基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

ドキュメント遺伝子工学 巨大産業を生んだ天才たちの戦い (PHPサイエンス・ワールド新書)

生物系の本は好んでよく読んでいるのだけど、遺伝子工学の本を読んだことはそういえばなかった。これは新書だし、入門としてはなかなか良いのではないかと思い手にとってみた。遺伝子から病気の傾向をみたり、遺伝子を調べて薬の副作用を減らすのに役立てたり、厳しい環境でも生き残る植物をつくったり、糖尿病の治療に必要なインスリンを生成したり──といった遺伝子工学一般の分野がどのようにして誕生したのかという一冊。

1970年代から増え続けた糖尿病患者にたいして、インスリンの供給不足が深刻化し、遺伝子工学によるインスリンの供給にビジネス的にも光があたった。ただし当時は未だインスリンを人工的に生成する技術がなく、しかしその技術さえ手に入れれば金ががっぽがっぽ間違いないこともあってベンチャー企業や科学者が我先にと醜い争いを開始する。

その狂騒をプロジェクトX的なノリで描写していく。その描写が恐ろしく陳腐なことを除けばなかなか刺激的な一冊だった。とにかく描写は薄っぺらく陳腐なのだが。たとえばのちに重要なキイパーソンになるスワンソンという男がボイヤーという遺伝子組み換えの発明者でもある男に接触したところなど、「ふたりは近くのバーにいき、議論を続けた。最初10分間の予定だった話し合いはとうとう3時間に及んだ。たくさんのビール瓶が空になった」

まるで見てきたかのように書くなあと読んでいるとしらけてしまう。あとどうにもよくわからないのが説明が省略されすぎて何が凄いのかさっぱりわからない箇所があるのだよな。途中板倉という名の男が職を求めて5人の有力な分子生物学者に手紙を送ったエピソードが紹介されるのだが、彼は今までの10倍のスピードでDNAを合成するのだと豪語する。おおすごい。でも今までなんでDNAの合成速度がそんなに遅くて、板倉は10倍早く出来るのかはよくわからないのだ。

一応記載されているのは「ジエステル法」と呼ばれる方法がそれまでは使われていたのが板倉が「トリエステル法」という新しい方法を確立して早くできるようになったということで、ジエステル法が何をやっていてトリエステル法がなんなのかはなにも説明されない。そんな名前だけいわれて「新しい方法を確立したから早く出来るようになった」とか言われても「お、おう……そうか……」としか思えないわけで……。

まあ、新書という体裁の中ですべてを説明するわけにもいかないだろうから仕方がないともいえるだろうけれど、こういうことがいくつもあり、結局分子生物学者たちのインスリン生成をめぐるデッドヒート的なドラマも、科学者たちの凄さもよくわからないまま終わる。なんというか最終的には反面教師的に勉強になった。凄さを表現するときにはある程度はその内実まで書かないとまったく意味が伝わらない。

いちおう検索で調べてみたのだが、出てきた説明を読んでもまったく意味がわからなかった。無理な注文だったかもしれない。

文句ばかりいきなり書いてしまったが、中身はインスリン生成に主に焦点を当てているとはいえどのようにして遺伝子工学といった分野が成り立っているのかがわかって非常に興味深い。手順としてはインスリンを発言させるmRNAを取り出し、取り出したmRNAをいくつかの酵素を使ってcDNA(一本鎖DNAから二本鎖DNAへ)に変換しこうしてできたcDNAをバクテリアにいれて大量複製し、塩基配列を確認し、再度バクテリアに入れてインスリンを発現させる。

なんで一回バクテリアに入れて複製したものをもう一回バクテリアに入れるんだそれどうなっているんだといったかんじで何を言っているのかわからないだろうが、僕も4回ぐらい読んで何を言っているのかわからなかったので問題がないと思う。今も正直よくわかっていない。とりあえず、バクテリアは20分に2倍に増えるので、なんとかしてバクテリア内に遺伝子を組み込めば倍々ゲームで複製することができるのでそうした意味では革命的な技術だというレベルのことがわかっていればいいだろう。

今でこそ当たり前のように認識されている技術でも当時はまだまだ課題の多い状況だった。というか、誰もが「そんなの無理だよ」と理由をなんこもあげられるような状況だったろう。未だになお論争になることの多い遺伝子組み換えからくるバイオハザードの危険性は当時も変わらず、なんてことのない実験一つにいくつもの規制がかかったりする状況も見ものだ。革命的なできごとっていうのは最初、うまくいかない。

しかしなんでもそうだが「草創期」ってのはいちばん面白い時期だと思うんだよね。インターネットだって、オンラインゲームだって、ニコニコ動画だって、一番最初の興奮はなかなか忘れられない。「なにか今後すべてを変えてしまうような、とんでもないことが起こりつつある。」という認識はその場に立ち会っている人たちを猛烈に駆り立てるものだ。本書はいろいろ説明が足りていないし、描写は最初にいったようにちんけだと思うけれど、草創期の熱みたいなものはちゃんと残っていると思う。

あと遺伝子工学に関する知識もね。といってもこの本を読んだだけではさっぱりわからないことが多くて、本書に出てくるような用語をほんの少し理解するためだけでも2時間ぐらいネットをさまよう羽目になったが。