら読んでみてね。

*1:とはいえ、著者はこの結果が出てもカラスに本当に先見性があるかについてはまだ懐疑的なのだけれども。僕自身は、素朴に人間以外にも複雑な先見性があるんじゃないの? つまり、これって人間だけの特殊能力じゃないんじゃない? という方に傾いている