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若手作家見本市──『伊藤計劃トリビュート2』

伊藤計劃トリビュート2 (ハヤカワ文庫JA)

伊藤計劃トリビュート2 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 草野原々,ぼくのりりっくのぼうよみ,柴田勝家,黒石迩守,伏見完,小川哲
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2017/01/24
  • メディア: 文庫
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『虐殺器官』、『ハーモニー』で名を轟かす伊藤計劃、その名を冠したアンソロジー第二弾である。ベテラン作家や新人作家、様々な年代の作家が混在していた伊藤計劃トリビュート1と比べ、今回の特色は(執筆時点では)全員が20代以下(ぼくのりりっくのぼうよみさんは10代)で若手新人作家が取り揃えられているところだろう。

テーマは引き続き"「テクノロジーが人間をどう変えていくか」という問いを内包したSFであること"。伊藤計劃を意識して書かれていない作品も多く(SFコンテスト特別賞を受賞した「最後にして最初のアイドル」、新作長篇の抜粋「ゲームの王国」など。これがなんと全ページ数の半分を占める)、相変わらず歪な構成のラインナップだが、単に"世代"で括れない多様なおもしろさを内包した作品集になっている。

今回、作品の発表経緯はともかく"伊藤計劃っぽさ"を期待して読んでも僕は大丈夫だと思ったが(要素が共通しているというか、伊藤計劃氏が好みそう/書きそうな要素が詰まっている)それを抜きにしても新人作家見本市としてそれぞれの魅力的な部分が抜き出されている。そいでは6篇しかないので1つ1つ紹介してみよう。

最後にして最初のアイドル/草野原々

第4回SFコンテストで特別賞を受賞した作品。著者コメントで「プロジェクトはプロジェクトでもスクールアイドルプロジェクトの方に大きな影響を受けている。」と書いているように、元々はラブライブ! の二次創作小説*1だった異色作だ。

一人の少女が最高のアイドルになるまでを描く話──といって間違いではない。冒頭こそ真っ当に生後六ヶ月でアイドルオタクとなった少女・古月みかが挫折も経験しながらアイドル目指して成長していく過程を描いていくが、挫折から立ち直れずに飛び降りで死亡してしまう。しかし、そこでアイドル道は終わりではなかった! 

死亡した古月みかの脳みそを、その狂信的な友人である新園眞織が回収。彼女は、いつか発展したテクノロジーによって古月みかを復活させる日がくると信じて脳を保存するのであった……。というところまで読むと(最初からかもしれないが)「め、滅茶苦茶だな……」と感想が湧いてくるがこんなものはまだまだ序の口である。

太陽の地場活動が急速に活発化し、なんやかやあって地球は壊滅的な状況に。地球文明がいかにして崩壊していったか、またそれに人類がどう抵抗したかを科学描写たっぷり盛り込んで軽やかに描きながら、古月みかは肉屋の廃棄物のようなグロテスクな形状で復活を果たす。抵抗むなしく消滅していく人類、人としての形を失ってもバージョンアップを重ねながら変化しあくまでも最高のアイドルを目指す古月みか。

最終的に物語は数千年の時を超え、宇宙の果て、他宇宙までを舞台とし、意識とは、知性とは、生命創造とは──と怒涛の語りと理屈をこねて成立させてみせる。元二次創作だろうがなんだろうがSFとして評価しないとあかんでしょと思わせるパワーのある作品だが、本書を立ち読みした人は本をそっと棚に戻してしまいそうだ。

最後にして最初のアイドル

最後にして最初のアイドル

guilty/ぼくのりりっくのぼうよみ

ラッパー、ボーカリストのぼくのりりっくのぼうよみさんによる初小説。小説として評価できるかといえば厳しく、抜き身のプロットと設定をそのまんま書いた/あるいは膨らませた歌詞みたいな内容。少なくとも終末的な世界の寂寂感は伝わってくるし、小説家というわけでもない著者の出自を考えるとこれはこれでいいのだろう。

雲南省スー族におけるVR技術の使用例/柴田勝家

民間信仰研究を行っている著者の背景を活かした、一生を仮想のVR世界で生きる中国南部の少数民族を中心においた文化人類学SFだ。果たしてこの少数民族は、一生を過ごすVR世界で何をみているのか。そもそも生活は(生身の身体はあるから、飯も睡眠もとらなくてはならない。食物はどこからきて、子供はどうやってつくるのか)成り立っているのかなどを調査レポートのような体裁で淡々と書き連ねていく。

最初は説得力を持ってフィクションとして描き出すのは無茶ではと思っていたが、精神世界についてや、精神医学的な解釈など細かいところまでつっこんで描写していく事で、架空の民族が立体的に浮かび上がってくる。本領発揮の一作といえる。

くすんだ言語/黒石迩守

ちゃんと本書のために書き下ろされた短篇にして、著者にとっては受賞後第一作目の作品。デビュー長篇は個人的に大ヒットしたし、大褒めだったけれども、この短篇を読んでこれはやっぱり本物だったぞ! とあらためて確信/安心した。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
脳の言語野に接続することで、異なる言葉を使う者同士でも普遍的な意思伝達を可能にする《コミュニケーター》。作中ではまだテスト段階だが、物語はその開発者を中心として、実験過程で出てきた不具合と、それがもたらす悲劇を描いていく。

 シリコン繊維のメッシュ上に並列化されたナノコンのクラスタを、電算する疑似神経として脳に注入し、デバイス化する。両耳の後ろにインプラントされた直径一ミリほどの譚舞うが、アクセサリ型のウェアラブルコンピュータと脳活動の情報を送受信し、有機的なコンピュータである脳と、機械的なノイマン型コンピュータを結線する装置。それが《ニューロワーアード》だ。

と、ハードウェア的な描写もきっちりとこなしてみせ、『中間言語は《コミュニケーター》開発の当初から想定されていた副作用だ。習得していない言語を理解するという不自然な脳の作用が、母語と外国語の間を埋めるために作りだす抽象化された言語。』といった架空の現象の理屈も設定マニア的にはワクワクさせられる。オチ、またそこにいたる経路(ここは多少強引だが)まで含めスマートな一作で大満足!

あるいは呼吸する墓標/伏見完

体内医療環境が充実し、自発呼吸がとまろうが心臓がとまろうが、分子機械が補い、死を引き延ばしてくれる未来。それがもたらすのは、無限の生のような輝かしいものではなく、生と死の中間地帯のような、重く苦しいものだ。「死んでいるわけではない」というに過ぎない状態と、人はどう向き合っていくべきなのか。

その虚しさと共に描かれるのは、体内で機能するAReNAというシステムへの必然的な問い──機能の欠損を補っていってくれるというのであれば、脳は、意識の欠損はどうなのか。著者は前巻にも寄稿していたが、こちらの方がぐっと迫力が増しているように思う。「有限の資源とどう向き合っていくべきか」と、その計算資源の在処を問うている点については、前巻掲載短篇との繋がりも色濃い。

ゲームの王国/小川哲

本書全体の約半分(200p)を占める、長篇の冒頭(だか一部抜粋)である。

著者は『ユートロニカのこちら側』からして第一作とは思えない高い完成度を誇っていたけれども、この中篇は十何年か書き続けた後の渾身の一作のような密度と凄みでたまげてしまった。主に舞台となるのはカンボジア内戦前夜からカンボジア内戦。警察は平然と事実を捻じ曲げ、自分たちの好き勝手なな結論を導き出す。郵便物は郵便局員によって開封され、賄賂が横行し、国からはルール/秩序が失われている。

現実は複雑で、理不尽で、ゲームのようにすっきりと整理されたルールなんか存在しないのだ──。それをがっつり体験させるかのように、陰惨なカンボジアを共産党員、無実の嫌疑で拷問を受ける人々など無数の人間を通して描写しながら、真実を見抜くことができるポル・ポトの娘、極度に理性的な突然変異の男児ムイタッタを主軸とし"ルールそのものをひっくり返す/つくりかえる"革命の物語を描きだしていく。

3月に刊行を予定している長篇版をめちゃくちゃ楽しみにさせる出来だ*2

おわりに

それぞれ違った方向の短篇で、今後が楽しみになる作家ばかり。6人中5人がSFコンテストからの発掘であることを考えると、コンテストが仮に復活していなかったら今の日本SFシーンは大きく違った、少し寂しいものになっていただろうなあ。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp

*1:受賞した作品はその改稿版

*2:編集氏によると、掲載分にはほぼみあたらなかったSF要素も今後出るらしい⇛https://twitter.com/kokumurak/status/820959440253767682