ある日を境に、女性に強力な電撃を放つ力が宿ち、それまで支配されてきた女たちが男たちを支配する社会が生まれた──! と、設定だけ聞くと無茶苦茶な小説がナオミ・オルダーマンによる本書『パワー』である。女性作家に与えられるベイリーズ賞を受賞し、エマ・ワトソンが自身のフェミニストブッククラブの推薦図書に選ぶなど、フェミニスト的な観点の評価があるのは当然だが、新たな新秩序が乱立し終末的状況へと向かっていくディストピア小説、SF作品としてなかなかおもしろい。
まあ、会話文も描写も、複数人を主人公として進んでいく構成も冗長でウンザリさせられたのはちと残念だが、男性が自身が道を一人で歩いていて、レイプされた後に殺されてしまうような事態を心配しなくてはならない状況など、いろいろな形で「これまで男性が女性にしてきたことが、電撃の力を持った女性によってやり返されていく」展開に、ぞっとさせられながらも惹きつけられる一冊である。
ざっと紹介する。
物語はナオミと男性作家であるニールによる手紙のやりとりによってはじまる。
手紙の内容から推測するに、この二人のいる世界の時代では現代よりも未来で、男性警察官や男性のギャングといったものはほぼ存在しないようである。ニールは(彼らの)現実の歴史を題材にノベライズした『パワー』をナオミに渡し、感想を求めるが──といった感じで、我々はナオミではなくニールによって書かれた、作中作にして歴史小説の『パワー』を読み進めていくことになる。なぜこんなややこしい構成になっているのかは、読み進めていけば自然とわかるので今は気にしなくて良い。
『パワー』の中では、ある日突然に少女たちを中心として電撃を放つ能力が開花した歴史が描かれていく。女の子に対して「ちょっと笑って見せてくれよ」とちょっかいをかける男の子に、女の子が突如電撃を浴びせかける。その模様はたまたま動画撮影されていて、あっというまにネットにアップされ、最初はフェイクニュースだろうと受け止められていたが、次第にその本数が増え、感電した男の子たちが病院に担ぎ込まれると、その真実味がましてくる。『ウイルス説のあとにまず出てきたのは武器説だった。子供たちが新種の武器を学校に持ち込んだというのだ。しかし、一週間がのろのろと過ぎ、ようやく二週間めに入るころには、それはちがうとわかってきた。』
4人の主人公の視点から10年を描く
物語には4人の主要な登場人物を追っていく形で進行していく。強力なパワーを持ち母親を犯罪組織の人間に殺され復讐に向かうロクシー。少女が電撃を放つところを動画でとり、CNNに高値で売れたことから危険地帯に飛び込むジャーナリストになるナイジェリアの青年トゥンデ。”パワー”を開花させていることを隠しながら指導者として振る舞っていく、アメリカの政治家マーゴット。”声”に語りかけられ、導かれるようにして女性たちを解放するための運動の指導者となっていくアリー。
4人はそれぞれの立場から、”パワー”の発現によって変化していく10年を描き出すことになる。たとえばトゥンデはジャーナリストとして危険な地に飛び込んでいくから、すぐにサウジアラビアに飛んで女性たちが(今まで極度に虐げられてきた反動で)、暴動を起こすさまをレポートする。12歳ぐらいの女性が打擲され死んでしまった事件をきっかけに、強くなった女性たちは立ち上がり、暴動を起こしたのだ。徐々に規模を増す女性たちのデモ行動に対して、政府も武装した兵士を送り込むが、『倒しても倒しても寄せてくる女の波に向かって、延々は発泡しつづけられる兵士がどこにいようか。彼女らは銃身内の撃針を溶かし、車両の電気系統をフライにする。』
マーゴットはアメリカの政治家として、少女たちが今後パワーをどう扱っていけばいいかの教育を考え、要職につくものに対して行われる静電気を操る能力のチェックを潜り抜けようと奮闘し、男がより強く見せるために女装し、女は逆に男装して、相手を油断させようとするなど、いくつもの状況を見、対処していくことになる。”声”を聞くアリーは、新しい、自分たちの宗教的な組織を作り上げていく。『「できるものならね。みんなに手を差しのべて、いまなら新しい生き方ができるって伝えたい。女どうし助けあえばいいのよ。男たちには好きなようにやらせればいいけど、あたしたちは古い秩序にしがみついている必要はないんだ。新しい道を切り開くんだよ」』
女たちによる新共和国ペッサパラとサウジアラビア国王の戦争は長期に渡り、アメリカでは〈ノースター〉女子訓練キャンプから電撃能力のコントロールを覚えた女子たちが次々と軍隊へ入り、テロがアメリカを筆頭として世界中で頻発し──と世界の情勢はどんどんきな臭くなっていく。この本の章だては、「あと10年」「あと8年」など、その時何が起こるのか明かされずに進行していく、カウントダウンだけが形式になっていくが、はたして「その時」がきたとき、世界に何が起こるのか──。
おわりに
本書には幾人もレイプされる男性が描写されていくが、多くはその後殺されてしまう。「男ならレイプも嬉しいだろう」的なコメントを見ることがあるし、身の安全が絶対に保証されている状態ならそういうこともあるのかもしれないが、現実ではそんなことはありえないわけで、死と直結するレイプ描写はやはり恐怖そのものだ。
電撃の仕組みや戦争に対する作中の描写がおざなりだったり(とはいえ、彼女たちが突然電気を発し始めることにいちおう科学的な理屈がついているので、完全なファンタジィというわけではない)、シミュレーションよりも「男と女の立場を反転させること」の方に焦点があっていることなどSF的には物足りないが、それはないものねだりというものだろう。「電撃能力を得て優位にたった女性が、その能力を失ってしまったときにどのような恐怖を感じるのか」など、細部をじっくりと描いていく小説なので、ぜひゆっくりと楽しんでもらいたい。