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いま・ここにある/いるゾンビ『ゾンビの科学』 by フランク・スウェイン

ゾンビの科学:よみがえりとマインドコントロールの探究

ゾンビの科学:よみがえりとマインドコントロールの探究

ゾンビとは一番シンプルな解釈でいえば物体となって動き回る死のメタファーだ。見えない概念としての死が物質的な形をまとって周囲を徘徊し、噛み付きだか唾液だかは知らないがとにかく何らかの方法で死を感染させてゆく(事が多い)。ゾンビと対峙するとき、我々は死そのものと対峙しているのだともいえるし、だからこそ死を逃れられぬ我々はいつだって、人生の一部として映画館にゾンビの姿を追い求める。

そうはいってもゾンビはフィクショナルな存在であって現実の存在ではない……はずだ。それならばゾンビの科学とは一体──と思うところだが、本書は「ゾンビをいかにしてつくるのか」を通して人間の人間性であったり、生と死の境目はどこにあるのかであったり、死んだ後蘇らせる方法はあるのかだったり、人間を意のままに操る方法はあるのか──といったことを仔細検討していく一冊だ。邦題こそゾンビの科学であるが、原題は『HOW TO MAKE A ZOMBIE THE REAL LIFE(AND DEATH) SCIENCE OF REANIMATION AND MIND CONTROL』となっている。

プロローグ:眠れなくなるような真実 第1章:ゾンビの作り方 第2章:よみがえりの医療 第3章:マインドコントロールの秘密兵器 第4章:行動を遠隔操作する 第5章:脳を操る寄生生物 第6章:感染プログラム 第7章:人体資源 エピローグ:あなたもゾンビだ

ようはゾンビという視点から問いなおすマインドコントロールやら蘇りのおもしろサイエンス事例集みたいな感じ。意外と人間は頻繁に死んだ後生き返っているし、完全なマインドコントロールは無理にしても脳に電極を指して快楽エリアを刺激しただけで快楽を感じるようになっているし、有名ドコロでは水辺に宿主を誘導させるハリガネムシなどゾンビっぽい出来事は今でもそこら中に存在しているのだ。

既に我々も部分的にはゾンビかもしれない

中でも第6章「感染プログラム」で語られるトキソプラズマと呼ばれる微生物が引き起こす症状はまさに「ゾンビ」的なコントロール不可能性に満ちていてゾンビが決してフィクションの中だけの存在ではないことを実感させてくれる。このトキソプラズマ効果について検証した実験の一つでは、感染しているネズミと感染していないネズミを比較した時に、後者の普通のネズミはネコの尿臭に反応し避けるのだが前者の感染したネズミは積極的にネコの尿臭がついた巣穴に通ったのだという。

寄生生物はネズミの嗅覚を鈍らせていただけではない。嗅覚器官からの合図に対する反応を積極的にプログラムしなおし、天敵に魅力を感じるようにしていた。また、感染したネズミが訪れた迷路の小部屋の数は、感染していない仲間の場合より多く、感染したネズミは未知の環境によく姿を見せた。より好奇心が強く、よりリスクを冒そうとした。

トキソプラズマは終宿主がネコなので、積極的にネコなり寄生主がリスクをおかしていってくれる事が有利になる。これ、ネズミだけじゃなく世界人口でも3人に1人は感染していて、人間にも何らかの影響を与えている可能性があるとも言われている。実際本書では、トキソプラズマの感染で運動能力が低下することがわかっていることから、人間でも実験で確かめた反応時間試験で『トキソプラズマが体内にいる人たちの成績は、いない人たちに比べて著しく劣っていた。』とある。

ちと怪しい部分

著者はこうした、まだ広く認められてはいない怪しい実験を最低限の防御を築きながら「さも、もう決定した事項のように」書いているあたりちょっと反感を持ってしまうので、そこだけは注意しておくのが良いだろう。一つ例をあげると、第4章の、人間の行動を脳に電極挿して人工的な刺激で変えられるかの検討の章ではロバート・ヒースという精神神経科の先生の実験が紹介されている。ここでは統合失調症の分析や「快楽の領域を刺激してやれば、人間は即座に快楽を感じる」実験等が挙げられているが、これも実際には誰しもが同じ快楽のエリアを持ち合わせているわけではないことが後に実験例が積み重なることでわかってきている。

ラットに同様の装置を渡したときには、ラットはこれを使い続けて最後には喜びすぎて気絶してしまったのだが、人間にはもっと自制心があった(参事官で一五〇〇回もダイヤルをまわした男性も、いるにはいたが)。ヒースはこれらの電極を埋めこむことで、快楽の領域に向けてじかに調整用の電気的パルスを放つ、永続的な道具を作ることができた。患者が自分でどうにもならない怒りを爆発させても、これを使って弱められることになる。

↑この引用部のような記述はかなり怪しく、あおり気味。先日紹介した『その<脳科学>にご用心』でも触れていることだが、脳の個人差は大きく、一人の人間の脳であっても「同じ部位への刺激が必ずしも同じ反応を返すわけではない」ことを重々承知しておく必要がある。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
トキソプラズマが体内にいる人間の反応時間試験の話に戻すと、このような実験・研究は他の要因を完全に排除・分離することが非常に難しいため、今はそれが「本当なのかどうなのか」と白黒つける段階ではない。それでも、今後もっと確度が高くなっていったら意外と「あれ、ひょっとしてみんなもう体内の微生物に身体をコントロールされている部分的ゾンビだったのでは?」という拍子抜けの=ただし恐ろしい⇨オチに落ち着いてもおかしくはない。

最初にゾンビはフィクショナルな存在であって現実の存在ではないと書いたけれども、読み終えてみればそれが実際には間違いであったことに気がつくだろう。死んだと思ったら生き返り、脳を刺激されると思ってもみない感情や感覚を想起させられ、微生物によって操られている可能性もあるとすれば──意外と我々はみんなゾンビだし、同時に当たり前だが人間でもあると教えてくれる一冊だ。