もちろん本書の核となるのは科学だが、科学のあらゆることが始まったとき、私はこうした豊かで活気にあふれ、いろいろなものが混ざり合った世界に住んでいた。家族からも、カルテックの比類ない神秘的な雰囲気から、カルテックの人々から、ロサンゼルスとその周辺の町に住む人々から、さらには地球上でもっとも魅力的な人間を研究する機会を与えられた信じがたい幸運から、さまざまな影響を受けた。
http://huyukiitoichi.hatenadiary.jp/entry/2016/05/30/180207
私たちは生きているのか? Are We Under the Biofeedback? Wシリーズ (講談社タイガ)
- 作者: 森博嗣
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2017/02/21
- メディア: Kindle版
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この世界、人間は細胞を入れ替えることで寿命を飛躍的に延ばした代わりに子供が生まれなくなり、ウォーカロンと呼ばれる人工生命が存在している。そんな世界では当然ながら生は引き延ばされ、同時にどこか死は遠いもの──幻想のように実感されるだろう。そんな世界では生の在り方がすっかり変わってしまっているわけで、そうなると必要になってくるのは価値の軽重を含めた「生命の再定義」だ。
自分たちで引き延ばすにしろ創造するにせよ、明確な操作が行うことができなければ「生命」は変わらない=再定義は必要ないし、逆にその在り方を操作できるようになってくればどこからどこまでが生命なのかを決める必要が出てくる──とまあ、そのあたりは今巻では主題の一つとはいえこれまで繰り返されてきた問いであり、あまり発展する議論でもない(明確な線を引くことにあまり意味のある議題ではない)。
物語として興味深いのは、そうした世界でどのような価値観/考え方が蔓延しているのかだ。必然、生への執着は薄れ死への忌避感が薄れてゆくことになる。長く続く生は「なぜ生きるのか」という問いを生み、エネルギー効率の観点から仮想世界への移住も視野に入ってくる。仮想世界への移住は今巻でガッツリ描かれている部分だが、これはSF的には珍しい状況ではない。物理法則に縛られた現実は摩擦が多いし、仮想世界なら無駄まで含め自由にデザインできるのだから移行は自然な発想である。
珍しい状況でないのに今巻がめちゃおもしろいのは、その移行期をきちんと描いているからかなと思う。価値観的にまだ許容される時代ではないから、治外法権の場所でやるしかない。デジタル上での完全な人格再現が行えているわけでもないから脳の維持は必要で、その管理者が必要であるが、その管理者に生殺与奪権を握られるわけでそのリスクはどの程度なのか。また現実世界での"環境"を維持するための資金をどう集めるのか、などなどのディティールの描き方がやたらとおもしろい。
プロット的には、外部との通信が遮断された仮想世界に閉じ込められた際、どのように外部との連絡をとるのか──というアクロバティックな展開に合わせてトランスファのデボラの演算能力と人の発想能力の差異が表現されているのが素晴らしい。トランスファ、便利すぎるだけに非常にリスキィですね。今はハギリくんに有用性があるのでデボラと協調関係が結べているけれども、なくなった時にどうなることやら…。
おわりに
ここまで移動⇛襲撃にあう、という展開が続いていただけに仮想世界への幽閉とそこからの脱出はまた違ったパターンが楽しめてたいへん素晴らしい巻だったかと。またデボラのキャラクタ性がとんでもなくいいし、最後のやりとりまで持って行かれてしまってウグイさん大丈夫かと思いつつ次巻を楽しみに待ちたいところであります。
あ、あと講談社タイガで本書と同時発売のオキシタケヒコさんの『おそれミミズク あるいは彼岸の渡し綱』も大変おもしろい怪奇SFだったのでオススメ。特に『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』好きな人は好きそう。ネタバレなしでおもしろくかける気がせず、記事としてはたぶんあげないのでここで宣伝でした。ではでは
- 作者: オキシタケヒコ
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2017/02/21
- メディア: 文庫
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