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異なる物理法則を持つ宇宙があったなら、そこでは何が起こるのか?──『エターナル・フレイム』

クロックワーク・ロケット (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

クロックワーク・ロケット (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

我々の世界とは異なる物理法則を持つ宇宙があったなら、そこでは何が起こるのか?

こんな単純といえばあまりに単純な発想を突き詰めて、「知的種族の存亡を賭けた死に物狂いの"知的探求"」と、それによる「この宇宙ならではの無数の科学革命」を描いたのが『クロックワーク・ロケット』からはじまるイーガンの〈直交〉三部作である。某大ヒット映画監督に「年々難解になっていく」と言われてしまったイーガンだが*1、本作はたしかにこれまででもっともハードで──同時に今僕がもっとも続刊を楽しみにしているぐらい、"純粋におもしろい"シリーズ作品だ。

以下『クロックワーク・ロケット』から基本的に未読者向けに紹介していく。

簡単なあらすじ

第一部『クロックワーク・ロケット』でメインとなるのは、この〈直交〉宇宙のある惑星に存在する、人間とは異なる生態を持つ種族の女性ヤルダの物語である。姿形はおおむね人間型のようだが、腕や脚の数を意図的に増減させ、身体表面に絵や文字を描き出すことができるなどの違いがある(これが本書に出てくる図の発生源である)。

序盤はヤルダの誕生から教育を受けていく過程を通してこの宇宙の基本的な情報、社会の在り方などが語られていくが、すぐに彼女は物理学方面での天才的な能力を明らかにし、この世界で無数の科学革命を起こしていく。その途中で判明するのが、彼らの惑星に無数の「疾走星」と、最終的には「直交星群団」との激突が迫っており、端的にいって彼らが避けがたい「種族絶滅」の危機に瀕している事実である。

どのように異なった宇宙なのか

と、ここでその危機をいかに回避するのかを説明する前提としてこの宇宙の難解さにふれておかねばなるまいが、実は数式上の差としてはわずかなものだ。それをわかりやすく言い換えた著者の言葉を引用とすると『〈直交〉三部作における物理は、時間と空間の区別を消去することで生起する。』となる。我々の宇宙では「空間を真北に進む」と「時間も前進する」が〈直交〉宇宙はこの性質をなくし、「空間を移動しても時間が前進しない、あるいは移動することで後退する」こともありえるのだ。

たとえば〈直交〉宇宙で彼らの惑星は宇宙の来歴によって決定された進路にのっとり、直接的な道筋で「明日」へと向かっていく。しかし物理学が「物体はその方向へ移動しなくてはならない」と決めているわけではない。彼らの惑星はあくまでも「慣性」で進まされているだけに過ぎないのだから、仮に進路を後ろ向きになるように持続的なとてつもない加速を加えてやれば、「昨日に歩いていける」*2はずなのだ。

または、彼らが現状の進路を進むことになった「来歴」と直交する形で高速のロケットを打ち上げると、ロケットがこの惑星と直交しているあいだは、出発地ではまったく時間が経過しない(時間的には移動していないから)。その場合はロケットを高速で打ち上げる角度によっては「地上では1年間しか経ってないのに、打ち上げたロケットの内部は500年ぐらい経っている」事象が起こせるわけだ。さしあたっては最重要設定であるこの「直交ロケット問題」を軸にストーリー紹介を再開しよう。

物理的に不可能?

無数に飛来する疾走星を回避する手段は現在の彼女たちには存在しないし、それを考案する時間も残されていない。であるならば、とここで出てくるのが「衝突を回避するために必要な思考時間を、ロケット兼研究室を打ち上げて稼ぐ」という今説明したばかりの、この宇宙でしかできない、ウルトラCの作戦である。

これを発案するに至る議論の過程も痺れるような物理学議論の上に成り立っていて、「これなら、いけるかもしれない」という時の興奮は架空の物理法則を緻密に、ハードに練り上げてきた本作ならではのものだ。下記はそうした破滅をめぐる議論の過程で、どうしても破滅は避けれないと語るヤルダに対して彼女の教え子が「自衛は物理的に不可能だということですか?」と問いかけた時の返答である。

「物理的に不可能?」工学者がそのいいまわしを使うのを、ヤルダはそれまで聞いたことがなかった。「いいえ、もちろんそうじゃない。衝突のすべてからこの世界を守る盾を作ったり、脇にどいてよけたり、あるいは単に遭遇自体を回避したりするのは、物理的に不可能じゃない。もしこの世界全体を安全に移動させるとてつもないエンジンを作っても、それは物理学の基本法則にはなにも反しない。(…)」*3

この議論のあと、彼女は教え子の発案によって先の革命的なアイディアにたどり着くのだが──と、『エターナル・フレイム』まで読んであらためて、この〈直交〉三部作は、「物理的に不可能」を言わない工学者たちが「想像」を無限に広げ、それを科学的に「実現」できるはずだと常に賭けていく話なんだよなあと思う。

生物学的な限界も突破していく。

「想像」し「実現」するのは種族滅亡の危機に対する外的な環境改変だけの話ではない。たとえば、本作にはこの世界に存在する「女性の生物学的な制限(女性は生物的に出産が不可避で、その時女性のキャリアは確実に途絶える)」を女性や男性が突破していくという、性差による抑圧をテーマとした側面が存在している。この点について主にクロロケではヤルダが社会的な立ち位置を築くことによって/エタフレでは生物学的な改変実験を続けることでそうした壁を突破することになる。

彼らは自分たちの望みを達成するため世界に問題があるのならば世界を改変し、自分に問題があるのならば自分を改変していこうとする。作中何度も、「想像することはできる」「想像してください」「想像してきたの」と「想像」という言葉が繰り返されるが、「物理的に不可能」が工学者にとってありえないセリフなのだとしたら──「"想像"したことは、物理的に実現可能」なのだということもできるだろう。

その在り方は、人間の集団では想像しがたいほどにまっすぐで、「あまりにも純粋な小説だなあ」とこの世にはありえない美しさをみたような感動が残るのだ。

おわりに

この作品を多くの人に読んでもらいたいから、できることならば「物理学部分はよくわかんなくてもおもしろいですよ」と言いたいし、それは間違っていない。*4だが、だがである。こんな検証可能で信じがたく緻密な宇宙は、イーガンでさえ人生で何度も気軽に生み出せるものではないはずだ。「そこでしか味わえない体験をする」ことが小説を読む悦楽のひとつであるとしたら、本作に関しては物理学部分、この〈直交〉宇宙を解き明かしていく快楽まで含めてこそがこの作品だという他ない。

とはいうものの、量子理論を勉強してから読めなんて酷なことを言うつもりもない。2作とも理系研究者の(板倉充洋さんと前野昌弘さん、お二人とも筋金入りのイーガン読者だ。)方々による解説がついているし、著者による補填もあるし、HPではさらに詳しい説明が読める⇛Orthogonal 現実の教科書も大いに役に立つことだろう。

本作を読む前/読んだ後どちらでもいいからそうした解説を読んだり検索をしながら、最初からわかんねーと読み飛ばすのではなく「できるだけ理解しよう」という前向きな意志を持って取り組んでもらえたらいいなと思う。そのように読むことで、本作に通底する「科学すること」への強烈な意志に深く共感することにもなるだろう。

〈直交〉宇宙の法則からいって、第三部はさらなる超越/飛躍をみせてくれると信じている。今から完結巻が楽しみでならない(2017年2月刊行予定とのこと)。

エターナル・フレイム (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

エターナル・フレイム (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

*1:8.26公開『君の名は。』新海誠監督インタビュー最終回/強烈な「ロマンチック・ラブ」に憧れがあるんだと思います... | インタビュー | Articles | Filmers でも『ゼンデギ』とか優しいのもあるんですよ!

*2:たぶん、そのはず

*3:『クロックワーク・ロケット』より

*4:ストーリィはシンプルかつキャラクタ一人一人が魅力的で、なおかつ議論の演出も優れておりこの説明面倒だな、と思ったらサラサラと読み流してしまってもフレーバーで充分この作品は楽しむことができる。特に『クロックワーク・ロケット』はそうだ。