- 作者: パトリックロスファス,中田春彌,山形浩生,渡辺佐智江,守岡桜
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2017/03/22
- メディア: 文庫
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本国では2011年に第二部が出て、2017年に第三部が出るとか出ないとかいう話で、再刊行するにはちょうどいいタイミングだったのだろう。個人的に、日本のファンタジィが量もあるし質も高いしで、海外ファンタジィには乗り切れないことも多いんだけど*1、本書はきちんとその個性的な世界観を押し出し、キャラクタの魅力で惹き込み、描写の楽しさでガシッと鷲掴みにしてくれた大満足のシリーズである。
世界観とあらすじ、読みどころとか
それでは本書の世界観とあらすじ、読みどころを簡単に紹介しよう。
物語の舞台となるのは文明の四界と呼ばれる四つの国家、連邦を持つ大陸である。主人公となるコートは、道の石亭という小さな宿屋を経営する普通の男のはずだったが、実は彼は"無血のクォート"、"秘術士クォート"、"王殺しのクォート"など物騒な呼び名を与えられた伝説級の男であることが、彼を訪ねてきた紀伝家によって判明する。紀伝家はクォートに対して、真実の話を求めるが、クォートは語るには3日かかると宣言し*2、物語は彼の過去を幼少期から順々に辿っていくことになる。
旅芸人の一座に産まれ、各地をめぐるうちに秘術士と出会い、その知識を伝授された幼少期。順風満帆の人生が待っているかと思いきや、12歳の時に、一座の面々が突如として謎の集団チャンドリアンに皆殺しにされてしまう。かろうじて命を拾ったクォートは、何も持たぬ所から浮浪児としてギリギリの生活を送ることになる。それが二巻ぐらいの出来事だが、小汚い身なりの表紙がその過酷さを物語っている。
- 作者: パトリックロスファス,Patrick Rothfuss,山形浩生,渡辺佐智江,守岡桜
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2017/04/20
- メディア: 新書
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と、この後は復讐のためにもチャンドリアンの痕跡をおったり、女の子といちゃこらしながら学校生活をおくるのがおおまかな第一部の内容。第二部はなんでも、学校を離れたあとの青年編だとか。第一部に関しては学校がメインの舞台であるし、書かれた時期からいってもポスト『ハリー・ポッター』と言われることの多い本作だが、学校で出会ういじめも、幼少期の悲惨さも、全てがより凄惨になっている。何しろ平然と盗みを繰り返し金のない男が主人公なのだから、泥臭さは数段上だ。
共感術のおもしろさ
会えばドキドキさせてくれるのに、なかなか会えないヒロインの存在など魅力的な部分はいくつもあるが、ファンタジィで一般的にいうところの魔法がおもしろい。たとえば第二巻では、教師がクォートに対して恥をかかせてやろうと「共感術の講義を君がやってくれ」と講義をやらせる場面があるのだけど、この説明が見事だ。
第一が"類似の規則"、つまり"共通点が共感を強化する"。第二が、"出自の原則"、つまり、"ある物体の一部は、その物体全体を表す"。第三が、"維持の法則"、つまり"エネルギーを破壊、あるいは創造することはできない"。類似、出自、維持の三つの"じ"です。
上記引用部を読んだだけだと意味がわからないだろうから実際例として機能する場面をあげてみると、たとえば1.は似ていれば似ているほど両者の共感鎖が強力になるということであり、ある人間を燃やし尽くしてやりたいと思ったら、その人間にそっくりな人形を燃やしてやればいいということになる。しかし、そっくりな人形ではリンクが弱いので、ちゃんと燃やしたいのであれば第二の法則、たとえば血であったり、髪の毛であったりを人形にくっつけると、リンクはその分だけ強くなる。
実はそれだけでは"維持の法則"によって、エネルギー自体を増幅させることは出来ず、やけどを負わせることさえもできないのだが──これに対しても上記三つのルールから別解を導き出せて、ときちんとしたルールが定まっているからこそ、その後の魔法も理屈を持ったまま大規模にスケールすることができる。共感術は一つの技術に過ぎず、他の技術にはまた独自の理屈が伴っているが、そうした魔法の背景がこの作品にいっそうの奥行きを与えているのだ。
演奏描写の素晴らしさ
旅芸人の一座として育ったクォートには、音楽家の才能も備わっている。結果として五冊の中で何度もクォートは楽器を演奏することになるのだが、ファンタジィはおいといてお前は音楽小説を早急に書くべきだといいたくなるぐらいに描写がうまい。
演奏が始まることで周囲の空気が変わり始めるその緊張感。周囲の反応が気にならなくなり、ただ自身が演奏する楽器のみに集中するようになる演奏家の有り様、そのすべてが素晴らしい。『聴衆の存在はほとんど頭になく、しばらくするとすっかり忘れてしまった。リュートの二つの声を自分の声に合わせて歌わせようと両手は踊り、走り出し、やがて弦の上でかすんで見えた。そしてそれを見つめながら、わたしは両手のことも忘れてしまった。歌を終わらせること以外はすべて忘れていた。』